古典も現代文も本当は面白いはずなのに

古典も現代文も本当は面白いはずなのに

Yahoo!知恵袋でのベストアンサー・自選回答集積ブログ(でしたが、最近は21世紀前半の日本の世相の記録とも考えています。個人情報保護のため一部改変あり。)

Q

短歌はこういう感じでも良いですが?美しいものは作れません

お隣がうるさいいつも明け方にドタバタドダタ早起き嫌い

 

A

よくないですね。およそ歌を指導する立場の人ならば、良いとは言いません。もっと、人が共感する気になる歌を詠むように言うでしょう。このあたりは短歌を詠む心の問題です。私が指導者であれば、指導してしばらく様子を見て、改善が見られないなら、除名します。こういう歌を共有しては、座が白けてしまいます。
似ている世界にフラダンスがあります。フラダンスもその本質に、周囲の自然世界への感謝と喜びがあります。それを表現するのがフラダンスです。怒りや憎しみを表現しようとする人がいれば、指導者は、それはフラではないと指導します。フラを踊る人がたいていいつも笑顔なのは、フラの精神に由来します。
歌も同じです。歌は、共感を求める自己表現です。つまり、人と人がつながるための表現です。他者を呪う感情が共感されれば、幸福な座が死んでしまいます。それを指導し、理解されない場合は、「どうぞあなたの理解されるところへ行って下さい。」と遠慮してもらいます。
ここ知恵袋には、是認する人もいるでしょう。だったらあなたの居場所もあるかもしれません。私は目をそらして避けます。

悲しみや憎しみ、腹立ちや怒りといった、否定的な感情を詠むのは良いのです。他者を呪う、他者の不幸を祈る歌はいけません。両者は全くの別物です。あなたの歌は後者です。その感情を昇華する、「歌にして清める」と言いますが、その作業が必須になります。

 

返信Q

歌を詠むのは自分のためか、他人のためか、という違いですね 参考になる考え方でした ありがとうございます。

Q

夫が姪っ子(中学生)狙いかもしれません。

アラフォー夫と結婚して2年目です。
うちには姪っ子と甥っ子がいます。夫と姪っ子が会ったのは4〜5回だけです。しかも「あ、どうも初めまして」くらいしか会話していません。しかし家族の集まりで姪っ子も来ると言うと普段絶対休まない会社を有給使って何が何でも休みます。さらに髭剃り、整髪料付ける、綺麗目な服を着ていくなど普段やらない事をします。『何でそんなオシャレすんの?』と聞くと笑いながら『JCにかっこいーって言われちゃうかもしれないじゃん』との発言。冗談でもゾワっとしました。
さらに実家の集まりがあると伝えると、必ず○○ちゃん達は来るの?と聞いてきます。また、普段の会話で○○ちゃんの話題をしょっちゅう出してきます。今何年生だったっけ?とか、スポーツやってるんだっけ?どのくらい上手なのかな?など。
そして今日、夫と2人で公園にBBQに行ったのですが『今度は○○ちゃんとかも誘って皆んなでやりたいね』と言われ唖然としました。
今私は妊娠中です。『将来生まれる子供とBBQしたいね』とかなら分かるのですが、何故大して関わりのない姪っ子の名前が出てくるのだろう…と思いました。まして複数いる姪っ子甥っ子の中で、毎回長女の"○○ちゃん"だけを固有名詞で出してきます。
これは私の考えすぎでしょうか?それとも皆さんも○○ちゃん狙いだと思いますか?

 

A

中学生であれば、性愛の対象になります。江戸時代なら数え年で15歳から結婚適齢期に入りました。井原西鶴の作品にも、14歳を「子町娘、美人として評判だった」と書いてあります。だから、夫の言動は、それ自体は異常ではありません。
ただ、妻が妊娠していながらそれを言うというのは、たぶんですけど、夫は性差別者ではないのでしょうか。「女には何を言っても構わない。男は気ままに振舞えばよい。」という考えが透けて見えます。また、姪を性的対象にしているのも、やはり「女を性的消費するのは構わない。男は女を性的対象として楽しんでよいし、妻はそれを許すべきだ」という考えもうかがえます。これも性差別の一つの表れです。
問題は、夫の姪に対する性的興味ではなくて、臆面もなく妻にそれを言って構わないとする夫の性差別的な態度であろうと思います。夫と姪がどうにかなれば、夫婦関係は破綻します。それを口外しないならば、問題はただ、夫の姪に対する淫猥な性的興味でしかありません。口外する時点で、問題は夫の性差別だと思います。

