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ネットの海に流した瓶

物語を書いてます。

読んでもらえたら嬉しいです。

あなたには欲しいものがあるだろうか。

ただ、欲しいだけならこの世界には欲望の対象はたくさんある。

何も欲しくない。と言う人間はいない。

欲しがる心に振り回されることを、欲しい物と天秤にかけられる、聡明な人間や、

欲しいものを得られなかった結果、絶望し、欲しがる気力さえなくなった人間がいたとしても。

欲しいと思う気持ちが出てくることは止められない。

後は、欲望との向き合い方があるだけだ。

大抵の人間は、欲しくても手に入らないものがあったならば、様々な方法で諦める。

人によっては、手に入れる以上に芸術的な諦め方を作りだす人もいる、また、手に入らなくてもあがき続けることに意味を見出す人もいる。

だが、もし。

もし、

もしも、本当に願ったものが手に入るのならば?

人はその方法を選ぶだろうか?

代償を伴ったとしても?

それがどんな代償だったとしても?

手に入らないはずのものを手に入れるための方法が本当にあるならば?

実は、古代からそのための方法が一つあった。

それは【呪術】と今では呼ばれている。

それは世界中に様々なやり方で存在する。

代償と引き換えに、願いを叶えると言うことが、様々に存在する呪術の共通の方程式だ。

あなたの【願い】は、あなたの【何】となら釣り合うだろうか。

そしてあなたは、【何】と引き換えにしてでも、願いを叶えたいと思うのだろうか。


そして、そこまでのことを必要とする【欲望】とは何なのだろうか。


深ければ深いほど、困難であればあるほど、それだけ多くの物を要求されるのだ。


昔からある、多くの物語が語るように、【欲望】により呪術を行う人間の先にあるのは絶望だ。


呪術はたやすく目的にたどり着く近道ではなく、高い乗車券を要求する特殊な乗り物のようなものなのだ。

目的地に連れて行くだけの。

帰り道はない。

でも、今も昔も、呪術を行う人々は絶えることはない。

ある少年が十字路に立ち、悪魔と出会い天才ギタリストになったように。

あなたが、それを行わないとしても、

今日もまた誰かが十字路に立とうとしているだろう。


でも、今日はここまで。








#ふしぎな話