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にくじるのブログ

今だにどこに日記を書こうか悩みながら何も考えてない人のブログ。
にわかにディープなのでスルー推奨。

ディープな気まぐれファンの最近の一押しはてっぺいちゃん(石井竜也)。

 

アルバム 「浪漫」~「CHANDELIER」くらいの10年間程はぼんやり聞いたり、数年に1回ふらっとライブを見に行く程度だったけれど、「MOON & EARTH 」がまた胸で鳴り響たのをきっかけに、最近はその10年くらいの間のものを聞いたり、見たりしてます。

年齢を重ねて、音楽が響きにくくなったというよりは、これまでの1回で心に届くタイプの音楽から何度も聞いてるうちに深くハマるような感じにちょっと変わってきたのかもしれません。

 

ライブはWOWWOWで録画しておいた「Arrows Head」を見て、パワーがすごすぎて、絶句。あまりにもすごすぎて感想が書けない。中学生の時にKICK KNOCKのLD見た時と同じくらいの衝撃でした。

とまぁ、そこから遡ってDVDを集めてる感じです。

 

まだ寺とかイベント系が追いついていかないのと、買ったら2枚めだった・・・みたいな事がたまにあり、あまりの記憶力のなさに驚いたり、絶望したりしながら、そろそろ追いつくかな(笑)。マイロストディケイド。

 

間違いなく、今が最高にCOOLなので、少しも見逃したくなくて、結構マメにライブやらイベントやらを楽しみに過ごしてます。次のビルボードも、和も楽しみだな~。あと米米も。

氣志團万博はまだ駐車場付き券があるから悩ましいけれど、とてつもなく涼しくて快適な環境でテレビで見るという選択肢が誘惑する。

熱い中ライブに行って使うコストを考えたら、スピーカー新しくできるよね…とか色んな自分が頭の中に話しかけてくる。

 

さて、今日聞いていた「浪漫」に入ってる 「LOST IN TIME」が難しくてかっこいい。既存のDVDには入ってないようなので、ライブで聞けるものなら、聞いてみたい。石井さんの楽曲は、比較的メッセージ色と情景がハッキリ見えるような曲が多いけれど、これは終わりゆく儚なさと、それが哀しい歌になり、プラスに向いてくるまでの感覚が時間軸なくふわっとしていて、とてもアジアっぽく、レア感ありです。

とはいえ、Love somebody elseって明確なメッセージが入ってるか。

 

そして、まだまだ書き足らない。

hide, shine, bright, cries, eyes, disguise, rephrase, time のRhymeが超かっこいいのです。和とラップの融合的なかっこよさは他になかなかないので一押し。

てっぺいちゃん(石井竜也)が米米CLUBの頃から好きで、全てのアルバムとDVDもLDと呼ばれる巨大なフリスビーな時代から集めていた程ファンだったりします。

 

画面の向こうにしか絶対いないシャレオツな感じがする割に、一つ一つの話や曲がとてもリアルなところに落ちるので、超現実主義者としては、刺激を受けやすく、たぶんこの人のファンにならなかったらこの言葉知らなかったんじゃないかな?とかこんな考えに至らなかったんじゃないかな?なんて思うことが自分の中で地味にあちこち散らばっていたりするわけです。

 

彼の歌には、夢とか翼とかが沢山出てくるのだけれど、歌に出てくる夢はとても男性的。夢を見続けて、歩き続けるところに浪漫があったり、そしてさらに応援してもらえるような感じでとにかくひたすら男っぽい。

 

夢を見るのは性別はもちろん関係はないし、誰にでも平等なのかもしれない。ただ、叶えるためには、好きで努力することはもちろん、運に依るところが多い…というかほぼ運だけか。

夢も身近な夢から妄想レベルまであるし、生活とのバランスで手にしている職業が夢と同じではなくても、生きている上で常に胸を熱くするものがあるというのは夢を見てるといっていいんじゃないかなと思っています。

 

最高に乗りに乗って夢に一番近づいた時、女性には一番危険な瞬間が訪れる。仕事でも、少しずつチャンスが向いてきて精神的にも体力的にも今が一番充実してると言える時に不意にやってくる。

そして運命は自分の夢を捨てるか、人類としての未来を捨てるかの選択を迫る。多くの人が人類としての未来をつなぐために努力していることも分かっているけれど、何でこのタイミングなのさと。「チャンスの神様には後ろ髪はない」・・・ハゲてるらしいです。

絶望感で言葉にならなかった事を覚えている。仕方がないと諦められるならばそんなに悩むこともないのだけれど、夢だってずっと育ててきたから、そう簡単に割り切れるものでもない。

「夢を見てよ どんな時でも 全てはそこから始まるはずさ♪」なんて聞いても、全ては真逆で落ち込むわけです。

 

