眠れない | お日様がついてる晴れ女

お日様がついてる晴れ女

取り柄がないのがコンプレックス。でもひとついいことに気付いた。私は晴れ女なのだ。今日も真っ黒に日焼けしながらがんばります!紫外線なんか怖くない!お日様が味方です。

タイトル通り眠れない。
睡眠薬依存症の私が睡眠薬を切らしたのである。
それはGWが月初めにあるから病院がお休みなためである。
GW明けに寝不足ではまずいので明日の分だけは確保してあるがそのため、一日分不足。明日お休みだからまあいいかと思ったものの見事に眠れない。
きっと明け方に少し眠るのだろう。
寝ないことは私にはちょっと恐怖なのであるが全然眠くないので電子ブックなんかを読んで睡魔を待っている。

この連休中は結構読んだ。
今は文藝春秋まで電子ブックで読めるため、芥川賞受賞の「百年泥」「おらおらでひとりいぐも」を読んでみた。

百年泥はインドの様子がリアルに伝わってきて迫力があった。IT先進国のインド、でも変わらずにカーストに苦しむ人々。落差が大きい。
私は今から25年くらい前にインドに少し行ってみたが、カーストは確かに歴然としてあった。女性だけで出歩くのは昼間でも怖いところがあり、貧しい人が路上に行き倒れていた。牛が神聖化されているのも本当だった。

しかし、インドで見たインド映画は面白く、チャーイは本当に甘かった。タージ・マハルは世界遺産であるが、当時の管理は素朴であったと思う。ベジタリアンが多いので野菜があまり好きではなかった私は少々困った。

なんてことを思い出しながら、その当時よりは経済的にインドは著しく発展したのだなとも感じながら読んだ。

「おらおらでひとりいぐも」は自分の近未来を表しているようにも思えて切ない気持ちにもなった。夫に先立たれ、子どもたちも巣立ち、独り暮らしになった高齢女性が過去と未来を交差させながら内なる思いを独り言のように、そして自分のなかに何人もいる自分と対話するのだ。

主人公の女性は親に決められた結婚式を目前に逃げ出し、上京して働きながら恋愛結婚をする。自立したと思っていたのに子育てはやはり、自分の母親と似てしまう。支配しようとしてしまう。それを嫌がった子どもたちは家を出ていく…繰り返しなのだ。そしてご主人に頼りきって生きていたのに突然夫は急逝する。

自分の人生はいつが一番幸せだったのか自問自答していく…

ふう、やはり順調な人生ってないよなあ。この作者さんの自伝的な部分があるのだろうが実際は悲しみながら小説講座に通い、芥川賞受賞なのだから、すごいなあと思う。すごいけどちょっと重たかったので、ベテラン作家の本を読むことにした。

曽野綾子さんの「夫の後始末」すごいタイトルだが実際は老老介護の日々を愚痴らないように淡々と書き、それがまた人生の深みを増している。曽野綾子さんの本は昔から好きなので他の本も読んでみた。老後や死への現実や心構えに良いのだが真似できないこともたくさんある。

もう少し楽天的な本を、と思い、佐藤愛子さんの「役に立たない人生相談」を読んでクスッと笑ったりする。実際は役に立ちますよ。90代の方のアドバイスは叡知にに富んでいる。そう、世の中も人生もきれいごとじゃない。でも前向きになることはできるのだ。

GW休んでいたのにまだ体調は本調子にはならない。それもこれも睡眠障害のせいか?

睡眠薬がないと眠りが浅い。寝た気がしない。ゆっくり熟睡するとはなんとありがたいことなのだろう。寝たんだかなんだかわからない睡眠は悪夢の連続だし、ずっと疲れている感じだ。

そんなこんなのGWですが昨日はシルク・ドゥ・ソレイユのサーカス「キュリオス」を観てきて感動していた。何より娘が喜んでくれたのが嬉しい。子離れが目標なんだが、やはり娘とのお出かけが嬉しい私だ。


お台場はやはり華やかで若者の街だなあ。

そして連絡があり、父が再入院した。
施設長は私に連絡したのだが電話が通じず、叔母に連絡して叔母から聞いた。

私のスマホは、古くてすぐバッテリー切れするから電話が繋がらないことがあるのだ。それが施設長は私が受信拒否をしているのでそんなことは困ると叔母に言ったらしい。

ただのバッテリー切れを受信拒否とは!
確かに母の電話は拒否しているけれど、その他を切ろうなんて思ってもいない。
娘に言ったら「バアバが、さんざんママの悪口を言うんだろうからまわりも洗脳されるんじゃない?あの子は親の電話さえ拒否するような子ですからなんとかって」
ああ、そうかもしれない。一方的に私は悪者にされているんだろうな。母の周囲にいる人たち、叔母やご近所、父のいる施設の方々からも当然私は冷たい娘として通っているのだろう。そんな母だから関わりたくないのだ。
しかも、最近はインフルエンザ感染の疑いもあった私は施設に行くこともできていなかった。そりゃ施設の方々の心証も悪かろう。あたしが仕事でてんてこ舞いだったなんて、母がわの人たちには関係ないのだ。母が私の体調を気遣うわけはないから。会っていたころも私が不調を訴えても「あんたはいつも体調が悪い!私なんかもっと悪いのに!」と怒りだす母だった。昔からそうだったので、仕方ない。子どもの頃から腹痛で苦しんでいても「お腹が痛くたって皿洗いしなさい!」という母だった。熱を出すとものすごく不機嫌になっていた。ま、それが今でも続いているので私は母に近づかなくなったのである。

で、父は再入院したというので夕方病院へ行った。

手土産はこのヨーキーのぬいぐるみ。
ホームには母が本物のヨーキー同伴でお見舞いに行っていたのだが、病院に犬は連れていけない。

というわけでヨーキーのぬいぐるみ。
父はとても喜んでいた。父だけは私を悪く思わないというか、母になにを言われても忘れてしまうので、ただ会いにきてくれた娘として歓迎してくれる。

受け答えはしっかりしていたし、点滴で楽になったのか体温も前より高くなったようだ。ただし、歩けなくなった。高齢者はベッド生活が少しでも長引くと足の筋力がなくなってしまうのだ。

人はいっきに死ぬのではなく、部分的に少しずつ死んでいくのだという曽野綾子さんの言葉を思い出す。

意識ははっきりしていて喋るという能力も落ちていないのでまだしばらくは会話ができそう。

施設と違って病院スタッフは少々怖い感じがした。言葉遣いも丁寧じゃない。多分とても忙しいのだろう。

父が自分で選べるならこの病院にはしたくなかっただろうが、選択することが許されない。母が通いやすいというのが第一条件なのだ。

しかしどうにもならない。
父のお金もすべて母の管理下なため、病院選びも母の一存で決まる。その病院は数年前、母が入院予定で紹介状を書いてもらった病院なのだがスタッフが良くないという噂を内部の人から聞き、母は別の病院に入院した。

が、母は父をそこに入院させている。

これが父の運命であり私にはなにもできない。
しかし母と結婚することを選んだのは父なので仕方ない。

私は絶対にあんな母を選んで生まれてきたのではない!