Q

公立高校3年生の男子運動部に所属している息子がいます。5月末に最後の公式戦があり、強豪校ではないため勝ち進んだとしても6月初旬には引退です。
5/3にユニホームを新調するため3年生からも6500円徴収するとの連絡がありました。
今のユニホームは5年程前に新調したと聞いており、公式戦だけにしか使用しないためまだまだきれいな状態です。顧問は2年前に赴任、体調不良で1年休んでいた時期もあり、理不尽なことや集中して1人を口撃したりする定年間際のかなりクセのある人で、3年生は苦々しく思っています。
最後の大会には新ユニホームが間に合わない可能性がありますが、その場合も6500円を支払う必要はありますか?
恩師として考えられるのであれば、置き土産のような感じで支払えるのですが、顧問には振り回されっぱなしで悪い印象の方が強いため躊躇しています。
引退目前でもまだ部活に所属している限り、ユニホーム代金は支払わなければならないのでしょうか?

 

A

波風を立てる気なら、校長に「おかしい」とチクることです。できれば部員保護者の連名で。
ユニフォームですから、部の管理でしょう。であれば、部の備品扱いになるはずです。部の備品は本来、公費で賄われるべきものです。「公式戦だけにしか使用しないためまだまだきれいな状態」であれば、まだ現有の備品を更新する必要はないはずです。顧問は独裁者ではありません。学校の管理下で部活動を指導する立場です。学校の責任者に、事実を調べた上で、学校長の見解をただすべきでしょう。
そのように校長に保護者の意見を具申すべきです。
以上、元公立高校教員の一意見です。

公費というのはたいてい、PTA会費中の生徒会会計の中の部活動援助費を指します。地域や学校により、慣例があります。今回の部顧問の手法は、それに則っているのかだけでも、学校長にただす意味はあります。則っていなければ、顧問の暴走です。則っていれば、納得して支出できます。
私の過去の勤務校では、野球部のようにユニフォームを部員それぞれが持つ部であれば、備品ではないので個人負担ですが、それを部で管理する部は、公費で購入していました。年度ごとに限られた部が順に購入します。順番が回るまで待ちきれない部の場合、個人購入に切り替える部もありました。強豪部には柔道や水球などがありましたが、ユニフォームは個人持ちでした。ふつうの部は公費で備品としてたいてい購入していました。

強豪部でもないのにユニフォームを数年で、部員の個人負担で、しかも個人所有でなく備品として購入し、保護者負担にするなど、公立高の部の運営の在り方としておかしいです。これが移動用のバスならどうですか。あり得ないでしょう。桁は違っても、理屈は同じです。「金を出せ。しかし物は渡さない。」など、まともな大人のすることではありません。ましてや教員でしょう。ありえないですよ。
本当に名前を出して、あくまで問題化する気があるなら、もっと有効な手をお教えします。
正直、あなたのお子さんの通う高校は「腐っている」と思います。

下の回答に以下のようにあります。
「5年前に新調したということは、あなたのお子さんは今まで「無料で」部のユニフォームを使っていたことになる」
これは基本誤りです。
ユニフォームが公費で購入された場合、あなたの支払うPTA会費が、毎年、どこかの部のユニフォーム購入費に充てられています。お子さんの部のユニフォームも、その年の全生徒保護者から徴収された公費で購入されたのです。すなわち、あなたも間接的に数年前購入のユニフォーム代を負担しているのです。これが公費購入の意味です。
そうではなくて、私費で購入されたものとします。その場合も、その時に問題化すべきでした。それがなされていれば、今回のあなたの疑問も生じていません。つまり、私費購入であればなおさら、今問題化すべきなのです。それ自体がおかしな部運営なのです。

