おはようございます、古代です。
無趣味な古代にテニスってどうよ?と思いまして、先ほど近所のインドアテニスクラブでテニスにチャレンジしてきました。

コーチはイケメン、niceスマイル、爽やかなキャラ、優しい、もう眩しすぎて彼の目を見ると赤面してしまうほどでした。
いきなり生徒達に混じってバンバンと打たされたのですが、前に飛ばんは、ホームランを連発するは、たまに空振るはで恥ずかしい恥ずかしい。

一緒に体験レッスンで入った、”自称初テニス”の小太りのアラサーがうまいのなんの。

イケメンのコーチ「○○さん、初めてじゃないですよね?」
小太りアラサー「いやぁ~野球しかしたことないんですけどね」


と言いながら、軽快なフットワーク(少し腹が揺れているが)でバシバシと球に回転を加えながら前に飛ばしている。

「く........悔しい。」

彼は満面の笑みで入会をしましたが、さて、古代も入会をすべきか。
もし、入会したら決して負けられない戦いが始まりそうである。
元スポーツ選手として負けられない、決して彼には負けてはいけないのであります。



こんばんは、古代です。
一時間だけ仮眠を....と思っていたら深夜まで寝ちゃうパターンで今を迎えています。
頑張ろうと思ったトレーニングも明日に後ろ倒しです。自分の根性なしに残念。

このたび研究費が少しばかり余っていたのでプリンタを買い替えました。
最近のモノはすべて無線で繋がり便利だなぁ。スキャナもついているし。しかもかなりコスパが良い。


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年始に小学校時代の友人が開いた同窓会に参加をした。
古代が仲が良い連中(といっても3人)は全国津々浦々に散ってしまい、地元残留組とはまったく交流がなかったのですが、ひょんな縁で参加することになったのであります。
懐かしい顔ぶれ8人で居酒屋の掘りごたつに入り、それぞれの近況を報告しあったのですが、これがなかなかどうして楽しく沢山の発見があった。

なぜかというと、彼らから小学生時代の古代が如何に飛び抜けたバカだったか思い出させていただいたからだ。
当時打ち込んでいたスポーツの練習の疲れで授業中寝ているわ(恐らく因果関係ないが一応)、授業中にクラスの同級生をキャラクターにしてマンガを描いているわ、さらにそのマンガを一部50円ほどで同級生に売るわ(人気あったらしい)で、問題児というかなんとも形容し難いキャラクターだったのは想像に難しくない。
なるほど、彼らが今の若干理屈っぽい古代を理解し難いのは当然である(とても自由なキャラだったみたいですので)。

といっても古代は今も昔も変わらない気持ち(要するに形容し難いキャラ)なのであるが、冷静に客観視すると随分と変わってしまったのかもしれない。あれだけ学問に興味がなく(一ミリも)、スポーツに没頭していた古代がなぜ今アカデミックな世界で努力をしているのかは自分でもうまく説明できない。そもそも古代は初め、スポーツでキャリアを燃焼した後は、体育教師になりたかったのだ。それが、いつの間にか外資系メーカーへと就職先が切り替わり、営業職からマーケティング部門に能動的態度の結果異動し、さらなる知的好奇心にいざなわれ現在は研究までしている。
すべては偶発にともなうもので計画的に今の自分になったわけではない。ただ、常に自分の信じることに情熱を注いできたし、とにかく必死に生きてきたことだけは確かだ。(と、なんだかこの若さでキャリアを語るのは生意気だし、まったく振り返っている場合ではないが、小学生の自分から今の自分を見たら結構な月日が流れているのである、許してほしい)

古代が歩んできた道はスタンフォード大学のJ.クランボルツ教授が提唱するプランドハプンスタンス理論(計画された偶発性理論)で説明できる。

簡単に要約すると、キャリアは偶然の出来事、予期せぬ出来事に対し、最善を尽くし対応することを積み重ねることで形成されるというものである。

これだけ変化が激しいのだ、先が読めないのだ、目標を決めて逆算するキャリアは限界である。
それよりも、日々自分のビジョンに向けて情熱を燃やし、必死に生き抜き、その先に何が見えるのだろうか、というマインドが重要ではないか。

何か固定された目標の為に努力をするというよりも、必死に生き抜き、学び、頑張った先に何が見えるか、といった価値の変換が重要であると思う。
そして、走り抜けた先に見えた機会を全力で取りにいく、この連鎖が生き様でありキャリアであるのではないか。それを可能にするエネルギーが個々人のビジョンであると思う、そう思うのであります。
あけましておめでとうございます。
遅ればせながらの挨拶になってしまいました。

新年の抱負ですが、今年は

「生きる」ということを実感しながら、大切にしながら毎日過ごしたいと思います。

何の為に生きるのか、働くのか、頑張るのか、努力するのか、などは横に置いて、

今生きているとはどういうことなのか、生きるとはどういうことなのか、生きていることはどれだけ素晴らしいことか、などを心に毎日過ごします。

極めて大きなパラダイムに差し掛かっている日本で「生き抜きます」。


とまあ本年も徒然なる毎日を不定期に更新していきますので、本年も何卒よろしくお願いします^^


古代
クリスマスを日本で過ごすのはかれこれ2年ぶりだ。
スペシャルな方と日本でイブを過ごせて大満足だ。

そして、先ほどクリスマスパーティーから帰ってきた。
某場所で各国の留学生達とクリスマスを楽しんだのだが、このパーティーは多額の税金が投入されている。
今、日本は高度外国人材の国内誘致を一大政策と掲げ、あらゆる施策が実施されている。都心の優良物件を想像を絶する安価で一部のエリート留学生に提供し、クリスマスパーティーをも税金で提供をしているワケだ。
この施策に関して賛否わかれると思うが、古代は賛成だ。優秀な高度外国人材を日本に呼ぶには、日本の良さを感じることができる空間を与え、そして日本は貴方達に対してwelcomeなのだということを、誠意を多少なりとも示す必要があると考えるからだ。そんな下手に出てどうする!?と考える方は少し待ってほしい。GDPがマイナス成長し、母国語は英語ではなく、どちらかと言えば閉鎖的な我が国は外国人からすると興味や魅力を持ちづらい国なのだ。これは優秀な留学生を通じて日本の良い噂を口コミレベルで広げる、彼らを日本にリテインするといった観点から重要だ。これらの税金の使い方は国益に値する。

しかし、アカデミックな世界ではヒヨッコで素人と言われ、賢人からまったく相手にされない古代であるが、浅く広くトピックをもっているのでどうやら知識人と勘違いをされる。男性陣はT大とそのOBの方々が多数を占めるが、彼らは古代の浅い話でも十分に勘違いをしてくれる。思い上がっている場合ではないが、最近の学びが議論で使えるレベルまで到達していることに喜びがある。ただ、念を押すとまったく思い上がっている場合ではない。まぁ、クリスマスなので許してください...神様。

久々に酔っぱらった。久々に良い杯を交わし合った。
Anyway Merry Xmas!!