sakebarのコピーについて
ぼくは某酒造会社のサイトのクリエイティブディレクションやアートディレクションを
担当して5年位経ちます。そしてそのサイト内コンテンツのゴーストライターもいくつか
引き受けていて、「なりきり」作業も、つまり5年経つ訳です。ライターが書ききれない部分も
追求したいと完成度にこだわると、仕事が増え、結果自分の首を絞める事にもなる、という
悪例とも言えます。1つにまとまったデザインと企画記事を作る難しさを学びました。
コンテンツの中には日本酒でカクテルを作り、レシピを公開するものもありまして、
友人のバーテンダーにその仕事をお願いしています。友人は大変な感性の持ち主では
あるのですが、「文章が少し…」面倒だ、という事で、ぼくが代わりに本人になりきって
書いている訳です。バーテンダーはカクテルを作り、ぼくがそのコンテンツのライティン
グ全てを受け持つ作業は、本当に楽しい。文字数が決まっている事で、日本語を整理する
鋭敏さが養われた気もします。
四季を現す素晴らしいカクテルが毎回出来上がる為、その雰囲気を損なわないタイトル命名や
ライティングが必要となるので、緊張感もありますが、ゴーストライター作業はやはり面白い。
自分では無く他人である事が、こんなにも楽しいとは思いもせず、責任感の無さが開放感を
伴います。クライアントや消費者に対して責任感を放棄しているのでは無く、自分自身に対して、
ですね。自分を毎日を日記風に語るのは、余りに恥ずかしい。
ブログブームを実感しようと始めたこのアメーバでも、結局自分の方法論や仕事を客観的に見つ
めるための道具としていますから。
では、しばらく何日か、SAKEBARからの引用、どうぞお付き合いください。掲載写真も私が
ニコンやライカ等の一眼レフやデジカメ等で撮影しています。↓
バーテンダーによるレシピ披露と撮影は確か、サイトアップされる3ヶ月前でした。
sakebar/2003_02_26 浅い春の陽射し

「アメリカのピュ-リッツア-受賞作家ジョン・アップダイクの息子デビッドも作家なのですが、
お父さんとはまた違った味わいの、繊細な世界観が私は好きです。
短編集『カプチーノを二つ』序章『庭』の、デビッド幼少時代の記憶描写が素晴らしい。
『這って歩く事を覚えたぼくは、果てしなく続くかのように見える白いカーペットの海を探検し、
窓から差し込む菱形の太陽光に小ちゃな透けるような両手をかざし、自然がもたらす熱を感じとろう
とした。はじめて外に出た日、ぼくは、ぼんやりとした青空の下に座りこみ、鳥たちがさえずりなが
ら縦横に飛び回るのを呆然と見つめていた。父はぼくを抱き上げ、片手で軽々と頭上高く持ち上げた。地面を見下ろすと幸せな気分がゆっくりと崩れていき、ぼくは笑っているわけにはいかず引きつけを
おこしたように泣き出した。』
自然が作り出す様々な情景を見つめ続けた遠い春。この季節には、いつも何かを思い出します。」
担当して5年位経ちます。そしてそのサイト内コンテンツのゴーストライターもいくつか
引き受けていて、「なりきり」作業も、つまり5年経つ訳です。ライターが書ききれない部分も
追求したいと完成度にこだわると、仕事が増え、結果自分の首を絞める事にもなる、という
悪例とも言えます。1つにまとまったデザインと企画記事を作る難しさを学びました。
コンテンツの中には日本酒でカクテルを作り、レシピを公開するものもありまして、
友人のバーテンダーにその仕事をお願いしています。友人は大変な感性の持ち主では
あるのですが、「文章が少し…」面倒だ、という事で、ぼくが代わりに本人になりきって
書いている訳です。バーテンダーはカクテルを作り、ぼくがそのコンテンツのライティン
グ全てを受け持つ作業は、本当に楽しい。文字数が決まっている事で、日本語を整理する
鋭敏さが養われた気もします。
四季を現す素晴らしいカクテルが毎回出来上がる為、その雰囲気を損なわないタイトル命名や
ライティングが必要となるので、緊張感もありますが、ゴーストライター作業はやはり面白い。
自分では無く他人である事が、こんなにも楽しいとは思いもせず、責任感の無さが開放感を
伴います。クライアントや消費者に対して責任感を放棄しているのでは無く、自分自身に対して、
ですね。自分を毎日を日記風に語るのは、余りに恥ずかしい。
ブログブームを実感しようと始めたこのアメーバでも、結局自分の方法論や仕事を客観的に見つ
めるための道具としていますから。
では、しばらく何日か、SAKEBARからの引用、どうぞお付き合いください。掲載写真も私が
ニコンやライカ等の一眼レフやデジカメ等で撮影しています。↓
バーテンダーによるレシピ披露と撮影は確か、サイトアップされる3ヶ月前でした。
sakebar/2003_02_26 浅い春の陽射し

「アメリカのピュ-リッツア-受賞作家ジョン・アップダイクの息子デビッドも作家なのですが、
お父さんとはまた違った味わいの、繊細な世界観が私は好きです。
短編集『カプチーノを二つ』序章『庭』の、デビッド幼少時代の記憶描写が素晴らしい。
『這って歩く事を覚えたぼくは、果てしなく続くかのように見える白いカーペットの海を探検し、
窓から差し込む菱形の太陽光に小ちゃな透けるような両手をかざし、自然がもたらす熱を感じとろう
とした。はじめて外に出た日、ぼくは、ぼんやりとした青空の下に座りこみ、鳥たちがさえずりなが
ら縦横に飛び回るのを呆然と見つめていた。父はぼくを抱き上げ、片手で軽々と頭上高く持ち上げた。地面を見下ろすと幸せな気分がゆっくりと崩れていき、ぼくは笑っているわけにはいかず引きつけを
おこしたように泣き出した。』
自然が作り出す様々な情景を見つめ続けた遠い春。この季節には、いつも何かを思い出します。」