フォーミュラーレース観戦で癒やされた経験
2009年、平成で言えば21年だったか、
私はほとんど鬱病と言ってもよい状態だった・・・
定年退職が近いことは、喜びであるはずだが、
人生のというか、勤めのゴールを目前にして
神経が摩耗していたのだろう、
エンジンのタイミングベルトが交換時期に達していたような
そんな感じかもしれなかった。
その時期に、30年振りにホンダの車を買った事で
「ツインリンク・モテギ」の見学バスツアーに販売店企画で連れて行ってもらえることになった。
あまり期待していなかったが、行くこととした。
そして、当日、早朝から出発。
バスが栃木県のサーキット駐車場について、
コースゲートに歩いて行く時だった。
その「音」が聞こえてきたのだ。
空気をつんざいて、遠くの方から、甲高い、エンジン音が・・・
その瞬間、身体の奥から、忘れていた何か、
「生きる気力」とでも言っていいような何か、
が湧き出してくるような気がした。
それは、TVで観戦では一度も感じたことのないものだった!
生きる気力のような音などというものは、
これが初めてだった。
フォーミュラ―カーのエンジン音・・・
生で、それを聞いてみるまでは、誰にも説明できない音だ。
自分一人の感覚だろうか、
どうもそうでもないらしいことは、今買ってきて読んでいる雑誌でも、
同じような事を言っている人がいることで、分かる。
---それを引用してみよう。
レース・クイーンからレーシングドライバーになった井原慶子さんとカーライフエッセイスト吉田由美さんの対談記事だ。
『NAVI CARS[ナビカーズ]2013 JANUARY 03』 のP98ページから
「キャンギャルから突如
レーサーになりたい!」
井原 縁があってレースクイーンの仕事をするようになって、初めてサーキットでレースを見たとき、その音や緊張感がものすごく衝撃的だったの。レーサーやエンジニア、メカニックが真剣勝負で戦う現場を目の当たりにして、「レーシングドライバーになりたい!」と思って。
---(引用終わり)
エコの時代と言っても、
人間の生きる力を削いでいいというエコはないはずだ。
毎日通勤で使うわけではないスポーツカーや、
地球上でほんの微々たる部分でしか行われていないフォーミュラ―レース
これなんかは大事にしていく必要があるのじゃないか。
「生きる力」
あれを聞いて、私は
元気に職場復帰し、それを皆に語った。
今年もまた、一度でも、モテギか鈴鹿の
サーキットに観戦にいきたいものだ。