6月5日は、『国富論』を書いた経済学者、アダム・スミスが生まれた日(1723年)だが、近代経済学の父、ケインズの誕生日でもある。
ケインズは、マルクスと並んで、人類史上もっとも重要な経済学者のひとりである。自分は高校生のとき、ケインズ経済学のことをはじめて知って、
「自分とはまったく資質がちがうけれど、頭のいい人だなあ」
と感心した。
ジョン・メイナード・ケインズは、1883年に英国イングランドのケンブリッジで生まれた。父親はケンブリッジ大学で教鞭をとる経済学者で、ジョンは3人きょうだいのいちばん上の子だった。
名門イートン校を卒業したケインズは、22歳でケンブリッジ大学を卒業。
政府の役人となって、当時英国の植民地だったインドを管轄するインド省に勤務した。その後、大学にもどって経済を研究しだし、また役人にもどって大蔵省に勤めたり、経済誌の編集をしたりしながら、ずっと経済について研究を続け、論文を書き、発言した。
53歳のとき、歴史的著作『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表。
イングランド銀行理事を務め、男爵となった後、1946年4月、心臓発作により、サセックス州のファール没した。62歳だった。
自分の通っていた高校には、政治経済という授業があって、自分はその教科がけっこう好きだった。それが高じて、高校教諭二級社会科の教師免許をとってしまった。自分は歴史科の学生だったにもかかわらず、教育実習では政治経済を教えた。
現代の日本政府がやっている、政府が税金を投入して有効需要を創り出し、景気をよくしていこうとする政策は、もともとケインズの教科書にしたがったものである。
マルクスが、個人一人ひとりの経済活動を分析して、社会全体の経済の動きを説明しようとした「ミクロ経済学」であるのに対して、ケインズのほうは、社会全体を動きまわる巨大な経済の流れを経済指標や数式を用いてつかもうとする「マクロ経済学」である。ケインズ理論の登場は、それまでの古典派の経済学を一変させる、経済学の革命的事件だった。
ケインズは、イートン校、ケンブリッジ大学の青年時代からずっと、同性愛者だった。しかし、20代のころも女性に興味がないこともなかった。それが、38歳のとき、ディアギレフ率いるロシアバレエ団の踊り子、ロポコヴァを知ってからは、彼女に強く引かれるようになり、当時つきあっていた同性の恋人を袖にして、42歳のとき彼女と結婚した。若いころからの友人たちは、ケインズの変わりようにとても驚いたという。これは彼の学問的業績には関係のない話だけれど、自分はとてもおもしろく思った。ケインズは社会通念や、過去の習慣にしたがうのでなく、いまこの瞬間の自分自身に素直にしたがう人だったのだと思う。そういう人だから、既成の通念にとらわれない、革命的な理論が打ちだせたのではないか。
(2013年6月5日)
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