1/20・自由のフェリーニ | papirow(ぱぴろう)のブログ

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1/20・自由のフェリーニ

1月20日は、イタリア映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニの誕生日である。
自分は、高校生に入ったころから、映画の世界にはフェリーニというえらい監督がいる、といううわさだけは耳にしていた。
でも、フェリーニの映画など、テレビではまず放映されないし、地元の街中に一軒だけある、新作のロードショー映画を一カ月遅れで上映する映画館でもまったくかからなかった。
DVDはもちろん、まだビデオすらない時代だった。
はじめて「道」をみたのは、大学生になってから、大学の上映会でかかったときだった。
ふだん、あまり大学に行かない学生だったが、映画会があるときだけは嬉々としてかけつけた。
「ああ、これが、うわさに聞く、『道』かぁ」
強烈な映画だった。
フェリーニの奥さんのジュリエッタ・マシーナと、アンソニー・クインという主演の二人の個性が強烈で、また、二人でイタリアの地方を見せ物興行してまわるという、クルマなしで歩いてゆくロード・ムービーという構えも強烈だった。
「どんなものでもきっと役に立つ。この道ばたに落ちている石ころだって」
たしか、そういう意味のせりふだったと思うが、ジュリエッタのいうこのせりふは、フランス映画「シベールの日曜日」の、
「ほら、お星さまのかけらだよ」
というせりふとともに、自分のなかでは、青春時代にみたヨーロッパ白黒映画のロマンティック名文句の双璧である。

フェデリコ・フェリーニは、1920年1月20日、アドリア海に面したイタリアの小さな町リミニで生まれた。父親は元パン職人で、旅行のセールスや卸売業を営んだ。母親はローマのブルジョワ階級の子女だったが、彼女は両親の猛反対を押し切って、フェデリコの父親と駆け落ち結婚した。フェデリコは3人きょうだいのいちばん最初の子である。
子どものころから絵を描くのが好きだったフェデリコ・フェリーニは、高校時代から、友人の画家と肖像画店を構え、マンガやギャグの原稿を書いては雑誌に投稿していた。
19歳のとき、ローマの大学の法律学校に入学したが、それは両親を喜ばせるためのもので、講義にはまったく出席しなかったという。
彼は雑誌に記事を書いたり、雑誌の編集にかかわったりしていたが、やがて映画のコメディの脚本を書くようになる。
そうして、25歳のころ、ロベルト・ロッセリーニの映画「戦火のかなた」「無防備都市」の脚本に参加。新現実主義の脚本家として知られるようになった。
30歳のとき、映画「寄席の脚光」で共同監督としてデビュー。
34歳のとき、名作「道」を発表。
39歳のとき、新現実主義を離れ、ユング心理学の影響を受けた映画「甘い生活」が大成功を収める。
43歳のとき、「8 1/2」。
以降、「サテリコン」「道化師」「ローマ」「アマルコルド」「カサノバ」「女の都」「そして船は行く」などの作品を発表。
「映像の魔術師」「映画の神さま」などと呼ばれた巨匠フェリーニは、1993年、ローマで心臓発作で亡くなっている。73歳だった。

「道」をみたのと前後して、自分は、フェリーニに「8 1/2」という名作があるということを知った。
しかし、なかなかみる機会には恵まれず、はじめてみたのは、23歳のとき、米国ニューヨークでだった。
はじめていった外国、はじめて歩いたニューヨークだったが、ひとりでマンハッタンの街をさまよっていると、グリニッヂ・ヴィレッジのあたりだったか、小さな映画館の前を通りかかって、みると、看板に「8 1/2」と数字が掲げられてある。
「ああ、これは」
フェリーニが、映画を撮りはじめて8作目、以前に短編を1作撮っていたので、それを数えてこういう題名になったのだと、話に聞いていた。
「イタリア映画だから、英語字幕か。字幕はもぐらたたきのようにすぐに消えてしまうのだろうなあ」
と思いつつ、しかし、みておかねば、と入場料を払った。
やはり、字幕は神出鬼没で、自分の英語力では読みおおせないものが多く、内容は半分わかったかどうかという感じだった。
でも、おもしろかった。
マルチェロ・マストロヤンニ演じる主人公の映画監督が、プロデューサーからは責められ、映画の撮影は進まず、妻との仲も決裂寸前で、目はついつい愛人に向いて泳いでしまう、といった、八方ふさがりの状況にいるのだが、それが当時の自分の、もうすぐ大学を卒業しなくてはならず、しかし卒論の見通しは立たず、卒業後の先行きもまったく見えない、宙ぶらりんな状況と重なって、他人ごとと思われなかった。
しかし、それでいて、限りない自由を感じた。
八方ふさがりのなかでも、マストロヤンニは、ホテルの廊下を口笛を吹きながら軽やかにゆく。ときどきダンスするように革靴の爪先をくねらせながら、颯爽と歩く。
「いいなあ」
と思った。
そして、最後の有名なせりふ「人生はカーニバルだ」も強く印象に残った。
「8 1/2」は、渋滞の車中を抜けでていく冒頭のシーンから、最後のシーンまで、全編を「自由」で塗りたくった映画だといえるが、その映像を浴びた影響は、半分以下しか理解できなかった自分の上にも、大きくあらわれた。
映画館をでた自分の頭のなかには、いまみた映画のテーマ音楽がいつまでも鳴っていて、なんだかニューヨークの街の景色も、入る前とはちがって見えた。
自分は、あちこちに落書きがあった当時のマンハッタンの通りを、歩道のところどころに空いた穴をよけながら、 軽快に歩いていった。そうして、五番街の歩道を渡るとき、思わずスキップしていた。
からだが宙に浮くように軽かった。
自分は、あのときほど、自分が自由だ、と感じたことはない。
(2013年1月20日)


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