4/11・小林秀雄のノーガード戦法 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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Something to remember today. 今日の日が流れて消え去ってしまう前に。

4月11日は、来日したビートルズの4人をすき焼きでもてなした「若大将」加山雄三が生まれた日(1937年)だが、評論家、小林秀雄の誕生日でもある。
自分は学生のころ、小林秀雄の書いたものはほとんど読まなかった。その昔、小林秀雄の文章は大学入試の問題にひじょうによく取り上げられていて、高校時代にさんざん問題集で読まされ、辟易としていた。
大学の終わりごろ、パチンコで稼いだお金で飛行機の切符を買い、生まれてはじめて米国へ行ったときのことだった。着いたロサンゼルスのリトル東京(日本人町)の定食屋に、雑誌「新潮」の小林秀雄追悼記念号が置いてあった。
「なんだ、小林秀雄かぁ……あの、受験の」
とは思ったが、異国にいると母国語が恋しいもので、自分はその雑誌をぱらぱらめくって読んだ。
今日出海や、井伏鱒二、水上勉、石原慎太郎といった人たちが、在りし日の小林秀雄の思い出を寄せていて、おもしろかった。受験生時代に問題集で読んだ経験では「こむずかしい文章を書く人」という印象しかなかった「えらい人」が、急に、温かみのある人間らしい人間として目の前に浮かび上がってきた。
読んだなかでは、とくにこんな逸話がおもしろかった。
あるゴルフコンペで小林秀雄が賞品をもらったとき、授与式の後になって順番の数えまちがいが発覚して、主催者側が謝罪したことがあった。しかし、小林はこう言って賞品を離さなかったという。
「いったんもらったものだ。ぼくは返さないよ。失礼ではないか、センター賞の選定をまちがったのは、そちらの落ち度だ。ぼくには関係ない」(丹羽文雄「小林秀雄とゴルフ」)
自分はこう思った。
「ふーむ。なかなかおもしろい人ではないか。もしも無事、帰国できたら、ちょっと読んでみようかしら」

小林秀雄は、1902年、東京の神田に生まれた。父親は宝石の研磨技術を欧州で学んできた技術者、実業家だった。
18歳の年に、父親が没し、母親が肺ガンになった。このころ、小林秀雄は同人誌に小説を発表していた。
23歳の年に、東京帝国大学の仏文科に入学。詩人の中原中也を知り、中原の恋人だった長谷川泰子と恋愛関係におちいり、長谷川泰子と同棲をはじめた。
26歳の歳に大学卒業。卒論はアルチュール・ランボー論だった。同じ年、同棲していた家から逃げだし、奈良の志賀直哉を頼った。
27歳のとき、雑誌「改造」の懸賞論文に応募した評論「様々なる意匠」が二席に入り、評論家としてデヴュー。
28歳のとき、ランボーの詩集の翻訳『地獄の季節』出版。以後、『ドストエフスキイの生活』『モオツァルト』『ゴッホの手紙』などを書き、56歳のとき、ベルグソン論である『感想』(未刊)を執筆開始。
75歳のとき、代表作『本居宣長』を出版。
1983年3月、腎不全、尿毒症などのため、入院先の病院にて没。80歳だった。

米国から帰ってきた自分は、まず、小林秀雄の講演を録音したカセットテープを買って聞いてみた。
落語を聴いているようだった。とくに、たばこをやめた話が愉快だった。いつも、たばことライターと灰皿をそばに置いて、それでたばこをやめてやる、と意地を張る江戸っ子のやめ方だった。小林秀雄は、くそまじめな評論家ではなく、じつは機知あふれるユーモアの人だったのである。
それから自分は、小林秀雄の録音テープを買い足し、CDも買い求め、全集をそろえ、彼について書かれた本も買い集め、すこしずつ読んでいった。中原中也の本はもちろん、長谷川泰子の手記も読んだし、小林の小説『蛸の自殺』も読んだし、代表作の『本居宣長』も読んで……気がつくと、自分はすっかり小林秀雄ファンになっていた。

最近では、
「ああ、小林秀雄先生、ごもっとも」
「すべて小林秀雄に教わった」
というようなことを言う人がいたりして、小林が神さま扱いされる時代が復活した感がある。
でも、自分にはぴんとこない。
自分は、小林秀雄の言うことをそのまま信じようとは思わないし、彼の文章を読んでいて、
「さすがにこれは、どう考えても、まちがっているだろう」
と思うこともある。
でも、小林秀雄の人となりは、全面的に信頼している。要するに、愛読者なので、彼が書いたものを読むのが、ただただ楽しいのである。

自分が小林秀雄について、
「ああ、この人は、ほんとうのことを言ってくれる、信用できる人だ」
と思ったのは、彼のこんな文章を読んだときだった。
「天命を知らねばならぬ期に近付いたが、惑いはいよいよこんがらがつて来る様だし、人生の謎は深まつて行く様な気がしてゐる。成る程人並みに実地経験といふものは重ねて来たが、それは青年時代から予想してゐた通り、ただ疑惑の種を殖す役に立つて来た様に思はれる」(「年輪」)

あるいは、こんな文章も感慨深く読んだ。
「あるとき、娘が、国語の試験問題を見せて、何んだかちつともわからない文章だといふ。読んでみると、なるほど悪文である。こんなもの、意味がどうもかうもあるもんか、わかりませんと書いておけばいいのだ、と答へたら、娘は笑ひ出した。だつて、この問題は、お父さんの本からとつたんだつて先生がおつしゃつた、といつた。へえ、さうかい、とあきれたが、ちかごろ、家で、われながら小言幸兵衛じみてきたと思つてゐる矢先き、おやぢの面目まるつぶれである」(「国語といふ大河」)

世の多くの人は、小林秀雄の頭のよさ、直感力ほめるけれど、自分は何より小林秀雄の、おのれを守ろうとせず、肚を据え丸腰で、つかつかと相手にふところに歩み寄っていくあの無勝手流のやり方、「あしたのジョー」のノーガード戦法のような、あの人生態度に強く引かれる。
(2013年4月11日)


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