Q

古文の問題で質問があります。
この問題の問5に関して、模範解答では

「夫の行方が明らかでなかった数日間の辛さと、形見を渡され永遠の別れをしなければならない今の辛さを比べ、今が、より悲しみが増している。」
とあるのですが、問題では「何と何を比べて」と書いてあるから、〇〇と〇〇と答えるのが正しいのではないのですか?僕はそうだと思って「いつものように夫を気掛かりにお思いになり心配していた日々と、殺されることが確定したことを知った後の日々」って書いたんです。これって間違えなんですか?間違えな理由を教えて欲しいです。後なぜ模範解答のような解答になるのか教えて欲しいです。

 

 

【三位の中将、なのめならず喜び、「これに大納言の佐の局の御わたり候か。本三位の中将殿の、ただ今奈良へ御通り候が、立ちながら御見参に入らんと候。」と、人を入れていはせられたりければ、北の方、「いづらやいづら。」とて走り出て見たまへば、藍摺の直垂に折烏帽子著たる男の、痩せ黒みたるが、縁に寄りゐたるぞそなりける。北の方御簾のきは近く出でて、「いかにやいかに、夢かやうつつか。これへ入らせ給へ。」とのたまひける。御声を聞き給ふにつけても、たださき立つものは涙なり。大納言の佐殿は目もくれ、心も消えはてて、しばしは物ものたまはず。三位の中将御簾うちかづき、泣く泣くのたまひけるは、「去年の春、摂津の国一の谷にていかにもなるべかりし身の、せめての罪の報いにや、生きながら捕はれて、京、鎌倉、恥を暴すのみならず、はては南都の大衆の手へ渡されて、斬らるべしとてまかり候。あはれいかにもして、変らぬ姿を今一度見もし、見え奉らばやとこそ思ひつるに、今はうき世に思ひ置く事なし。これにて頭を剃り、形見に髪をも参らせたう候へども、斯かる身にまかりなつて候へば、心に心をもまかせず。」とて、額の髪をかきわけ、口の及ぶ所を少しくひ切つて、「これをかたみに御覧ぜよ。」とて、奉り給へば、北の方、日頃おぼつかなうおぼしけるより、今一しほ思ひの色やまさられけん、引きかづいてぞ伏し給ふ。】(平家物語巻十二「重衡の斬られ」)

 

A

誤りです。あなたは「(過去の)日々と後の日々」と説明していますが、比較されているのは、「過去の辛さと今の辛さ」です。これは、古文というよりも、論理的の理解、いわば国語の問題です。
以下は補足
北の方は、夫が殺されることはほぼ確定していることを知ってはいますが、確かには聞いていません。今この場面の時に、夫からそれ(これから奈良へ護送されて斬られること)を直接確かに聞いたのです。それまでは、不安ながらも一縷の望みは持てたのです。今は、目の前に夫を見て、生きている夫に会えた喜びと、すぐに夫を永久に失う悲しみが、北の方の心に同居しています。「そのつらさは、それまでのつらさの比ではない。」と語り手は語っているのです。

直後の箇所。
【北の方、涙をおさへてのたまひけるは、「(中略)まさしうこの世におはせぬ人とも聞かざりしかば、変らぬ姿を今一度見もし、見えばやと思ひてこそ、憂きながら今日まで長らへたれ。今まで長らへつるは、もしやと思ふ頼みもありつるものを、さては今日を限りにておはすらん事よ。」とて、昔今の事ども、のたまひかはすにつけても、ただ尽きせぬものは涙なり。】(平家物語巻十二「重衡の斬られ」)
「殺されることが確定したことを知った後の日々」も誤りである事は、「もしやと思ふ頼みもありつるものを(ひょっとして夫(重衡)が助命されるかという期待もあったのに)」という言葉と矛盾します。少なくとも、問題本文に書かれていませんので、本文に書かれていないことを根拠もなく書いたという意味で、質問者の答えは誤りと見なされます。

返信Q

比較するものが間違っていたのは納得しました!ですが模範解答の「を比べ、今が、より哀しみが増している」って言う要素があるのはなんでなのですか?文字数的な問題ですか?

 

返信A

それは、出題者がわざわざ設問文に書き入れている傍線部の意味です。それを模範解答にも盛り込んだだけのことです。


返信Q
「夫の行方が明らかでなかった数日間の辛さと、形見を渡され永遠の別れをしなければならない今の辛さ」
これの場合は字数制限を無視したとしたら丸になりますか?


