ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ヴェラスケスは、1599年6月6日に洗礼を受けた。誕生日ははっきりしないらしいので、この洗礼日を誕生日としていいと思う。
彼は、スペインのセビリア生まれで、11歳のころに画家に弟子入りし、18歳で独立。
24歳のとき、マドリードへ行って、貴族のつてで国王の肖像画を描く機会を得、それが気に入られて国王つきの宮廷画家となった。
以後、宮廷画家を30年以上務め、「卵を料理する老婆と少年」「ブレダの開城」「教皇インノケンティウス10世」「鏡の前のヴィーナス」などの名作を描いた。
ヴェラスケスは一宮廷画家以上の存在となり、宮廷内の装飾を担当し、53歳のころには、王宮の鍵をすべて管理するという王宮配室長の要職に就任した。役人としての職務をこなしながら「女官たち(ラス・メニーナス)」「マルガリータ王女」などを描いた。
ヴェラスケスが61歳のとき、スペイン国王の娘マリー・テレーズと、フランス国王ルイ14世の結婚式が、スペインとフランスの共同統治領であるビダソア川の中州、フェザント島でおこなわれた。その式典の際、ヴェラスケスはスペイン側の施設のデザイン、飾りつけの責任者として現地で指揮をした。その仕事を終えて、マドリードにもどってきたとたん、彼は発熱して倒れ、1660年8月、マドリードで没した。61歳だった。
ヴェラスケスを「画家のなかの画家」と読んだのは、「笛を吹く少年」「草上の昼食」を描いたマネだそうだ。後世の巨匠たちはことごとくヴェラスケスを尊敬し、ピカソはヴェラスケスの名画の習作を描き、ダリも画家の採点表で、ラファエロ、フェルメールと並んで、ヴェラスケスにほぼ満点をつけている。
ヴェラスケスの絵は、近くで見ると、粗い、無造作に描きなぐったようなひと筆が、離れて見ると、輝くような服のひだに見えたりする。しっかりとした人物把握とともに、そういう卓越した技術が、プロの画家たちの尊敬を集めているようだ。
「ヴェラスケス──彼は五十歳になって、もはやひとつとして決定的な事物を描こうとしなかった。彼はオブジェの周辺を、大気とともに、黄昏とともにさまよった。彼は暗闇と透明な奥行のなかに色とりどりの動悸そのものをとらえた。」(柴田駿訳「気狂いピエロ」『ゴダール全集2 ゴダール全シナリオ集』竹内書店)
映画「気狂いピエロ」のなかでベルモンドが朗読するこの一節は、エリ・フォールという美術史家が書いた『美術史』中の一説だという。
ゴダールは、この引用によっておそらく、自分はこの映画ではもはや従来の映画のような人間ドラマや起承転結の筋を描くつもりはないぞ、と宣言したのだと自分は思う。
ヴェラスケスは抽象画家ではない。彼は50歳をすぎてからも「ラス・メニーナス」「マルガリータ王女」といった、いまにも絵から抜け出て動きだしそうな、まさに決定的な人物画を描いていたので、このフォールの意見は、鵜呑みにできない。
しかし、いや、ちょっと待てよと踏みとどまり、ヴェラスケスが人物を描いたようでいながら、じつは人物でなく、まわりの空気を描いたのだ、それがたまたま肖像画に見えるのだ、という主張だととるなら、おもしろくなってくる。
印象派以降のとても現代的な解釈で、17世紀の人だけれど、あのヴェラスケスならそうだったかもしれない、と思わせるものがある。
(2014年6月6日)
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