3月8日は、ゴロ合わせで「みつばちの日」。
1904年のこの日、米国ニューヨークで、女性労働者による女性参政権を要求するデモがあったのを記念して、3月8日は「国際女性デー」。この日はまた、心理学者、宮城音弥(みやぎおとや)の誕生日でもある。
自分もそうだが、概して日本人は、心の問題を、専門家がわかりやすく解説してくれた本が好きである。昔からその手の本がときどきベストセラーになってきた。たとえば、
米国の心理学を紹介した土居健郎の『甘えの構造』(1971年)。
フロイト研究者である小此木啓吾の『モラトリアム人間の時代』(1978年)。
ユング研究所にいた河合隼雄の『こころの処方箋』(1992年)。
そして、こうした人たちの先駆者が、宮城音弥である。
宮城が書いた本に、自分はずいぶんお世話になった。ずいぶん蒙を啓いてもらった、と恩を感じている。
宮城音弥は、1908年、東京で生まれた。両親ともに教師だった。
中学のころ、
「死んだら心はどうなるのか」
「霊魂はあるのか」
という問題について悩みだしたという宮城少年は、京都大学の哲学科に進み、心理学を専攻した。
大学卒業後、就職先のなかった宮城は、フランス政府の留学生採用の試験を受けてこれに合格。フランスのストラスブール大学に2年間留学した。フランスでは心理学者は医学も同時に専攻するのが常識で、犯罪心理学についての講義は刑務所でおこなわれたという。
帰国後は、慶応大学の神経科の助手として勤務。その後、昭和医専で臨床医学を学び、医師免許を取得(宮城音弥『人間の心を研究する』岩波新書)。
第二次大戦中は、慶応病院に医師として勤務しながら、海軍の技術研究所にも嘱託で勤めた。世間一般が食料難の戦時でも、海軍の研究所では食べ物が豊富で、彼は昼食に出たパンをポケットに隠して家族ために持ち帰った。
戦後、東京工大の教授となり、東大や教育大の講義もしながら、60歳の定年まで勤め上げた。定年退職後は、日本大学の歯学部の教授に就任した。
1952年の、翻訳小説『チャタレイ夫人の恋人』が、わいせつか否かが争われた「チャタレー事件」では、宮城は弁護側証人として出廷。うそ発見器による実験をおこなった実験データを示して、件の小説がわいせつとは認められない旨を論証した(でも、裁判では結局、わいせつであると判決された)。
論文、翻訳のほか、一般向けの心理学書を多く執筆し、日本に心理学を広く知らしめるのに功績があった。
前掲書のほかの著書に、
『精神分析入門』
『性格』
『天才』
『夢』
『日本人とは何か』
などがある。 2005年11月没。
宮城の著書で、自分が最初に読んだのは、岩波新書の『天才』だった。
『天才』のなかには、コロンブス、マルクス、ルソー、ランボー、ボードレール、ポー、ベートーヴェン、バイロン、ゲーテ、ダーウィン、ゴッホ、ニーチェといった西洋の天才たちがつぎつぎと登場して、その個性的な生きざまや、精神的な特徴、異常ぶりが冷静かつ簡潔につづられている。
「バイロンの一生は、まことに波乱のはげしいものであった。彼は暴力をふるう変質者であり、酒飲みであり、異常な性生活を行ない、ノイローゼになり、各地を放浪してまわった」(『天才』岩波新書)
「もっとも典型的な天才の家系の特徴は、性格的の遺伝的関係がありながら、その天才以外には天才と称せられるものが出現しない(集積しない)ところにある。
天才の家系は一つの立派な花を咲かすために、多くのムダ花を作る木に似ている。ゲーテもベートーベンも、バイロンもそうであった。
ゲーテの父はきまった職もない人で、晩年は動脈硬化による精神病にかかり、ゲーテのキョウダイの五人のうち、三人はコドモのときに死に、六歳まで生きた弟は、のろまで、わがままな性格異常児、オトナになるまで生きていた妹は精神病者であった」(同前)
読んで、自分はため息をついた。
「おもしろい人たちだなあ。人間というのは、おもしろいものだなぁ」
そう思った。それがきっかけになって、自分はそうした天才たちの本を読むようになったし、心理学関係の本も手にとるようになった。もしも『天才』という本に出会っていなかったら、『ファウスト』も『悪の華』も、『チャイルド・ハロルドの巡礼』『ツァラトゥストラ』『ビーグル号航海記』といった本も読んでいなかったかもしれない。
著書のなかで、宮城はこう述べている。
「高齢者にある種の仕事が無理なことは多いが、いまや、多くの仕事が機械化によって、体力の必要から解放されつつある。
ロボットが人力に代わる。高齢者の劣っている筋力をロボットが代行する。
視力や聴力の弱化も、思考力や選択力の速度の低下も気にすることはない。ロボットが見たり聞いたり考えたり選択したりしてくれるであろう。
年の功とコンピュータの協力が、高齢化社会の労働の姿となるにちがいない。(中略)
高齢者の労働に適した仕事を考えるべきだし、高齢者の特性を利用すべきである。(中略)
今日の高年齢層の保護は、精神衛生的にはかならずしも保護になっていない。
適当な労働は人間を長生きさせるし、人間に生きがいを与えるはずである。それは、とくに高齢になっても働きたいという気持ちをもつ者の多いわが国において、いちじるしい。
人間の心と"からだ"は使い過ぎて老化するものではない」(『人間年輪学入門』岩波新書)
この現代性は、いったいなんなのだろう。いまから30年以上も前、まだウィンドウズ・パソコンやインターネットなど、影も形もなかった昔、1982年に書かれた文章である。
先見性に脱帽する。
(2013年3月8日)
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