今日書くことは炎上しそうな話ですが・・・
決して、人権問題として挙げている訳でもなく、正直「だから何だ?」の話でして、何をもってレベルの違いを指すのか?と問われれば、誰にも正確に答えられないようなお話です。
そして、自分の少ない海外生活経験から、日本と日本以外の国を見て感じたことです。
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自分が海外経験者だから~なんてつもりでなく、ふとしたときに感じることなのですが・・・
「日本はボーダーが見えにくい国」 だと思うことが多い。
どういうことかといいますと、ボーダー(境界線)・・・国境の意味でなく、「見えない社会境界」とでも言いましょうか、(元々”見えない境界線”なんだから見えにくいって表現も変ですね) それとも 「社会にあるカーストのような層」でしょうか。
社会の中では目に見えない境界がたくさんあります。
それは、この人は入れるけど、あの人は入れないような環境にある境界であったり(環境境界とします)、生活レベルや社会地位のような境界であったりします。(レベル境界とします)
※ 環境境界、レベル境界とも区別するために勝手に書いているだけの造語です。
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私の海外経験上では、貧困層はアッパー層の人たちのいる世界には絶対に入ることができませんでした。
出入りする場所も違うし、生活においても違ってて 「接点がない」 のです。
つまり、環境境界がある。
自家用ヘリ持ちの超大金持ちと、ホームレスの極貧の差ならば想像できるでしょうけど、それを除いても接点がないように感じました。
日本はコレらと違って、生活においても貧富の差があろうが、社会境界があろうが出入りする店などにも制限もなく、(ほぼ)誰でも同じ空間を共有できます。
つまり、分かりやすくいうと、スタバで隣の普通のオジサンや普通の青年と思っていたら、お金持ちであったり、社会地位が高かったり、博士号を持っていたりする。
高級ホテルのカフェで1杯1,000円のコーヒーを飲んでいる人には、年収3,000万円超もいれば、年収200万円もいる。
「日本は接点がある」
つまり、環境境界はない。
では、レベル境界はどうでしょうか?
環境境界がある所では、レベル境界があるから環境境界が生まれたとも言えるかもしれない。
だって、レベル境界がないのなら環境の境界って必要ないもん。
日本はレベル境界が(見えにくいだけで)ハッキリあります。
(下・上の表現は悪いかもしれないけど許して・・・)
もう少し正確に書くと、レベル境界は”下側”にとっては無いけど、”上側」”にはあります。
さらにズバリ書くと、”下側”は境界に気付いてないし、認めたくない。
そして、日本はそれらをあまり表に出さないように思います。
謙虚が美徳だからでしょうか。
今後、日本が極端に変わることはないと思うけど、貧富の差などの格差はハッキリと出来つつある。
それは分度器で1度違えば遠くに行けばいくほど離れる距離が大きくなるように・・・・
商売においても、「お客様は神様で、お客様は平等・・・・」こんな台詞は、”上側”にはあり得ませんもんね。
レベル境界はどの世界でも実際にあります。
言ってみりゃ、これはしょうがないし、当たり前。
でも、日本は環境境界がないのだから、チャンスも多いように思うし、自分が求めれば経験を増やすことも出来る。
つまり、レベル境界が違う者との接点を持つことが出来るから、違うレベルの人たちと話すことも、友達になることもやろうと思えば出来る!
それも見た目とお金で解決できることが多い。
せっかく環境境界の見えにくい日本にいるのだから活かしたいものです。
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自分が上だぁ、下だぁという話でもなく、ただ日本はオモシロイと感じ、客観的に見たつもりです。
表現が難しくて、差別や人権問題に抵触するような部分があったかもしれません。
ご勘弁ください。