昔、あるギターの天才がいた。
酒の席で、彼に誰かが聞いた。
「君の腕は人間技じゃない」
超絶技巧の天才は笑った。
「悪魔にこの腕をもらったからな」
驚く人々に、天才は思い出すような目をして続けた。
「人が通らない黄昏時の十字路に立つんだ。自分が持つ、一番大切なものを持って。一番大事なことは強く思うことだ。自分の望みをはっきりと、そしてそれを叶えてくれと、心から叫ぶことだ」
彼は、いつも傍らにある古びたギターをとり、爪弾いた。
古い、安物であるはずのギターは、彼が弾くといつものように命を持って歌い出す。
刻むリズムとメロディー。
歌のように彼は言葉を続ける。
「まだガキだった俺には一番大切なものは、このギターだった。そして、俺は十字路で自分の願いを歌ったんだ。儀式のやり方なんて、たいした問題じゃない。大事なのは、どれだけ本気なのかってことだ」
彼の指は恐ろしいメロディーを刻む。
ざわめきは消え、メロディーだけが残る。
店の人々は誰も、彼の連れではなかった人々も、もう彼のメロディーと言葉しか聞こえない。
「真っ黒な、巨大な男が現れるんだ。道のどこからきたのかもわからない」
男の真っ黒な目、真っ黒な衣装、真っ黒な髪、人々は彼の爪弾くメロディーから、男を見る。
「そして、黙って俺の手からギターを取り上げ、ギターをチューニングしていくんだ」
そのチューニングは、まるで芸術作品を作りだすよう。
男の長い指が美しく動くことも人々は知る。
その光景はメロディーの中。
「男は俺にギターを返してくれた。そして笑った」
暗闇の微笑。
いつまでも落ちていく穴のような目。
笑った口から見える、白い歯の白さが恐ろしい。
人々は震える。
自分たちは何を見させられているのだろう。
「男は出てきた時と同じように突然消えた。そして、黄昏時は終わり、夜が来ていていたことを知り、俺は自分が最高のギタリストになったことを知ったのさ」
不意に音楽が終わる。
人々は安堵する。
酒場は急に賑やかさを取り戻す。
もう、誰も彼に話についての質問はしない。
女の話や、悪口の方が、悪魔の話に比べたらどれだけ良いか。
特に、本当の悪魔の話などよりも。
天才は、冷ややかな笑いを浮かべたまま、一人、何かに向かって乾杯した。
悪魔に魂と引き換えに腕をもらった男。
彼はひそかにそう呼ばれ、
最後は、絶頂期に、十字路で倒れて死んでいるところを発見され、その短い生涯を終えた。
人々は悪魔が魂を取り立てにきたんだ、と噂した。
これは、十字路に立つ悪魔についての有名な話の一つだ。
ここから話を始めたいと思う。
でも、今日はここまで。
#ふしぎな話