思えば、私も母親の夢を食いつぶして生まれてきた。その時になぜ親が熱心に私にゴルフをやらせようとしていたのか改めて気づいた。母親の見果てぬ夢があったからこそ、熱心だったんだろうなと。

私自体は、スポーツが得意な家系に生まれているので、そこそこではあるものの、スポーツで活躍する予感がさっぱりしなかったので、何でそんなに期待しているのかなとも思っていたのだけれど、そうか!親の夢とエゴが乗っていたんだ!と。

ゴルフで食べていくよりも、勉強した方が安上がりだって、冷静に考えれば分かるもんじゃない?なんでそんな非効率なところに投資するの?と不思議でならなかったけれど、それはそれなりの理由があり、我家では逆に勉強すると邪魔されたり。

 

当時の私は、そんな事を懐かしく思いながら、自分の夢を諦め、人類の未来をつなぐ方を人知れず、泣きながら選択した。母親が子どもに入れあげるのは、おそらくこんな事なんじゃないかな。

 

ちなみに、私自身は子どもに夢を乗せるのはエゴと思っているので、私が勝手にやりたいことに向かって走ることにしました。不完全で不器用だけれど、子どもがいることを、やりたいことを制限するための言い訳にはしない。

子どもは自分で走ってくれ…。本当に必要なものは自分から手を伸ばせして掴めという意味を込めて。

一方で、親や一番身近な人達が無我夢中で入れ込まないってことは、裏を返せば、その程度の人材で大化けする可能性は低いんじゃないかと思う。

もう少し普通だったらいいのだけれど、いい意味でも悪い意味でもイカれていて私の理解できない所にいて、普通には何も進んでいかないので、ベストエフォートで対応しています。

 

夢の途中で運命に振り回されてる人へ

・悩み抜いて選択した事にとっても意味があります。

・どちらを選んでもおそらく辛いと思います。

・将来に起こり得る悪い事と良い事を比較するのはフェアではないんでやめておきましょう。

・意外と子育て期間は短いです。

・仕事や夢は他の人とのバランスなので替えがききます。

・子どもと母との関係は替えがききません。

 

子ども時代をやりなおしたり子どもが大人になるその頃までを視野に入れて考えるというのは考え方ががらっとかわって別人みたいになれるのでそれも悪くないなと思っています。

「ISHYST 〜REMEMBERING SONGS〜 Zepp ダイバーシティ」を見てきました。ライブレポ的なものは詳しい方々のものを読む側だし、私は感覚的なところしか分からないので、10年くらい後で読んだ時に自分がなつかしめるようなログを。

ちなみに丸太という意味でもあるLOGはスラングだと…ていうんだよ!とか教えられた小学生男子のような言葉は無駄に覚えてる。
 
前回のダイバーシティのライブを見てたので大分雰囲気がわかってたのもあるし、連れが若者すぎたという反省もあり、やっぱり聞く側のコンディションも大事かなと思ってたので、今回は誘う相手を悩んだ。
 
チケットを取る時は、戦争の後の荒野的なイメージしかなかったので、元ドイツのパラシュート部隊にいたエンジニア誘おうかと思ってたんだけれど、エンジニアクラスタでは、うっとりとした時間が流れないので、18年ほど前にある旅行で知り合った友達に声をかけた。
 
当時の私はたしか、心に体がついていけなくてボロボロで、彼女はイタリアにオペラの勉強に留学するって言ってる透明感のある学生だった。
あれからそれぞれの全く違う道を進み、私は心に脂肪をつけてダメな自分を飼い慣らせるようになり、彼女は深みがあって誰の心にも響くアリアを歌う。2人とも成熟したと思うし、歳をとるのは悪くない。
 
結婚したというニュースを聞いた後、しばらくぶりにメッセージを書いたら、「練習があるから遅れるかもしれないけれどいい?」と返事が来て、彼女のゆっくりとした優しい声で、脳内再生された。
要件しか書かない私のメッセージは「石井ライブ、ダイバーシティの方、ドレースコードは白かベージュ」と戦時中の電報のよう。
それでも、ライブ開始後のMCタイムで客席に案内されてきた彼女はちゃんと伝えてあったドレスコードだったから、すばらしい。
短文か長文かに偏るのは何秒で読んでほしいというのがあるから、しょうがない。これも一応は考えて分割する予定だったりしたけれど、そもそも書きにくいし読みにくいからどうでもいい気がしてきた。
しょうがない。あれ?仕様がないってこと?と変な発見をしたり脳内はいつも脱線しがち。
 
