6月7日・プリンスの魅力 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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6月7日は、画家のポール・ゴーギャンが生まれた日(1848年)だが、米国のアーティスト、プリンスの誕生日でもある。自分の大好きなミュージシャンのひとりである。

プリンス・ロジャーズ・ネルソンは、1958年、米国ミネソタ州のミネアポリスで生まれた。父親は作曲家でジャズピアニスト、母親はジャズシンガー。下にひとり妹がいた。
「プリンス」の名は、父親の芸名からとったもので、父親はこうコメントしている。
「わたしが息子をプリンスと名付けたのは、自分がやりたかったことをみんな、息子にやってほしいと思ったからさ。(I named my son Prince because I wanted him to do everything I wanted to do.)」
プリンスは7歳ではじめて曲を作った。彼が10歳のとき、両親が離婚すると、プリンスは、父親の家と、母親と母親の再婚相手の家とを行ったり来たりして生活した。
高校生のころ、友だちと共に、いとこのバンドに参加。本格的に音楽活動を開始した。
バンド活動のかたわら、作曲もしたプリンスは、17歳のとき、マネージャー契約を交わし、マネージャーは彼のデモテープをもってレコード会社をまわった。そうして、興味を示したレコード会社のなかのひとつ、ワーナー・ブラザーズと、プリンスは19歳のときに契約を交わした。創作活動を自分で管理できる好条件の契約だった。
作詞、作曲、編曲をこなし、楽器のマルチプレイヤーで、みずから歌うシンガーでもあるプリンスは、20歳のとき、ひとりでデビューアルバム「フォー・ユー」を作り上げた。以後「愛のペガサス(Prince)」「戦慄の貴公子(Controversy)」などを発表。
24歳で発表したアルバム「1999」で人気を高まりだし、26歳でみずから主演した同名映画のサウンドトラック「パープル・レイン」でその人気を決定的なものとなった。
その後も「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」「サイン・オブ・ザ・タイムズ」「バットマン」「イマンシペイション」など名作を次々にを発表。
36歳のころ、レコード会社と衝突し、一時期「以前プリンスと呼ばれていたアーティスト」を名乗って活動していた時期もあったが、43歳のとき「プリンス」にもどり、旺盛な創作意欲をもって音楽活動を再開した。

自分はプリンスをデビュー当時から知っていた。デビューしたころ、日本では「ゲイ・パワー」のシンボルとして紹介されていた。西洋では同性愛の色である紫色をふんだんに用いたきらびやかな衣裳を着て煽情的に動き、セクシャルな内容の歌を歌うので、勘ちがいされたのかもしれない。プリンスは結婚歴もあり、子をもうけたこともある。
自分がよく聴くようになったのは「1999」からで「パープル・レイン」「アラウンド・ザ・ワールド~」「サイン・オブ・ザ・タイムズ」などは自分の愛聴盤で、なんど聴いたかしれない。マイケル・ジャクソンとほぼ同時期にスターダムにのし上がったので、よく比較されるけれど、自分はどちらも好きでよく聴いていた。

プリンスの音楽の魅力は、平安のプレイボーイ、在原業平(ありわらのなりひら)の魅力に似ていると思う。
『古今和歌集』の序文で紀貫之が、業平の和歌についてこう書いている。
「在原業平は、その心あまりて言葉たらず。しぼめる花の、色なくてにほひ残れるがごとし。」
プリンスも業平に似て、演奏し、歌い、踊って、からだじゅうで表現するのだけれど、まだ思いが表しきれていない、伝わりきっていない、と、そのもどかしさに身悶えする。プリンスのそういう感じが自分はたまらない。
(2014年6月7日)



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