12月5日・ディズニーの夢 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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Something to remember today. 今日の日が流れて消え去ってしまう前に。

 12月5日は、不確定性原理の科学者、ハイゼンベルクが生まれた日(1901年)だが、同年同月同日、米国のシカゴでウォルト・ディズニーが誕生している。
 ディズニーの父親はアイルランド系カナダ人で、もともとカリフォルニアで金鉱さがしをしていた山師だった男である。結婚したころには、鉄道会社に勤めていたみたいだけれど。
 ウォルトは転地と転職を繰り返す父親に連れられて、小さいころから各地を転々と引っ越し、働きながら育った。
 子どものころから絵を描くのが好きで、絵画学校にも通った。
 そうして、十代のころからカンザスシティーで漫画を描く仕事をはじめ、その後、アニメーション作りへと興味が移っていった。
 アニメ作りは最初個人でやっていたが、限界を感じて、アニメーターを雇い入れ、アニメ・プロダクションをはじめた。
 プロダクション経営は、いったん失敗したものの、再起を期してハリウッドへ打ってでて、ついに成功にたどりついた。
 ディズニーのプロダクションは、ハリウッドでも配給会社にいじめられ、窮地におちいったりして、その成功はけっしてすんなり運んだわけではなかったが、ミッキーマウスというキャラクター創造によって苦難をはねのけ、大逆転で躍進をとげたのである。
 ディズニーは、アニメ映画製作のかたわら、テーマパーク建設に乗りだした。それが、かの有名なディズニーランドである。
 さらにリゾート建設もてがけ、フロリダにウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートを完成させた。
 実際にはウォルト・ディズニーは、ディズニー・ワールドの完成を見ぬまま、1966年に亡くなっている。

 自分は、米カリフォルニアにあるディズニーランドへは、30年くらい前に一度だけいったことがある。日本にあるディズニーランドやディズニーシーにはいったことがないし、これからも一生いくことはないと思う。これは、歴史学でカウンター・カルチャー(対抗文化)を勉強してきた思想的な理由からである。
 ただ、それとはべつに、ウォルト・ディズニーについては、まったくたいした男だと心から敬服している。

 あらためてディズニーの生涯をながめてくると、それは貧しい環境から身を起こして大成功を収めたアメリカン・ドリームであり、また、一漫画家から出発して、世界に君臨する大エンターテイメント帝国を築きあげた、エンターテイメント界の天才物語でもある。
 自分が好きなウォルト・ディズニーのことばにこういうのがある。
「すべてのわたしたちの夢は実現する──もしもわたしたちが夢を追う勇気をもつならば」
(2013年12月5日)


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