返信A

すでに質問には答えています。採点基準は知りません。作問者の作った模範解答は程度が悪いのです。程度の低い作問者の採点基準を考える気にはなれません。
「夫の行方が明らかでなかった数日間」は、本文「日ごろおぼつかなくおぼしける」を説明したつもりでしょうが、間違いといってよいほどに程度が悪いです。ここでの「おぼつかなし」は、夫重衡の「行方が明らかでないこと」に対する北の方の心配な心情ではありません。夫重衡の「処遇(殺されるかどうか)が明らかでないこと」に対する心配な心情なのです。こんな程度の低い模範解答しか作れない作問者の採点基準は私にはわかりません。
「夫の処遇が明らかでなかった頃の辛さと、夫が処刑されることを聞かされた今の辛さ。」模範解答はこれ(40字弱)で十分です。いったい誰の作問か知りませんが、こんな程度の悪い問題演習をさせられる学習者は全く気の毒です。
もうここまでとして下さい。

 

質問者からのお礼コメント
ありがとうございます

Q

太宰治の日の出前という作品について、作中の考察(疑問に思った点など)を自分なりに答え出してスライド発表しなければなりません。今のところ、
日の出前というタイトルにした理由
節子の「兄がなくなって私たちは幸福になりました」という発言は本心で言ったのか
という点について解説したスライドを発表するつもりですが、もう少しネタが欲しいです。お願いします。

 

A

花火(太宰治)
「兄がなくなって私たちは幸福になりました」という発言は、作品の最後の一文ですね。それを「節子は本心で言ったのか」ですか。
私が思うには、作品について考える前に、あなたがその疑問を抱いたこと、その疑問が正当ないしは自然なあるいは当然なものであることを、あなた自身がまずは言語化して説明する必要があると思います。(疑問の背景ないしは前提)
短編小説の最後の一文の真実性を疑うのは、作品に対するリスペクトを欠く読者の態度であると思うからです。作品に対するリスペクトがなくて、どうしてそれを考察研究しようと思うのか、私には理解できません。
私は過去に多くの作品を読んできていますが、「短編小説の最後の一文が虚偽(作品内の真実と裏腹)である」という作品を、一つたりとも思い出せません。あなたが中高生で、指導教員による適切な事前指導がなされていないならば仕方がありませんが、その方向性では、何をどう工夫しようとも、そのプレゼンは、下記の場合を除き、最低評価となるでしょう。その場合とは。作品を考察した挙句に、その疑問を自身で否定する場合です。その疑問を抱いた自分自身の誤った思い込みが明らかにされるなら、プレゼンは最高評価にもなり得ます。

 

返信Q

すみません。この作品の考察しなければならない点ってどこだと思います?

 

返信A

あなたの疑問を大切にするべきです。次のように表現を変えることもできます。その方がふつうの発表になるでしょう。
【節子にとって「(兄がいなくなることで得られる)幸福(あるいは兄がいたからこその不幸)」とは】

Q

小5女子、中学受験を続けるべきか悩んでいます。

徒歩圏内に中高一貫校があり、その学校を目指して小4の夏期講習から塾に通っています。学校でも塾でも成績は上位なのですが、本人が絶対この学校に行きたいというよりは親の希望という感じなので、塾も仕方なく通っているという感じです。小5になり宿題の量が増え、塾の授業の時間が長くなってきて本人に疲れが見えてきました。また、夏期講習の日程があまりにも大変そうで、親としてもこのまま続けることが本人にとって良いことなのか悩み始めてしまいました。
同じような悩みを抱えていた受験生の親御さんなどにアドバイスいただけるとありがたいです。


