家族と同居している女性が彼氏を連れて、帰宅した。
二人は大学生になったばかりで、知り合って、未だ間もなかった。
彼氏は御両親に紹介されると思い、緊張したが、夫婦揃って、外に出掛けていて、家には幼い弟しかおらず、正直、ほっとした。
女性は「着替えてくる」と言って、二階に上がり、彼氏は、リビングに残される。
そこへ、五歳になる弟が近付いてきて、彼氏に話し掛ける。

「僕、数が数えられるようになったんだよ。凄いでしょ?」

彼氏は、気さくに受け答えをする。

「凄いよ。幾つまで数えられるの?」

弟は、恥ずかしそうに言う。

「まだ、10までなんだけど、、、、指が足りなくなっちゃうから・・・」

彼氏は、ふと思い付く。彼女は、自分が初めての彼氏だとか言ってたけど、本当のところは如何なんだろう?そこで、こんな質問を弟に訊ねた。

「ねえ、お姉ちゃんは、今迄、何人の男の人を家に連れて来た事が有る?」

弟は、戸惑いながら、こう答えた。

「それは、お姉ちゃんのプライバシーに関わるだから、答えられないよ・・・」

彼氏は気まずくなって、こう言った。

「随分、難しい事を知ってるんだね。それも凄いよ」

褒められたので、弟は嬉しくなって、次のように言った。

「でも、僕に、その質問をしてきた男の人は、お兄ちゃんで、丁度、十人目だよ」



相田 寛治 78歳、、、、今、正に、自分の妻が息を引き取ろうとしている場面で、相手の手を握り締めながら、虚しくも、励ますような言葉を掛けている。

寛治「春子、大丈夫か? もう少し我慢すれば、絶対に良くなるからな」
春子「嫌ですよ。最後なのに、そんな、杓子定規の文句を聞いて、別れるのは・・・」
寛治「しっかりしろ。弱音を吐くんじゃない。頼むから、気を強く持ってくれ」
春子「私の方こそ、お願いします。こんな折になって、社交辞令なんて、、、、悲しいですから・・・」
寛治「・・・安心しろ。お前が死んだら、俺も後を追うからな」
春子「だ、め・・・! 私の命を愛おしいと惜しんでくれるのなら、、、、自分の命も慈しんでください。そうじゃないと、折角の、お父さんの優しさも、嘘に思えてしまうから・・・」
寛治「でもな、、、、」
春子「約束してください」
寛治「・・・分かったよ、、、、約束する」
春子「本当、世話の焼ける人ですね」
寛治「お前に、何もしてあげる事が無いから、、、、今までも、ずっと、そうだった・・・」
春子「一つ、叶えてさせて欲しい事が有るんだけど・・・?」
寛治「ん? 何かな・・・? 教えてくれ」
春子「何時の頃からか、お父さんの事は、ずっと、“お父さん”と呼んできたじゃないですか・・・。こんな時だし、、、、名前を読んでも、構わないですか?」
寛治「そんな事か・・・。いや、全然、、、、、ちょっと照れるけどな。でも、好きなように呼んでくれ」
春子「ありがとう、寛治さん・・・」

春子は、そのまま、息を引き取った。朗らかな微笑みすらも湛えていた。



妻を亡くしてから、寛治は、気が抜けたように、日々を暮らしていた。

(或る意味、春子は恵まれていたな。これで、俺が死ぬ時、看取る人間は、もう居ない、、、、確定したんだ。子供達が傍に居てくれたとしても、それは、意味合いが違ってくる。彼らが自分の死をリアルに意識するのは、もう少し先の事だ。殆ど、死ぬ準備の為に生きているような、何かと不自由な老人の感慨は理解てきないだろうし、又、不思議な事に、こっちも理解されたい、とも思わない。歳を同じように重ね、長い年月を一緒に過ごしてきた相手じゃないと、真には苦しみを分かち合えないのだ。だから、妻を亡くして、俺が感じた、第一の煩いは、寂しさ、とか、悲しさ、とかじゃなく、そういう悔しさだった、、、、と、同時に、人間は、つくづく、エゴの動物なんだな、、、、そう、思い知った)



数年後、寛治も床に臥せるようになり、いよいよ、最期の時を迎えていた。そこは病院のベットで、彼を看取ってくれるのは、子供達ですら無かったのだ。医療関係者だとて、仕事が有り、始終、付きっ切りに寄り添う事も叶わない状況・・・。

(そうか・・・。こうして、今わの際となるまで、全く以て分からなかったが、、、、成程、看取ってくれる相手など居ずとも、寂しくなど無い・・・。自分の最期にて、別れを告げる相手なら、ちゃんと居たんだな)

寛治の意識は、朦朧となり始めた。

(いよいよ、だな・・・。じゃあ、別れを告げよう、自分に、、、、さようなら、相田 寛治、、、、ありがとう・・・)

寛治は、そっと、息を引き取った。朗らかな微笑みすらも湛えていた。



或る家の縁側の下には、飼い犬を繋いでおく際に使っていた紐の切れ端が、外し忘れたのか、敢えて、そのままにしているのか、、、、今は残って、風に棚引いているだけだ。



普段、通り行く途に、何時も、では無いが、大抵、一匹の飼い犬が家の敷地から飛び出して、歩道に寝っ転がったり、辺りを練り歩いたりしていた。

迷惑といえば、迷惑なのだが、飼い主への文句を届ける程でも無く、まあ、誰もが見逃している現状だった。

或る日、特別に、気にも留めてなかったので、一体、何時の頃からかは定かでは無いが、その犬の歩行が覚束無い感じになっていたのだ。

動物の事には詳しくないので、よくは判らないが、どうやら、犬にしては、かなりの年寄りの部類らしく、寿命が近い様だった。

それでも、気持良さげに日光浴する有様や、楽しそうに散歩している様子を、頻繁に見掛けられた。

しかし、日ごとに衰弱している状態が見て取れた、、、、にも拘らず、移動半径は著しく狭まったものの、一帯をのそのそ歩く姿には、自らの習性に忠実なパーソナリティが知れて、微笑ましく思えた。

次第に、飼い主の手を借りなければ、出歩けない様にまで、足腰が衰えてしまっていた。

そして、到頭、その姿を目にする事は無くなったのだ。

どうなったのか、、、、亡くなったのなら、老衰だったのか、それとも、病気だったのか、細かい事が知りたくなった。こんな事なら、飼い主の人に訊ねていれば良かった、と思い、少し後悔した。ただ、それは余りに不仕付け過ぎるし、飼い主の気持を荒立てるような感じがしたので、、、、やはり、自制しておいて、正解だったかな、とも思う。




僕は、動物を飼った経験が少ないし、或る考えの下、今後も飼うつもりは無い。ああなってしまうと(随分、ざっくりとした、無神経な表現ですが、文章の構成上、又、自分の拙い修辞力に伴い、必要とされる出し方と思うので、お許しを・・・)、ペットなんて、やっぱり、めんどうだな、、、、と切り捨てて、悦に入り、(飼わない主義で有るところの)優越感に浸ってしまうところだけど、現時点に於いて、微かに、動物と触れ合いたい衝動が芽生えたかも知れない。