徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~ -37ページ目

徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~

  
2011年1月11日生まれの息子、ももたろはダウン症です。

先天性の心室中隔欠損+肥大型心筋症という合併症。そして喘息もち。

育児、ダウン症についてなど、思いつくまま書いてます。

進学に向けて、ハハがももたろに望んだ年中さんの目標は、



体力をつけて、歩く距離を伸ばす。
トイレに行く習慣をつける。
言葉を増やす。




小学校までは、徒歩10分くらい。



今のももたろは、歩くのに疲れたら座り込む。
理由も話せないので喚くだけ。
最後はおんぶ…




こんな状態では、通学班で登校させることは不安なので、通学班での登校に慣れるまでは大人が見守り、付き添う必要はあると思っていました。




でも、親の会などで聞く先輩ママさん達は、
「通学の付き添いは、親の仕事」という認識でした。




もちろん学校も。



フルタイム共働きで障害児を育てる親に、市も県も、教育委員会は容赦ない。



しかし、うちはそれでは困るのです。




共働き前提で人生設計をしているのだから、通学班での登校に慣れるまでの、数週間か数ヶ月かわからない期間、朝の通学時間のために仕事を、そして人生を犠牲にするわけにはいかないのです。




親の役割負担の大きい今の日本の障害児福祉事情の中では、私の考えは親として薄情だと思われるかもしれません。




でも、それって障害児に限らないかも。
一般的に育児について、親、とりわけ母親の負担を大きくするのが日本的な特徴?




いつかこの状況は変わるかもしれないけど、そのいつかを待っていられる状況ではありません。
ももたろは成長しているのだから。




子の事情もそれぞれならば、親の事情もそれぞれです。



うちは、他の大人の助けがないと回せないのです。



近所のお友だちに頼るのも、限界があるし、節度と遠慮は必要ですし。




私は心配性でせっかちなので、当時、支援級設置の要望と一緒に、通学支援についても相談しましたが、たしかももたろが2歳か3歳で、あまりに通学の話は具体的要望すぎる気がして、とにかく支援級の設置が優先でした。




その頃の状況は、親が病気や妊娠などの事情があるときは、特別に支援するというもの。




予算的な問題もあるけど、良い状況に変わっていったらいいですね、と当時の担当さんと話してました。




そしてもう、ももたろは年中。




近くの小学校に支援級ができるのは、来年4月。
あまりのんびりしていられなくなってきたと思い、また市に相談に行きました。




通学支援をできれば制度化してほしい。



それは、移動支援の制度を、通学支援として利用したいということ。




何かで読んだ国の指針では、移動支援には通学は含まれないとされていました。




ただ移動支援は市町村が決めるもの。
全く可能性がないわけじゃない。




通学支援でググれば、いくつか実施している自治体もある。




制度化が無理なら、最悪でも最初の1~2ヶ月、親と交替で通学支援を入れてほしい。




予算化する必要があるなら早め早めに相談しなきゃと思い、用事ついでに障害福祉課へ。




出てきた地区担の職員は、若くてつかみどころのない感じ。



一通り、状況と、通学支援をお願いしたいと話をしました。



返ってきた答えは、

通学支援はしていないが、保護者の病気や妊娠などの事情があるときは、期間を定めて支援することはできる、

と、言われました。



病気や妊娠などの特殊事情があるときのみ?



2年前と変わってないじゃん?



実は、昨年度に制度化しようと予算要求したらしいのですが、財政課がカットしたという話は聞いてました。



今年度の要求はどうなっているのか聞いてみると、

わかりません。



同じ課の予算がどうなっているかを知らない?
聞いてくる気もない?



