他人の常識、自分の非常識。
自分の常識、他人の非常識。
この手の話は大好きです。
同じ言語を話す同じ国民同士でもこの 「当たり前の違い」 ってのは楽しい。
さて、今から書くのもソレと同じなのかなぁということで前振りをしてみたのですが、タイトル「好きのレベル」の違いってのも意外とオモシロイ。
例えば、話の中で 「映画が好きなんです」 と聞けば共通の話題として当然? 話に花が咲きます。
で、映画が好きならば 「ショーンコネリーは知ってるだろう」など、頭の中で共通、共感できる話題探しをするのが一般的でしょう。
(たまに、自分の話したい!気持ちが前面に出過ぎて空回りしてるケースもありますが)
その共通で共感できるレベルを会話から探ることになりますが、「映画好き」なら「ココまでは知ってるはず」とレベルを探ります(よね?)
だけど、意外と 好きな割りに知らないのね・・・ということがよく起こる。
映画の場合は、まだ分かる。
そりゃ、観るのが好きとか、このジャンルが好きなんだ!とか捉え方は色々だからね。
でも、「ビジネス書が好きです。」と言われて、小山昇氏を知らないとか、小宮一慶氏を知らないとかってのになると、「?」となる。
(ビジネス書が好きなんだと言いたいだけ・・・のケースもあるでしょうけど)
じゃ、「社長やってます」と言って、社長業ならコレ知ってて当然!ということを知らないとしたら??
じゃ、「部長やってます」・・・じゃ、「課長やってます」・・・だったら?
ビジネス系にはスタンダードの部分とその業種の専門部分があるから、スタンダードの部分について知らないとしたら、やはり「?」となるでしょう。
じゃ、「40歳です」だったら?
「40歳にもなってコレも知らないの?!」なんてことも起きるかも?!
・・・・・と、色んな質問に変えてみるとこれまたオモシロイ。
この当たり前の違いって何年生きてても頻繁に出会うので非常にオモシロイ。
こんな出来事は日常でしょうけど着目してみると何だか不思議な感じがしたり、オモシロイなぁと興味をそそられてしまうのです。
なんでだろね?


