5/5・中島敦の端正な美しさ | papirow(ぱぴろう)のブログ

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Something to remember today. 今日の日が流れて消え去ってしまう前に。

端午の節句、こどもの日の5月5日は、意欲・主体性が大事だと説いた『あれかこれか』の哲学者、キルケゴールの生まれた日(1813年)だが、作家、中島敦の誕生日でもある。
自分が、中島敦の文庫本をはじめて買って読んだのは、中学生か高校生のころだったと思う。いまでも、その本を持っているけれど、それは『李陵・弟子・名人伝』という角川文庫で、タイトルの作品のほかに、『山月記』『悟浄出世』『悟浄嘆異』が収録されている。
読んで、すぐに中島敦が大好きになった。
どの小説も、ある端正な美しさをたたえていて、その文章を読めばすぐに、
「ああ、中島敦だぁ」
とわかる。そしてなにより、おもしろい。同時に、ためになり、読後に心に重みをもって残るものがあり、さらに、読み終えるとなんだか読みはじめる前よりすこし賢くなったような気がする、という、「もう、小説にはこれ以上を望めない」といった作品ばかりなのだった。

中島敦は、1909年、東京で生まれた。おじいさんの代からの漢学者の家系で、祖父はお弟子さんが千数百人という漢学塾を開いていた人で、父親は漢文の教師だった。
敦が生まれて間もなく、彼が1歳になる前に、両親が離婚した。彼は祖母のもとに預けられたりしたが、その後、父親が再婚して、6歳のころには、父親のもとに引き取られた。ただし、父親は転勤が多く、敦は転校を繰り返した。
一高の生徒だった18歳のとき、肋膜炎にかかり入院。19歳のころ、喘息を発症。喘息の発作が起きるたび、はた目には、もうだめかと思われるほど苦悶するのが常だったが、この病気は彼が死ぬまで続いた。
21歳の年に、東京帝国大学の文学部国文科に入学。卒論は、荷風と谷崎を中心にすえた「耽美派の研究」だった。
24歳になる年に、大学卒業。卒業後は、高等女学校の教師になった。教師稼業のかたわら、小説を書いたが、喘息がいよいよひどくなり、転地療養の必要から、32歳の年に退職。南洋庁に就職して、フィリピンの東にあたるパラオ諸島に赴任し、植民地用の国語教科書作りにたずさわった。1941年の日米開戦のニュースは、サイパン島で聞いた。
太平洋戦争がはじまると、喘息の発作はいよいよひどくなり、彼は内地勤務を希望して、容れられ、日本へ帰国。
帰国後は猛烈な勢いで小説を執筆し、その作品が雑誌に載りだし、評判を集めつつあった1942年12月、没した。33歳だった。

中島敦の魅力は、ひとつには、その高い漢文の教養からくる、豊富なことばの正確さだと思う。彼の文章のなかでは、ひとつひとつのことばが由緒正しく、正確な位置におかれ、狂いがない。そういう的確な位置に配置されたことばによって文章が組み立てられているので、文章もすっきりと論理が通っていて、ぶれがない。だから、彼の代表作である『李陵』を読んだ後に、現代作家の文章などを読むと、現代のものは語彙がすくない上に、ことばの使い方も怪しく、なんだか、読んだ者の頭を悪くしてやろうとして書かれたのではないかと、悪意を勘ぐりたくなる。
二つ目には、中島敦の魅力は、作品の素材がとてもめずらしく、趣向が凝っていることだと思う。
『悟浄出世』『悟浄嘆異』は、孫悟空が活躍するあの『西遊記』から着想を得た思想劇で、『弟子』は孔子のお弟子さんの話。中国の古典に題材をとった『李陵』『名人伝』『山月記』のほか、くさび形文字のメソポタミア時代の学者が、文字に霊があるかどうか研究するという『文字禍』とか、南洋諸島を舞台にした『幸福』『夫婦』など、設定からしてバラエティーに富んでいる。

自分は中島敦の全集をもっていて、ときどき読み返す。
中島敦の小説は、けっして失望させられることのない、読んでおいて損はないという傑作ぞろいだけれど、ここでは一作品にしぼり、『光と風と夢』をおすすめしたい。
この作品は、『宝島』『ジキル博士とハイド氏』を書いた英国の作家、スティーブンソンを主人公にした伝記小説である。スティーブンソンは、中島敦と同様、からだを悪くして、南太平洋の南の島へ転地療養してきた人である。スティーブンソンの場合は、住みついたのがサモア諸島だったが、ここへやってきた彼は、現地の人々をいじめる本国英国のやり方を目の当たりにして怒った。スティーブンソンは本国の植民地主義を糾弾する投書をロンドンの新聞に寄せて論陣を張り、なにかにつけて、現地の人々の味方になった。彼は、現地の人々から「ツシタラ(語り部)」と慕われるようになった。という内容の小説である。
小説の冒頭、いきなりスティーブンソンが血を吐く場面からはじまる。
そういう小説なのだけれど、全編まるでスティーブンソン本人が書いたかのような臨場感あふれる筆致で、スティーブンソンの霊が中島敦に乗り移ったかのような迫力がある。
『光と風と夢』は、第十五回芥川賞の候補になった。が、最終選考で落選し、その回の芥川賞はたしか該当作なしだったと思う。選考委員のひとり、川端康成は推していたが、たしか彼は選考会に欠席していたと記憶する。
後世の文学者は、
「こんな傑作を落とすとは、戦時中で、選考委員はみんな頭がどうかなっていたのだ」
みたいなことを言っているが、さて、われこそはと思われる方は、『光と風と夢』を一読され、どちらの評価が適当か、ご自分の鑑賞眼でご判断されてみるのも一興、と考えるのである。
(2013年5月5日)



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