ライブは、歌単体であれば、CDとか、喉とか、もっと良い調子の時もあるんだろうし、演出側の失敗の有無で変わることもあるかもしれないけれど、全体的に何が善し悪しを決定づけるのかは行かないと分からない。ただ、この日はなんだかすごく客席の待ってました感が強かったと思う。それに包まれるように石井さんの緊張がほどけていく感じがした。
人の緊張感を受信してすごく緊張することは人生を通じてほぼ無いけれど、石井さんは例外で、生放送を見てるレベルでも伝わるから、影響を与えやすい人なのかな。おそらく天性のもので、Charismaの引きつけられる感じとは真逆のベクトル。たぶん言葉を知らないだけで、そんな能力を指す単語があるんじゃないかと思う。雨上がりのにおいに「ペトロコール」という単語があるみたいに。テレビに出てる人ってそういう特殊能力を持っている人が多いんだろうな。
 
今回は、前回のダイバーシティよりのときより、歌を知っていて聞く準備のできている観客と、リラックスしている様子の石井さん、バンドの雰囲気もふわっとした…そんなちょっとした違いで前回とは全く違うやわらかい色に見えた。
前回のステージでは、一つひとつの音の響きが際立ってたのに比べると、今回はメロディと歌詞が一緒になって、全体的に空気が震えるのを身体で感じながら楽しんだ。
感覚の近い人といるとその空気感も共有できるので、隣にいる友と思わず目を見合わせてにんまり。恋人かよ!みたいな。この辺は同性ならではかなと思う。
 
本編終了の時には既にキラキラになってた彼女は、
「米米を子供の時テレビで見たときに、すでにオジサンだったの」
と囁く。
 
そうかも。小学生に30すぎはオジサンだよね。うん、うん。
 
「石井さん、すごーく素敵だね、歌も色気も、衣装もいまきっとピークだよね」
と興奮冷めやらぬ様子。
 
うん、うん。今一番Hotだし、響きそうな人と見たかったら誘ったんだよ。結婚おめでとうだし。
 
「実は今ね、まだ安定期じゃないけど、子供がいるんだ」
 
なんと!だから、スタンディングじゃなければっていってたんだね、おめでとう!すごいミラクル!
 
「今日は誘ってくれてすごくうれしい。ほんとにありがとう。次も誘ってくれる?」
 
はーい、またいこー!みたいな。
オリジナル曲がとても気に入っていたみたいで沢山話をしてくれた。
 
砂漠の中に見えるオアシスは、こんな時代に逞しく育っていく子ども達なのかもしれない。我が子は、砂漠にする側なんじゃないかと不安になるが、それはさておき。お腹のなかで、ライブを聴いてるというのはちょっと羨ましいし感慨深かった。
 
彼女のFacebookには、初めて聞いた石井さんのオリジナルとカバー曲、ステージについての極彩色の感想が書かれていて、歌の仲間のイイネが沢山付いていた。歌で表現するひとは文字でも表現豊かだなぁと、ほんと周りを幸せにする彼女にニンマリ。
 
さて、話はライブ後へと。「ふたりはプリキュア」みたいに「ふたり焼肉屋」。ハワイでも焼肉。白っぽい服着てても焼肉。こういうのも皮肉っぽいけれど、世の中はそんなことばかり。
 
子供ができた。バンザーイみたいに手放しで喜べる時代だったらいいんだけれど、育てる事を考えるとそんな気楽にはいかない。犬を飼うにも15年の覚悟がいるのに(ポメラニアン、「Dance Nylon」 2006)、人はか~な~り、長い。
そこそこいい歳になって目標だったり、やりたい事があると、なんでこの時期なんだろうとかやっぱり考えたりもする。しかも、1番コンデションの良いときに子供は授かる。
 
今考えても、20歳の安室ちゃんがあの決断をよくしたなぁと思う。その後も「大切な家族や自分の生き方を、安室奈美恵の犠牲にはさせない」(GINGER 2009.06)とかさ、既成概念ぶち壊していく様がロックでかっこいいよね。
 
あんなかっこよく生きられればいいけれど、普通よりできない事だらけのサラリーマンだから、我が家は犠牲になりまくる。基本的に根性も体力も他人に頼る可愛げも足らない。
ただ、親になるというのは、守りに入るだけじゃなく強く戦っていく姿を示していくことも大事だから熱い気持ちとか忘れちゃダメと思うし、じっと耐えてるのもまた強さだし、人それぞれだよね。
 
その後、私たちは肉を店員さんが驚くほど食べながら、イタリアの北と南と石井さん、夢と恋の危うさで盛り上がりました。

・・・って何を書こうとおもっていたのか。
そうそう。オアシス。
フランス語だと、オアシースって後ろのシ方にアクセントがつく。
ドイツっぽい感じの人たちは、アディダスがアディダースって後ろのダの方についてて、アメリカ人にバカにされてた。それぞれのオアシス、アディダスがあっていいよね。