4/28・ランボルギーニの意地 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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Something to remember today. 今日の日が流れて消え去ってしまう前に。

4月28日は、第二次世界大戦中、千人以上のユダヤ人を自分の軍需工場で雇用することによって、ナチス・ドイツのホロコーストから救った実業家、オスカー・シンドラーが生まれた日だが、スーパーカー「ランボルギーニ」を作ったフェルッチオ・ランボルギーニの誕生日でもある。
いまではそうでもないけれど、自分は若いころはクルマ好きで、
「アストンマーチンとか、ポルシェとか、いいなぁ」
と思っていたものだった。世界に高級スポーツカーは数多あるけれど、自分の頭のなかでは、その最高峰は「ランボルギーニ」だった。その怪物のようなエンジンがたたき出す性能やスタイル、価格もさることながら、もともとランボルギーニというクルマが、フェラーリの対応に腹を立てたトラクター・メーカーのオーナーによって、
「それなら、自分でもっといいスポーツカーを作ってやろうじゃないか」
と、自作されたものだという、意地の伝説にひかれるからである。

イタリアの自動車メーカー「ランボルギーニ」の創立者、フェルッチオ・ランボルギーニは、1916年、レナッツォで生まれた。父親は、ぶどう栽培を営む農家だった。
栽培よりも機械に興味があったフェルッチオは、工科大学を出た後、イタリア空軍に召集された。軍の運搬車両の整備管理者になったが、英国の捕虜となり、終戦の翌年まで抑留された。
解放され、帰国したランボルギーニは、トラクターの製造販売をはじめた。そうして、しだいに金まわりがよくなると、フィアット、ベンツ、マセラッティ、ジャガーなどのスポーツカーを買いそろえ、曜日ごとにちがうクルマを乗りまわすようになった。
42歳のときからフェラーリに乗りはじめた。乗っているうち、フェラーリはいいクルマだとは思いつつも、騒音が大きく、室内装備が安っぽい、また、クラッチの品質がよくないなどの欠点が気になりだした。そして、フェラーリは販売後のアフターケアがよくないことに気づいた。そこで、彼は、フェラーリの総帥であるエンツォ・フェラーリを訪ねていき、自分の懸念を伝えにいったのだが、プライドの高いフェラーリに相手にされなかった。
そこで、ランボルギーニは、自分のフェラーリ250GTを改良し、ついでに、自分の手で完璧なスポーツカーを作ってやろうと決意。47歳のとき、自動車製造に乗りだした。こうしてスーパーカー「ランボルギーニ」が誕生した。
もちろん、フェラーリの対応に「カチン」ときた勢いだけではなく、そこには、自分ならもっといいクルマが作れるという自信や、そのノウハウをトラクターにも生かせるといったビジネス上の計算もあったろう。
1970年代に、南アフリカや、中米ボリビアに輸出する予定だったトラクターが急にキャンセルされるなどして、ランボルギーニ社は資金繰りが苦しくなった。また、1973年のオイル危機によって、世界的に燃費のよいクルマが好まれるようになり、ガソリンを食う大排気量のクルマがうとんじられるようになってきた。ランボルギーニはしだいにクルマの事業に興味を失い、ランボルギーニ社の持ち株を手離して、自分の名前が冠せられたトラクターや自動車の事業から身を引いた。58歳のときだった。
自動車業界からの引退後も、ランボルギーニは、ワイン製造、みずから設計したゴルフコース開設など、さまざまなビジネスを手がけた。
そうして、1993年2月、心臓発作のため入院していたペルージアの病院で没した。76歳だった。

ランボルギーニのエンブレムを飾る闘牛のマークは、自動車製造に乗りだすすこし前、ランボルギーニがスペインのセビリヤにある闘牛用の牛の牧場を訪ねた際、そこの牛に強い印象を受け、それで雄牛のデザインをエンブレムに採用したのだという。

自分の家の近所のお寺の人が、ランボルギーニに乗っていて、ときどき車庫に出し入れしているのを見かける。そのひどく車高の低いクルマをはじめて見かけたとき、
「おや、なんというクルマだろう」
と近寄って、エンブレムをたしかめた。
「あ、闘牛のマークだ。ランボルギーニかぁ」
と、しみじみとながめ直したものだった。
ランボルギーニには、なんとなかく心ひかれるものがある。それは、創業者ランボルギーニの、自動車製造へ乗りだした経緯に、感じるところがあるせいだと思う。自分は、長いものに巻かれる人を見るのは好かず、意地を張る人を見るのが好きだ。
「自分を満足させるものがない。それなら、自分が作ってやろうじゃないか」
その心意気、いいじゃないか、と思う。
(2013年4月28日)



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