ドーナツ(英: doughnut, 米: donut )とは、小麦粉砂糖バター などを混ぜて油で揚げた食品ドーナッツとも言う。日本では下に記した専門店や、スーパーマーケットコンビニエンスストア で販売されているが、ホットケーキミックス などを用いると家庭でも比較的簡単に作ることができる。サーターアンダーギーベルリーナー・プファンクーヘン など、今日ドーナツの範疇に含まれる菓子の多くは祭日や祝い事と関連が深く、油脂や砂糖が貴重品だった頃は庶民が日常的に口にできるものではなかった。

概要

一般的には、揚げる際に熱の通りを良くするために丸く輪にする。そのため、リング状のものをドーナツと比喩する。

日本では、菓子 の範疇であるが、アメリカ では、朝食 代わりにする人も多い。「高カロリー 、高脂肪 食、低ミネラル 食品」の代表格である。

なお、アメリカのネブラスカ州 では、ドーナツに穴をあけることが州法で禁じられている。

種類は大きく

に分けられる。

ドーナツ・ブーム

2007年以降、ドーナツ・ブームが発生している。 このブームの起源は定かではないがスターバックス (1996年開店)などに代表されるシアトル系カフェが日本に持ち込んだアメリカ文化のひとつである「ドーナツを食事代わりに食する」習慣が下地になっていると考えられる。 これにより従来の「ドーナツは子供のおやつ」的イメージが払底され、大人がごく当たり前に食するものと言うイメージが若年層を中心に定着したのである。

その後、2004年に開店したドーナッツプラント がそれまで100円台が普通であったドーナツを300円台で販売することにより高級感やおしゃれ感を打ち出した。 2006年に新宿に開店したクリスピー・クリーム・ドーナツ は「揚げたてを提供」、「溶けるような味わい」といった特徴がうけ爆発的人気をはくし、購入のための列が途切れないと言う現象を引き起こす。(2007年10月現在この現象は継続中である) 翌年の2007年に東京ミッドタウン 内に開店した高級コンフィチュール 専門店ベルベリーは同店のコンフィチュールをソースにしドーナツをフランベした高級デザートを供するなど話題が続き、さらに既存のドーナツ店であるミスタードーナツ がカフェ風高級ドーナツ専門店アンドナンドを開店するなどしてブームは決定的になった。 これらのドーナツ店の動きは「首都圏ドーナツ戦争」などと呼ばれた。

今川焼き(いまがわやき)は、焼き菓子 のひとつ。「今川焼き」は元来東京周辺での呼称であり、大判焼き回転焼きという名称も広い地域で使われる。

小麦粉砂糖 を水で溶いてつくった生地を円形のくぼみのある鉄製の焼き型に流し込んで (小豆あんが多いが、白あんカスタードクリーム などのものもある)をのせ、その上にさらに生地を流し入れるか、別の型で焼いておいた同型の生地をのせて、高さの低い円筒形に焼いたもの。

また、同一の作り方で形状を型に入れて作るものがあり、代表的なものとして の形を模した「たい焼き 」がある。

名称

今川焼きの名称は、江戸時代 中期の安永 年間に、江戸神田 今川橋近くの店からこの種の焼き菓子が売り出されたことによる。江戸で売られたこの商品が評判になったため、関東では今川焼きという商品名が一般名詞化した。戦国大名今川氏 とは無関係である。

今川焼きの名称があらわれる以前に関西で売られていた同種の焼き菓子は、その形状から太鼓焼きと呼ばれていた。同じように形状から命名されたものとして大判焼き小判焼き太鼓饅頭があり、陣太鼓からの連想で義士焼きとも呼ばれる。また、この菓子を焼く専用の機械の動きから、回転焼き回転饅頭とも呼ばれる。

姫路神戸大阪 を中心に全国各地に展開しているチェーン店 として御座候 が知られ、出店地域では一般名詞化していることもある。

このほか、地域や店舗によっては二重焼き太閤焼き甘太郎焼きんつば 七越焼き夫婦まんじゅうフーマン)・おやき長野県おやき とは異なる)などとも呼ばれる。また、JRA競馬場 内で販売する「GI焼き」など、発売場所のイベント祭り に応じて、特殊な名称を付けている場合もある。

主なメーカー

御座候 阪急三宮駅にて

御座候 阪急三宮駅にて

もみじ饅頭(-まんじゅう)は広島県 の名物菓子 。特に厳島 (宮島)には多くの店が軒を連ねており、緑茶やコーヒーとともに焼きたてを食べることもできる。

小麦粉砂糖ハチミツ からつくったカステラ 状の生地で を包み、広島県の県木 であるモミジ の葉をかたどった型に入れて焼き上げたもの。

餡は基本はこし餡 で、のちにつぶ餡白餡抹茶 餡、 餡、カスタードクリームチョコレート クリームやチーズ など多くのバリエーションが生み出された。近年ではさらに種類が増え、カステラ状の生地にレーズンを織り込んでそのまま焼き上げた洋菓子風味のものや、表面にチョコレートを塗ったものなども(珍種ではあるが)もみじ饅頭のバリエーションとして販売されるようになった。なお、(こし餡の)もみじ饅頭の製法については基本的にどの店も同じ製法である。また、店頭に据えられているオートメーションの製造器も同じものである。これは宮島の中のみやげ物店がどの店でも作れるようにという考案者の計らいがあった。なお、宮島ではもみじ饅頭の天ぷら (通称:あげもみじ)を売る店もある。


もみじ饅頭

起源

この饅頭の考案者についてはいくつか説があるが、「明治時代に伊藤博文 が宮島を訪れた際、紅葉谷の茶屋でお茶を出した娘の手を見て『この可愛い手を焼いて食べたらおいしかろう』といった冗談をヒントにして考案された」というエピソードが流布している。これは女好きとして有名であった伊藤博文ならさもあらんというエピソードで、かなり人口に膾炙したらしく、広島県内にある多くのもみじ饅頭屋の店頭ポスターにもこの話が記されている。古くから、安芸の宮島 にある紅葉谷や弥山は紅葉の名所である。

元々広島には土産物に適した菓子が少なかったため、明治以降の考案品ながらすっかり土産物の定番として定着している。今日のように全国的に「広島銘菓=もみじ饅頭」となったのは、1980年代 初期の漫才 ブームにおけるB&B島田洋七ギャグ 「モミジマンジュウ!」が流行してからである。

主なメーカー