ブログネタ:もう一回体験したいアノ一日は? 参加中




試合は、佳境に差し掛かっていた。



1点のビハインドで、味方の攻撃中、、、、ツーアウト一塁、二塁のチャンスで、僕の打席が回ってきた。一打同点、長打が出れば、一挙に逆転だ。



相手のチームは我が軍を格下と見て、エースを温存していたが、このピンチに登板してきて、見事、前のバッターを三振に切って取っていた。



僕は集中して、打席に入るが、ふと気付いた。




(あ、このバットは、球威の無いピッチャー用に使う、重い方のだ、、、、エースのスピードボールに対応するには、軽い方のに替えないと・・・)




でも、僕は、一旦、打席に入った以上、又、外して、替えに戻るのは、集中力が途切れるような気がしたし、何より、早く打ちたくて、気が急いていた、、、、結局、めんどうに思い、そのまま、勝負に挑んだ・・・。



結果、初球を叩いて、ピッチャーゴロ、、、、僕に向けられていた歓声が、僕を非難するかのような溜息に変わった・・・(そんな風に聴こえただけで、後、誰からも責められる事は無かった)。



試合は、この後、何の展開も無く、終った、、、、1点差負けだ。







小学生の頃の話です。野球部に所属していて、、、、これが、結局、(小学生での)最後の試合となりました。



現在でも、失敗を為出かし、悔やむ度、フラッシュ・バックの如く、この場面が甦り、いつも思う、、、、あの時、何故、バットを交換しなかったのかと・・・。もし戻れるのなら、もう一度、やり直したい・・・。



テーマからは逸れているし、趣旨からは外れている、とは思うんですが、、、、“もう一回体験したいアノ一日は?”と問われて、真っ先に思い付いた事柄なので、そのまま、率直に書き綴ってみました。



別に、今更、『ヒットを打って、ヒーローになりたかった』とか、分不相応な願いを掛けたいのでは有りません。ただ、これに顕れてしまっているように、僕は不精な人間で、何かに付け、後回しにしてしまう性質な為、身動きが取れなくなる事も多く、自分の改善したい点として、常に挙げられる次第で・・・。



具体例を出しても、切りが無いし、何より億劫なので、省きますが、、、、要するに、あの、緊張した場面で、もしもバットを替えられていたなら、そういう行動が反復的に定着し、その後の人生に於いても、有意義に立ち回れて、快適に暮らせていたかも知れない、という事でして・・・。



結果、ヒットなんか打てなくても構わないんですよ。勿論、良い成果が伴えば、気持も高まるし、接着力が増して、より効果的でしょうけど、、、、そんなジンクス、上手く行く時も有れば、上手く行かない時も有りますから、最初の切っ掛けが劇的過ぎると、途中、嫌気が差さないとも限りませんし、、、、ここは、やっぱり、“癖を付ける”というシンプルさが無難だし、大事かと・・・。



ま、実際、こんなアプローチで、生来の性質が直る、とも思えませんが、、、、正直なところを言っちゃえば、努力が足りないだけですね。



そういや、借りたまま、返すのを忘れたレコードやら、メガネやら、自転車やら、、、、あ、逆に、貸したまま、返して貰うのを忘れたギターやら、カメラやら、DVDやら、、、、細かいものを含めれば、お金とか、色々、もっと出てくるだろうけど、御陰で、分かった・・・。屹度、“行って来い”で、僕の人生自体、トータルとして、ちゃらになってんだな。



