30年前に、FM全国ネットで、グランプリに選ばれたら100万円の資金をプレゼントして夢の実現を応援するという企画で、県代表に選ばれて取材を受けたことがあった。才能なんて全然なくて、ただ文通相手を一度も会わないまま事故で失ったのが悲しくて誰かに気持ちをぶつけたかっただけなのに。彼女の未完成の遺作を前に何も考えが浮かばず、私を選ばないでと思いながら話をした。その気持ちが彼女に届いたのか、放送では私の声が流れる前に音声がおかしくなり、そのまま終わった。今ならやり方はいろいろあるとわかるが、瞬発力のない私はできないとしか思えなかった。あの作品はまだ残っているだろうか。もし賞金を手にしたら、何かの形で世にだしてあげたい。
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フェイスブックって実名にしないといけないから、どうしようかと思ってたけど、好きだった人の記事を読みたくてアカウントを作った。読み進めていて、家族のことが出てこない、食事はデリカや外食が多い。荷物は実家に置いてあって帰国中に処分してる。結婚してないのかな。こんな結果になるなら、例えボロが出てバカにされるようなことになったとしても彼の気持ちに応えてあげるべきだったのかなぁ。
学生時代に母校以外に静大にもチャリティーコンサートやモーツァルトのレクイエムを歌いに何度も通った。その合唱団が演奏会でOB合同ステージを やるということで行ってきた。同期の団長さんが好きだった。今は仕事で海外にいるから来れないことはわかってた。でも祝電の披露で名前を聞けたし、同期頃のOBたちとの話のなかで彼の名前が何度も出てきて嬉しかった。できそこないの自分が嫌で好きな人からは全部逃げてきた。一年のうちの数日一緒にいるだけなら取り繕えても、ずっと一緒なんて無理、バカでヘマしまくりで自分の不甲斐なさに生きるのが嫌になるのがわかってたから、彼の気持ちに気づかないふりしてた。もっとできる女だったら素直になれただろうけどな。そうしたら今海外にいることになったのだろうか。身の丈に合わせて収まる所に収まるようになっているんだよね。週一でも一人暮らしの母に会いに行ってあげたり、障害をもつ妹を施設から連れ出してドライブしてあげたりしていて、それが自分のいる場所なんだよね。