正直、何故それを行ったのか覚えていない。
そう彼は言った。
その話を聞いたのは彼のオフィスだった。
「……別に仕事ってわけじゃないんでしょ?」
柔らかに彼は微笑んだ。
物腰も、言葉使いも、眼差しも柔らかい。
高価で地味で、上品な服を着た彼は、到底、この話題とは無縁の人間に見える。
彼を訪ねたのは、確かに仕事ではない。
私はどこにでもいる会社員であり、記者でも、ライターでもない。
「はい、単なる興味です。……でも、まさか本当に会ってもらえるとは思いませんでした」
私は正直に、そう彼に答えた。
彼は有名人だ。
だから、ここでは彼について具体的なことは書かない。
私だって驚いたのだ。
まさか、彼に出した手紙が彼に届くとは思わなかったし、
まさか、彼の方から会いたいと言って来るとは思わなかったし、
彼が指定した、彼のオフィスの一つで彼と二人きりで向き合うことにはなるとは思わなかった。
「どこで、僕の話を聞いたの?」
彼は面白そうに聞いた。
私は少し、警戒した。
この、実に都会的で、クールな調度品が置かれた応接室で、高価なソファに座り、向かいあっているのは、
噂が本当ならば、悪魔主義者なのだ。
そうは見えなくても。
部屋の外には、彼のスタッフ達が働くオフィスがあると分かっていても、部屋に二人きりでいるという現実を認識する。
「やだな、緊張しないで。言いたくなければ言わなきゃいい。こんな話、真に受けるのは君ぐらい」
彼はそう言う。
確かに、こんな話、誰も信じたりしない。
でも、一つ確かなことを私は知っている。
「でも、あなたは私に会った」
【そんな】話をたずねる手紙を読んで。
見ず知らずの人間と。
それこそが、何かの証明であることくらい、私でもわかる。
「そう、僕は君に会った」
彼は頷く。
「正面切って尋ねてきたのは君が初めてだったからね。何故、こういったことに興味を持つんだい?」
「君のことは悪いが調べさせてもらった。アチコチ動いているみたいだけど、君が調べたことをどこにも出していないことも知っている。ただの会社員がどうして?調べているのは僕だけじゃないのも知ってる。それに興味があったんだよ」
彼の目が好奇心でキラキラ光る。
こんな悪魔主義者がいるんだろうかと思う。
私が今まで会ってきた、霊能者やら、占い師達とは全然ちがう……。
彼らは自分を神秘的にみせようと振る舞っていた。
人外の力に傾倒するあまり、自身もその力の一部のようにみせようとしていた、と言うか、思いこんでいた。
中には、本物かと思える人もいたが――これはまた別の話。
「探していることがあるんです」
私は正直に答えた。
「何?」
彼は聞く。
私は答えない。
これは、交換だからだ。
彼の欲しいものが私の話なら、彼もまた、私の欲しいものをくれなければならない。
「……分かったよ。じゃあ、僕の話から始めよう」
彼は、仕方ないなといった調子で話始めた。
「本当のことを言うと、正直、何故それを行ったのか、覚えてないんだ」
でも、今日はここまで。
#ふしぎな話