A

最悪の展開を避けたいなら、腹をくくって、「塾、どうする?辞めてもいいよ。」と言ってあげましょう。
「最悪の展開」というのは、「勉強が嫌いになる」「親を憎み、自分の人生を親のせいにする人になる」です。
「同じような悩みを抱えていた受験生の親御さんなどにアドバイス」とありますが、上の「最悪の展開」を迎えた人が、ここであなたにアドバイスをする気になると思いますか。たとえば、「子がサインを出していても無視し、子のためと思い、中学受験をさせた結果、中学入学後にすっかり勉強しなくなり、親をののしるようになり、手に負えなくなりました。今では自分の愚かさを後悔しています。」などという体験談を、誰がするでしょうか。
わたしは公立進学高校で教えた時には、「学力の先食いによる燃え尽き症候群のすっかり勉強しなくなった生徒」を見ましたし、早期退職後は10年以上、家庭教師や塾講師をしてきて、「泣いてもいいから教えて下さい」という中受生の親も見てきました。オンライン塾では、いやいや授業を受けて、「どうでもいい」感いっぱいの中受生、中受を終えて私立に入学し、進学校ショックにおろおろする中受生を現在進行形で教えています。正直、中受界隈は「死屍累々」です。
主体的でなく勉強させられた子は、どちらへ転んでも「その後」がいばらの道です。いやいや勉強して身につけた学力で「その後」対等に周囲と競っていけると思いますか。そこをよく考え、今、腹をくくって、子どもに人生の主導権を渡すべきです。でないと、「最悪の展開」リスクを避けられません。

Q

今来年の予習で古文の活用形をやっているのですが、「恨む」上二段活用形なのがいまいちよく分かりません。
「ず」をつけると「恨まず」になると思うので、「恨みず」になる理由がわからずずっと間違えています。他にも上二段納得いかないものが多くよく間違えるので、
「ず」をつける
以外にほかの活用系と見分ける方法はありますか?あと、なんで「恨みず」なんですか?

 

A

文語は古代語であり、口語(現代語)とは違う。ざっくり1000年の時の流れの中で、動詞の活用(の種類)が変化した。それが、上二段活用には少なくないということだろう。
「ず」を付けて四段/上二段/下二段を判別するのは、
文語四段活用動詞→口語五段活用動詞
文語上二段活用動詞→口語上一段活用動詞
文語下二段活用動詞→口語下一段活用動詞
が多いからだ。それらは「ず」を付けて四段/上二段/下二段を判別することができる(A)。しかし、1000年の間に変化した、上記以外の動詞は、「ず」を付けて四段/上二段/下二段を判別することはできない(B)。
あなたは(A)を「納得できる」、(B)を「納得できない」と言っている。ただそれだけのことだ。文語をこれから学ぶ者に、納得できるもできないもない。ただ、そうですかと学べばよい。文語を英語に変えて見ればよい。三単現のsを付けることに「納得できる」のか。それと同じことだ。どちらも語学なのだから。
「ず」をつける以外にほかの活用系→形と見分ける方法は、古語辞典を引くことだ。それ以外にはない。占いなどでわかりはしない。

Q

太平洋戦争中の日本軍ってどれぐらい強かったんですか?米軍とほぼ互角ですか?
実際ミッドウェー海戦までは日本が勝ってたんですよね。ミッドウェー海戦で負けたりしなければ日露戦争みたいに奇跡的に勝てた可能性もありますか?そもそも日本みたいな小さい国がなぜアメリカ と互角に戦えるほど強い軍隊が作れたのですか?開国から100年もしないのに米軍と同じだけの軍艦や空母が建造できるのって結構すごくないですか?

 

