8月9日は、オーストラリアの天才テニスプレイヤー、ロッド・レーバーが生まれた日(1938年)だが、フィンランドの女流作家、トーベ・ヤンソンの誕生日でもある。「ムーミン・シリーズ」を書いた彼女の誕生日から、8月9日は「ムーミンの日」とされる。
1970年代に「ムーミン」というテレビアニメ番組があって、自分は楽しく観ていた。ムーミン谷という村に住むカバに似た妖精たちののどかな生活を描いた物語だった。とばかり思っていたら、原作者のヤンソンは、妖精だとは言っていなくて、スウェーデン語で「バーレルセル(存在してはいるのだけれど、どう呼んでいいからわからないもの)」と呼んだらしい。ムーミンたちは、電話帳くらいの大きさのつもりだそうだ。
トーベ・マリカ・ヤンソンは、1914年、フィンランドの首都ヘルシンキで生まれた。父親は彫刻家で、母親は画家で、トーベは3人きょうだいの一番上だった。
ふだんスウェーデン語を話す父母のもとで育ったトーベは、両親のアトリエで芸術作品が生まれていくのを日々見ながら育つうち、自分も画家を目指すようになった。
彼女は15歳でスウェーデンの首都ストックホルムへ留学し、フランスやイタリアでも画家修行をした。第二次世界大戦が終わった1945年、31歳のころには、雑誌に挿絵も描く名の知れた新進画家になっていたが、その年にムーミン・シリーズの第一作『小さなトロールと大きな洪水』を発表。以後、ムーミン・シリーズの児童文学と、大人向けの小説を書きながら、絵画や壁画も制作しつづけた。「ムーミンの産みの母親」というイメージとちがって、ヘビースモーカーでアルコール好きだったという。
2001年6月、ヘルシンキで没した。86歳だった。
「ムーミン」というのは、本来は種族の名前で、ムーミンパパとムーミンママのあいだに生まれた男の子は、原作では名を「ムーミントロール」という。
あの話にはさまざまな「バーレルセル」が登場するけれど、自分はミイとスナフキンに、なんとなく心ひかれるものを感じる。
たまねぎ頭のミイの、いつも眉間にしわを寄せて、意地悪そうな顔をしているところとか、パイプをくわえたスナフキンの、村人たちからひとり離れて暮らしている人嫌いなところなどが、なんだか他人に思えないのである。
作者トーベ・ヤンソンも、50歳のころ、フィンランド湾の沖合に浮かぶ小さな岩礁の島に渡り、ひとり暮らしをしたらしい。一周しても数分しかかからない、電気も水道もないこの島で、太陽の光と、貯めた雨水を頼りに寝起きし、大人向けの小説を書いた。
自分はそうしたスナフキンのような環境で書かれた短編小説をいくつか読んだことがある。ムーミン・シリーズのゆったりとのどかな雰囲気とは対照的に、短く切り詰めた緊張感に満ちた作品だったという印象がある。
画家、児童文学作家としての成功に安住せず、さらに大人向けの純文学に挑んだのは、おそらく、彼女のなかの創造性の本能が、彼女をけしかけたのだと思う。生まれつきのクリエイターであり、最後までクリエイトする貪欲さを失わなかった、みごとな生涯だったと思う。
(2013年8月9日)
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