「如何です? これ、カネのなる木なんですよ。一日一回、水を与え続ければ、半月後には、、、、」
ゴォォォォォォォォォォン~ってオチだろ? “カネのなる”が仮名で表記してあるから、直ぐに判った・・・」
「でも、凄いでしょ?」
「確かに・・・。ただ、何の役もに立たないけどね」
「じゃあ、この鉛筆は? テストとかで使えば、勝手に、問題を解いてくれるんです」
「ドラ〇もんとかに、そういう道具、出てきてたよな? 確か・・・」
「あっちは、何の原理も説明してないじゃないですか?」
「じゃあ、説明してみろよ」
「正解率、驚異の50パーセント、、、、“カンニングを怪しまれない機能”付き・・・」
「急いで、オチを言っちゃったな?」
「大抵の使用者が、成績、下がっちゃいますもんね。じゃあ、次の品物をご紹介、、、、」
「俺、要る?」
「光熱費を無料に抑えられる暖房器具、名付けて<ゼロエンヒーター>の登場です」
「今の時期に・・・?」
「・・・次の商品を、、、、」
「そういう意味かよ!」
「光熱費を無料に抑えられる冷房機器、名付けて<うちわくん>をご紹介いたします」
「答え、言っちゃってるけど・・・?」
「<うちわくん>は、単なる商品名です。只のうちわじゃないですよ」
「へぇー」
「部屋を勝手に綺麗にしてくれる掃除機をご存知ですよね? あれと同じように、自律機能が組み込まれていまして、本体としての、五基のファンがが宙に浮き、部屋の温度をセンサーにて感知しつつ、極めて自然な風の流れを作り出してくれるんです。電気が作り出す冷蔵庫のような涼しさでは無いので、健康面に於いても、従来の製品とは違い、安心です」
「それで、光熱費ゼロ? 凄い! 欲しい! お幾ら?」
「格安の2億4千万円!」
「宇宙に行って、結婚式を挙げられるわ!」
「余っ程、涼しいかも知れませんねぇ・・・」
「やかましいわ」






2010年、秋以降に実施される予定の“宇宙ウエディング”、、、、この販売が、今年の7月1日より開始するそうです。




宇宙の話とか、何か、壮大過ぎてちゃって、余り、興味は持てない方なんですが、、、、割と身近に、こんなビジネス展開が在ろうとは、思いも寄らなかった。でも、「本当かな?」なんて、結局、疑って掛かってしまいます・・・。僅か2年後の計画なのに、どうも、現実味が感じられません。価格の問題では無く(勿論、僕自身にとっては、目も眩む程、現実離れの金額ですけどね)、もっと別の、、、、違和感みたいなものが拭えなくて・・・。




あ、そうか、、、、実施までの、宇宙計画としての“2年”は、比較的、短いんだろうけど、婚約期間としての“2年”は、途方も無く、長いような気がするからだ。うん、、、、果して、持つのかな? キャンセル料は? 逆に、妊娠とかしてたら?(余計なお世話ですけどね)




まぁ、先に、入籍だけ済ませて、、、、という手も有りますね。それでも、実質、リスクは減らず、残ってますけどね(庶民の僻み・・・)。




既に、何件か、問い合わせは来ているようです(TV情報)、、、、どうか、お幸せに・・・(出来れば、分けて欲しい、、、、お金じゃない方の幸せを・・・、それがリンクしてないもんなら、ね)。


ブログネタ:続編を見たい映画は? 参加中


【バタリアン】(1986年日本公開) ゾンビ映画の元祖、<ナイト・オブ・ザ・リビングデッド>のパロデイ作品。


ストーリー:アメリカ軍の輸送ミスに拠って、ゾンビを封じ込めた特殊容器が民間の医療会社に運び込まれ、そのまま、十数年間? 保管され続けていたが、ある日、先輩職員が新人職員への自慢話として、この容器の事を話して聞かせる。興味を抱いた新人に、先輩は誇らしげに、容器の在る場所へと連れて行くのだが、、、、誤って、容器を破損させてしまい、噴出してきたガス(トライオキシン245)の効果で、町中の死体がゾンビ化し、人々を襲い始める。





と、まぁ、憶えている限りでは、こんな筋、、、、幕開けでしたが・・・。



ただ、早めに断っておくと、、、、この映画、続編は製作されています。僕は、PART2までしか認識していませんでしたが、調べてみると、なんていうことでしょう(“大改造!!劇的ビフォーアフター”風に)、PART5まで公開されてるではありませんか(個人的に、!です)。



でも、なんていうか、、、、2作目も、それなりには楽しめたんですが、1作目には、遠く及ばない出来でして・・・。確かに、パロディなんで、コメディ的要素が盛り込まれてあるものの、2作目のそれは、1作目をなぞろうとして、安易に笑かそうと、あざとい感じが否めませんでした(続編の難しさだとは思いますが)。