A

アメリカ海軍と日本海軍が最初に戦った海戦が珊瑚海海戦で、ほぼ五分の戦いでした。
次に戦ったのがミッドウェー海戦で、日本海軍の大敗でした。
以降、勝利は第一次ソロモン海海戦などごく数えるほどしかなく、大きな海戦ではせいぜい互角(南太平洋海戦など)、たいていは悉く敗れました。
日本海軍の勝利は、オランダとイギリスの植民地派遣艦隊に勝った程度です。
日本陸軍は、ソ連軍にノモンハン事件(1939年)で完敗し、ソ連との戦争を諦めざるを得ませんました。イギリスとオランダの植民地をめぐる戦争は、圧倒的戦力と空海からの支援を得て、順当に勝利できました。しかし、インド英国軍との戦闘は、全く歯が立たず、惨敗でした。中国大陸での戦いは、日露戦争当時と大差のない装備でも、弱体化した中華民国政府軍との戦いは有利に戦えましたが、ソ連の支援を受けた共産党軍との戦闘は劣勢で、特に太平洋戦線が敗勢に転じた以降は、事実上退却に次ぐ退却でした。米軍が反攻に転じて以降の島しょ戦は、無残な敗北の連続でした。
総合的に言えば、WW2中、日本軍が欧米列強と互角に戦えた局面は、ごく緒戦だけ(最初の半年ほど)で、連合国の反攻が本格化して以降(開戦2年目以降)は、圧倒され続けたのが実態です。
日本海軍は開戦時、アメリカ・イギリスに対して6割の戦力を保持していました。大西洋戦線が主戦場であった両海軍は、太平洋方面に割ける戦力は少なく、それが緒戦における日本軍の勝利の主因です。鉄鋼生産能力が日本の約80倍あったアメリカは、艦船や飛行機の生産能力、兵員の訓練能力もけた違いで、その上、科学力も日本の上を行っていましたので、レーダーや近接信管、水中ソナーなどの最新兵器で、日本軍を空でも海でも圧倒しました。象徴的なエピソードは、本来は潜水艦に優位な兵器である駆逐艦が、日本海軍の場合、アメリカの潜水艦から逃げ回らなくてはならなかった状況が、大戦末期に現出しました。そのくらい、彼我に戦力差があったということです。

Q

百人一首の99番についての質問です。
人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆえに物思ふ身は
現代語訳を見てもはっきりわかりません。上の句は分かるのですが、下の句が特によくわかりません。後鳥羽院は多才なのにこの世がつまらないと感じていて、このことに思い悩んでいるということですか?また、人を愛しく思ったり恨めしく思ったりというのは、自分の仲が良かった人が殺された経験からなのか、シンプルに今の世のように人間関係がうまくいかないなということですか?

 

A

この歌は珍しい。古典和歌であるのに、近現代短歌のように、自己表現を追求している。
この句は上の句(五七)が分からない。下の句(五七七)は書いてある通りだ。
後鳥羽院は、承久の変の結果、隠岐に流されてそのまま死んだ。「あぢきなく世を思ふ」は、治天の君として海内を治めるはずであった自分が、挙兵して逆に敗れたという想定外の結果になり、失意の状況にあることを主観的に言語化している。「人もをし人も恨めし」は、「恨めし」はわかるが「をし」がよくわからない。自分に呼応して挙兵し、思うように武士が集まらずに敗死した三浦胤義らの武将を惜しんでいるのかもしれない。そうだとすると、院の人間的な側面を感じるが、恐らくそうではないだろう。「人」はともに、武士側ではなく朝廷側のだれかれが念頭にあるのだろう。

Q

シニアの皆さん
貴方の子どもの頃からの日本の変化を見て
まさかこんな時代がくるなんて思わなかったよ
と思う現象は何ですか
わたしは
中高年の女性たちが
韓流スターにキャアキャア言う現象です

 

A

日本の戦前回帰です。
現代のように、平和を求める主張が危険視されたり、戦争放棄を定めた平和憲法を守れという主張が攻撃されたりする時代が来るとは思ってもいませんでした。
確かに予見する人はいました。高畑勲は「『火垂るの墓』の清太が非難され、兄妹をいびり出した叔母が擁護される時代が必ずやってくる」と予言していましたし、大林宣彦は2011年時点で「まだ戦争には間に合いますか」と映画(「この空の花―—長岡花火物語」)でヒロインに叫ばせていました。しかし、それにしても、実際にこんなに早く現実化するとは予想しませんでした。
NHKはじめマスコミは、政府広報に成り下がり、法律や社会正義に基づく政府批判を一切せず、政府に都合の悪い報道はしなくなりました。改憲案を提示もせずに、改憲への賛否を問う世論調査をしています。国会では首相や閣僚がうその答弁を繰り返していても、報道すらしません。昭和なら、閣僚が改憲を主張すれば、マスコミが憲法97条(公職者の憲法遵守擁護義務)違反だと一斉に批判し、即辞任していました。今や、淡々と「首相の改憲への決意」を報道しています。
昭和を生きたものからすれば、信じられない、頭がおかしくなるほどの、正気を失った時勢です。