私は自分でも瞬間的にカッとなることがあると思ってます。



さながら、チャッカマンのように、パッと火が点く感じ。


「共働きしなきゃ生活が成り立たないのに、子どもの通学に付き添うために仕事をやめなきゃならないんなら、市が生活を保障してくれるんですかね?」



…チャッカマン発動。
言ってしまった。



自力で通えるか、見守る人がいるなら、行政に相談なんかするもんか。




つかみどころのない担当さんは、

「言いたいことは言わしとけ。できないものはできないで通して、早く帰ってもらおう。」くらいな気持ちなんでしょう。




頭にきてましたが、事なかれな職員に何を言っても無駄。



とにかく上に繋がないことには話にならないので、

「ここでの話で終わりにしないで、ケースファイルに記録して上に回してください。

でなきゃ、議員と一緒に、直接課長に話をもっていきますよ?」


いやらしい言い方しちゃったけど、この場の話で終わりにされてはかなわない。



後日、別件で市役所に行ったら、つかみどころのない担当さん、またいたので、どうしたか聞きました。



ケースファイルに記録して決裁もらいました。

ケース会議にかけて、入学後の一、二ヶ月、通学支援できるよう話をしました。

とな。



最低限は働いてくれた様子。




でも、通学支援の制度化に向けて働きかけてくれた様子はなし。



まぁね。
どうせ行政職で採用されて、あなたは明日からケースワーカーです、って言われても、いきなり素養まで備わるわけじゃないからね。



でも、あなたは福祉に向かないよ。


言われたことを言われた通り、ハイやりました!ってものじゃない。



ケースワーカーは、ケースに寄り添って話を聞いて、制度との狭間に悩み、やればやるほど深みに嵌るとある人は言ってたけど。



来年度は良い担当さんになってほしいな。



結局、愚痴になるなぁ、私。



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ももたろは来年度、年長さん。



就学についても考えておかなければ!



とはいえ、ももたろの進路は、ハハの中ではほぼ決定しています。



一番近い公立小学校に今度の4月にできる支援級に入れるつもりです。



その小学校でなければ、通わせられないから。



以前、ブログに書いたので、振り返りの内容にもなりますが、



もともと支援級のある小学校は、うちから徒歩30分。



ももたろの足では1時間かかるかも。



その距離を一人で歩かせるのは、知的面、体力面、心臓の具合から考えても無理。



つまり、送迎しなきゃならない。



それとは別の支援学校の見学もしました。



その手厚さや時間の流れのゆったりした感じは、ももたろの成長をゆっくりでもしっかり育んでくれるだろうと感じられて、とても良かった。



けど、普通級の児童に会う機会はなくなる。



いじめの心配は格段に減るけど、得られるかもしれない良い刺激も減る。



そして、送迎バスの停留所までは、やはり見送りしなきゃならない。



どちらも、通学の面倒は見ない。
そこは親の責任で。



単なる通学?
だけど、これは結構難題で。



保育所なら、朝7時から開いてるので、仕事には間に合うように預けられます。



だけど学校は登校班。



うちの子だけ早く学校へ送るわけにはいかないし、もし早く送れても、他の子たちが登校するまで、保育所のように誰かがついてくれることはない。



そして、自分の力で移動して学校に通うことは、ハハの希望でもあるのです。



そうすると、自力で通学できる可能性のある一番近い公立小学校に支援級を作るよう、要望していくしかありませんでした。



市議に相談し、資料も出して、市議会で支援級を作るように一般質問してもらったり、
市長への手紙という制度で、要望を出したりもしました。



それがどこまで奏功したかはわからないけど、ももたろの進学までに間に合うタイミングで、全市内小学校に支援級ができることになったのでした。




なので、ももたろはその小学校の支援級に通ってもらわなきゃなりません。




ももたろ、そして我々親の負担が一番少ない結論です。



昔から支援級設置している徒歩1時間の小学校や、特別支援学校のほうが、学習や生活指導の内容はももたろには合っているのかもしれない。



できて2年めの支援級では、ノウハウの蓄積もないし、担任のクラス運営もうまくいくのかも不安だらけ。



でも正直なところ、教育内容のクオリティよりも、自力通学の可能性が高いところを選ぶつもりです。




続きます。




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義父が亡くなりました。




ムスメとももたろのじぃじ。




ももたろがダウン症であっても、なんの偏見もなく、義実家を訪ねた時は必ず、




おぉー よく来たな




と、笑顔でムスメもももたろも歓迎し、抱っこしてくれました。




無条件に、孫たちへ愛情と優しさを与えてくれたじぃじ。




亡くなってしまって、頼もしい味方を失ってしまったような気持ち。




寂しいです




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