5/6・文章家、フロイトの誠実 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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5月6日は、語呂合わせで「ゴムの日」。この日は『真知子』を書いた小説家、野上弥生子が生まれた日(1885年)だが、精神分析学者、フロイトの誕生日でもある。
フロイトの『夢判断』を、自分は若いころは文庫本でもっていて、ときどき読んでいた。
フロイトは、マルクス、ニーチェと並んで、20世紀の人類にもっとも大きな影響を与えた人物だと聞いていたし、この『夢判断』は発表当時、世界に一大センセーションを巻き起こした問題作だと聞いていたので、どんなものか、ひとつ読んでみようと思ったのだった。
実際に読んでみて、驚いたのは、学術書なのに、とてもおもしろく、読みやすいことだった。
「フロイトは、文章がうまい」
と感心した。

ジークムント・フロイトは、1856年、当時オーストリアだった、現在のチェコのプリボールに生まれた。両親はともにユダヤ系で、父親は毛織物の販売をしていた。ジークムントは、8人きょうだいのいちばん上の子だったが、厳密にはさらに上に年の離れた異母兄が2人いた。
ジークムントを産んだとき、母親は街ですれちがった見知らぬ老婦人から、こう言われたという。
「あなたはこの世に偉大な人物をもたらされた」
不景気と暴動のしわ寄せで、人々の敵意がユダヤ人に向けられだしたため、フロイト一家は、ジークムントが3歳のときライプチヒへ、4歳のときにウィーンへ引っ越した。
17歳でウィーン大学の医学部へ入学したフロイトは、24歳で大学を卒業。卒業後は、総合病院へ勤務しだしたフロイトは、28歳のとき、コカインに麻酔作用があることを発見した。
29歳のとき、パリの総合病院へ留学し、翌年、ウィーンにもどったフロイトは、この地で開業した。
神経科を専門とする開業医フロイトのもとへやってくる患者は、ほとんどがノイローゼの患者だった。当時おこなわれていた、電気や冷水による療法を試みた後、それらが効果がないとあきらめたフロイトは、催眠術による療法が試されていることを知り、それを試しだした。患者を催眠術にかけて治療しようというものだったが、やがてこれがうまくいかないことがわかると、次に彼は、患者に思いつくことを並べていってもらう自由連想による療法へと移っていった。
当時はヒステリーは、仮病か、または子宮が原因の病気で、男はかからないと考えられていた。これにフロイトは真摯に向かい合い、ヒステリーについて臨床研究を重ねた。そして、ヒステリーが起きる原因となったきっかけを患者が思いだし、そのときの感情をことばで表現すると、ヒステリー症状が解消されることを発見した。
フロイトはまた、ベルリンに住む開業医ヴィルヘルム・フリースと知り合い、彼と文通したり、ベルリンに会いに行ったりして、意見をぶつけ合い、自分たちの研究を育てていった。
フロイトは39歳のとき、自分の方法をはじめて「精神分析」と呼んだ。
1899年、43歳のとき、『夢判断』を出版。これは、それまで意味などないと考えられていた睡眠中の夢を、分析、解釈することによって、その人の精神のなかで起きていることを推察することができるとした画期的な書物だった。
50歳のころ、ユングとの交流がはじまった。が、58歳のころ、二人はたもとを分かった。
61歳のとき、『精神分析学入門』を出版。
1938年、82歳のとき、ナチス・ドイツ軍がオーストリアに進駐し、フロイトは英国ロンドンへ亡命。進行したガンのため、翌1939年9月、没。83歳だった。

フロイトの『夢判断』は、そのなかで、フロイト自身の夢を取り上げて分析しているために、彼自身がこれまでしでかしてきた失敗や、恥ずかしいこと、他人に言いたくないことまでを、自分で暴露する恰好になっている。もちろん患者のプライバシーは守るなどの配慮はされているが、それでも、フロイトとしては、そうとうな犠牲を払って書いたという意識があったろうと思う。フロイトはこの書のなかで、自分の夢の分析、解説をした後、こう書いている。
「非難を浴びせようとする者は、私以上に誠実になれるかどうか、ぜひ試してみてほしいものだ」(金関猛訳『夢解釈』中央公論社)
『夢判断』の魅力は、ひとつには、この「ほんとうのこと」を思い切って言ってのけた誠実さにあると思う。
そして、もうひとつは、フロイトの文才だと思う。
ユングの本も、自分はすこし読んだけれど、文章のおもしろさの差は歴然としていて、フロイトのほうが、一般読者にとっては、ぜんぜん読みやすいし、おもしろいという印象を自分はもっている。

「エディプスコンプレックス」「口唇期」「肛門期」……。
人間のさまざまな精神活動には、その底に、性的な衝動が原因となって横たわっている、とするフロイトの学説は、発表当時、ごうごうとした非難を浴びたり、無視されたりした。しかし、誰にも相手にされない孤独のなかで、彼は自分を曲げず、臨床例を積み重ね、考えを発展させて、それまで人類が目をそむけていた無意識の領域を、人類の前に広げて見せた。
人類のそれまでの常識を180度ひっくり返した科学者として、フロイトは、コペルニクスやダーウィンと並び称されるらしい。
自分としては、彼の業績もさることながら、周囲からの雑音にまどわされずに、自分の目に見えているの真実だけを追いつづけ、ぶれなかったそのタフな背骨がすごいと思う。
偉大な人物の人生とは、つらい、きびしいものだと、あらためて考えさせられる。
フロイトは、ヴィルヘルム・フリースへの手紙のなかでこう書いているそうだ。
「自分自身に正直でいることは、いい運動になる」 (SIGMUND FREUD, letter to Wilhelm Fliess, Oct. 15, 1897)
(2013年5月6日)



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