1作目は、<ナイト・オブ・ザ・リビングデッド>へのオマージュが垣間見えて、パロディだからといって、なぞっている感じは見受けられません。元ネタを知った上での、コントのような趣向では無く、誇張や様式化は施されているものの、<ナイト・オブ・ザ・リビングデッド>の方を知らずとも、充分、楽しめる作品に仕上がっています。原案を真剣に発展させようとした結果、意図せず、パロディの型に当て填っただけで、実質、喜劇的な法則は設けられていないのですが、、、、笑えます。でも、一寸、泣けます(人にも拠りますけど)。手法そのものは、ホラー映画の王道を行っているのですが、投入されるアイデア(情熱)が不釣合いな所為か、全体的に滑稽な感じで、計算されていないかのような(飽く迄も、僕の主観ですが)、独特の可笑しみを生み出しています。と同時に、ある種の物悲しさも・・・。



まぁ、【バタリアン】自体が、<ナイト・オブ・ザ・リビングデッド>の続編みたいな位置付けに語られたりしているので、テーマには合っていないようですが、、、、しかも、【バタリアン】自体の続編も既に存在しているというのに、一体、何故、取り上げるのか? 言わずもがな、それは、【バタリアン】は、<ナイト・オブ・ザ・リビングデッド>とは一線を画した、全く別の、独立した作品で在ろうし(パロデイで在っても、ね)、又、以降の、PART2からPART5までの作品を、“続編”とは認めたくないからです。



実は、僕、、、、PART2を観る前から、【バタリアン】が<ナイト・オブ・ザ・リビングデッド>のパロデイ映画で有るのを知りつつも、この、【バタリアン】のパロディを観てみたい、と願っていたのです、、、、続編じゃなく、飽く迄もパロディを、です。この【バタリアン】の精神を受け継ぐとしたら、やはり、続編では無く、絶対、パロディなんです。





唐突ですが、、、、予告編です。





幾ら、脳みそを食い漁っても、結局、痛みは消えない、、、、何の為に甦る?



少なからず、知能を有する連中の意識に、迷いが生じた時、、、、変化への兆候が現れ始める。



人を襲わず、身を隠す個体が・・・。飢餓感を補うのは特定の植物、、、、しかし、背を見せれば、守勢一方だった側は、恐怖の裏返し、反撃を講じてくるのが常、、、、無残に飛び散る、ゾンビの細胞片、、、、それは、動かざる者達の構造を組み換え、活性し、動ける者達へと変貌させてしまう・・・。



無神経な人間ども、、、、今こそ、我々が、唯、在るのでは無く、機能的に生きている事を思い知らせよう、、、、獣の命も同じく狩るのなら、それも自然の摂理、、、、森林伐採とて、鳥の巣に使われる、枯枝、枯草に同じ、、、、許せないのは、尊厳を持たず、我々のみを摂取する輩・・・。



奴らを襲え・・・! 奴らを逆に食い尽くせ・・・! 駆逐せよ・・・! 



奴らは、こう呼ばれている、、、、ベ・ジ・タ・リ・ア~~~ン(作品題名)




血塗られた感じの文字フォントが在れば、もっと、雰囲気が醸し出せるのにな~(まぁ、無理な注文か・・・)。



タイトルの対象にされているのが、襲う側では無く、襲われる側へと移行し、スポットが当てられちゃってますけど、、、、気にしないで下さい。重要な変更点ですが、そこは、パロデイなんで・・・(原題自体、【バタリアン】では無く、<Return of the Living Dead>なんですけど、、、、それも気にしないで下さい)。



大まかなストーリー(オープニング)は。。。。人間を襲う事の無意味さに気付き始めた一部ゾンビが、森の奥に引っ込み、ひっそりと暮らす旨、決意する。それには、人の脳みそ程では無いが、彼らにも食べられて、同様の効果を得られる、ある植物の存在が大きかった。自然に生息していて、偶然、彼らが発見したのだ。しかし、人間は、それを信用しない。「今の内に・・・」と、ゾンビ達を駆除する作戦を立てて、実行する。争う事に疲れ果てていたゾンビ達は、戦意を回復できぬまま、一網打尽にされてしまう。ただ、その際、ばら撒かれたゾンビ達の体液が地面に染み込んで、彼らが依存していた植物の生育に、奇妙な影響を与える、、、、斯かる遺伝子構造を破壊しつつも、目覚しい分裂を繰り返した後、遂に、異常な、驚くべき変化を齎すのだった・・・。



こんな感じ・・・。





昔の、単なる思い付きを書き綴ってみました、、、、乱雑にて、読みにくい文章については、何卒、ご容赦下さい。