6月4日は、『生徒諸君!』の漫画家、庄司陽子が生まれた日だが、米国の映画女優、アンジェリーナ・ジョリーの誕生日でもある。彼女は女優としてもすばらしいけれど、それ以上に、ひとりの女性として、また人間として、その生き方がすばらしいと思う。
アンジェリーナ・ジョリーは1975年、米国のロサンゼルスで生まれた。本名は、アンジェリーナ・ジョリー・ボイト。父親は名作「真夜中のカーボーイ」の主演男優、ジョン・ヴォイト。父親のボイトは愛人のもとに走り、両親はアンジェリーナが生後6カ月のころに離婚。アンジェリーナは、2歳年上の兄とともに、ニューヨークで母親と暮らしはじめた。
アンジェリーナは、幼稚園時代から男の子にキスし、全裸になりたがる早熟な娘で、14歳のとき、男性と同棲生活をはじめた。アンジェリーナと恋人は、セックスでは満足できなくなり、ナイフで切り付け合った。切り合うことで、より切実につながったと感じられたという。その後、彼女は、自分のからだをナイフで切り付ける自傷行為をはじめた。彼女のからだには、現在でもいたるところに傷跡が残っているという。
16歳のとき、母親の勧めで演技学校へ通いだしたアンジェリーナは、20歳のとき映画「サイバーネット」に初主演。以後、「ジーア」「トゥームレイダー」「すべては愛のために」「アレキサンダー」「Mr.&Mrs. スミス」などの映画に主演。ハリウッドを代表する女優となった。一方でUNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)の親善大使としても活動。また、映画俳優のブラッド・ピットと共同で「ジョリー・ピット基金」を立ち上げ、難民機関、養護学校、被災地などに寄付活動をおこなっている。
彼女が28歳のときの映画「すべては愛のために(Beyond Borders)」。アンジェリーナはこれを、自分の人生を変えた作品だと言っている。彼女が演じるヒロインは、UNHCRの一員としてエチオピア、カンボジア、チェチェンなどで難民の救済活動にあたる。この映画で、彼女はそれまでの生き方を改めた。世界各地の難民のことを知り、それまで自分自身をぞんざいに扱ってきた自分をいましめ、二度と命を粗末にするまいと誓ったという。
この映画が契機となって、彼女は26歳のとき、カンボジアで男の子を養子にもらい受けた。その後も、エチオピアと、ベトナムで養子を受けとった。また、ブラッド・ピットとのあいだに3人の子どもをもうけ、アンジェリーナは6人の子どもの母親となった。
生後間もなく父親に捨てられた悲惨な記憶。自分の存在をもてあまし、人とのつながりを激しく求め、自虐行為に走った青春期。そして、社会の悲惨な状況を目の当たりにして生命の尊さに気づき、それを世界に訴えながら、みずからも幼い命をはぐくむことをはじめた転向後。アンジェリーナの人生は、マリリン・モンロー型の破滅主義ではじまり、やがてオードリー・ヘップバーン型の慈愛主義へと発展した、と言っていいと思う。そして、アンジェリーナ・ジョリーのアンジェリーナ・ジョリーたるゆえんは、そうしたプライベートな事情をすべて表にさらし、それによって浴びせられる批判ややっかみに惑わされることなく、自分がよかれと思う道を迷わず進んできたたくましさにある。
生命の大切さに目覚めた彼女は32歳のとき、母親を卵巣ガンにより亡くした。アンジェリーナ自身、遺伝的に乳ガンと卵巣ガンの高い素質があることを検査で知った。彼女は自分のためにも、6人の子どもたちのためにも、自分の命を大切にするべきだと考え、まず乳ガン発症のリスクを減らすべく、37歳で両乳房の切除手術をおこなった。
過去を振り返って後悔するのでなく、つねに前を向いて、いま、やるべきことを、勇気をもっておこなう。それを、身をもって世界に示している女性、それがアンジェリーナ・ジョリーだ。なかなか凡人にはまねしづらいが、女性、男性を問わず、もって鑑とするべき生き方のお手本だと思う。自分も、たくましく生きたい、と願う。
(2013年6月4日)
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