徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~ -181ページ目

徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~

  
2011年1月11日生まれの息子、ももたろはダウン症です。

先天性の心室中隔欠損+肥大型心筋症という合併症。そして喘息もち。

育児、ダウン症についてなど、思いつくまま書いてます。

2月に入ってから、毎日のように病院だの療育だの…あせる




先週、脳波&シナジス病院、それから循環器専門病院病院




今週は月曜日、親子教室病院。ま、これは毎週のことだけど。




それに自分の心療内科病院




火曜日は、突然日にちが繰り上げになったPT病院




水曜日は、子ども病院の耳鼻科病院




木曜日は、集団外来病院




金曜日は、大学病院の小児科病院




そしてまた月曜日に親子教室から、一週間が始まり…




病院三昧。




インフルエンザが猛威をふるう中、これだけ病院行ってて感染ってないのは、すごいぞももたろ&自分。




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PTでは、バランスボールを使って顔上げやら重心を取らせたりを中心にやってました。




今回、かなりももたろは褒められまして。だいぶ長く頭を上げたりバランス取ったりできるようになったと。




つーか、前回・前々回はあまり進歩が感じられなかったらしい。




あまり、ネガティブな情報は言ってくれないPTさんなんだよね。




傷つけまいとしてくれているのかな。




ももたろのリハビリをしながら話すのは、近況とか。




あまり、今どんなことをしているのかとか、こちらから聞いてみないと話したりはしない。




ちょっと物足りなさを感じなくもないけど…汗




ホントは、家でもどんなことがももたろの発達に役立つとか、どんどん教えてほしいけど…汗汗




近況を話したりしてるうち、自分がまだ、大人のダウンの人に会うのがなんとなく怖くて、親の会の行事に参加してないことを話した。




PTさんは


「市の親の会で会う人なんて、ダウン症の人のうちのほんの一握りだと思いますよ。



中には親の会に入ってない人だっているだろうし、ピンキリでいろんな人がいるだろうから、親の会で会った人がダウン症のすべての人だと思わないで、気楽に行ってみたら?」



と言ってくれました。




あー、そういう考え方もあるんだひらめき電球




ってか、自分でもダウン症の人でもいろいろいるってわかっていたはずなのに、やっぱり現実に参加するとなると尻込みしていたんだ、自分。




ちょっと目からウロコで、なんだか肩の荷が降りたような気がした。




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耳鼻科は、1月末に受けたABRの結果を聞きに。




いや~~DASH!待たされた~




予約時間の30分前に着いて、予約時間の1時間後に診察室に入れた…




待ちくたびれて、ももたろ寝るぐぅぐぅ




私も眠かった。





徒然ぱんだ

暇なので撮ってみた、ももたろまつげ。




長いわ~




ちょっとハハにも分けてくれ。





検査の結果は、




左は20で正常。右は30で正常と難聴のボーダー(単位がよくわからない…デシベル?) 。




つーわけで、両耳合わせて正常とのことでした!!




ダウン症特有の反応の鈍さはあるかもしれないけど、それは聞こえの問題ではないということで。




今後も中耳炎には注意してねと言われ終了。




今まで気になっていたことが、また一つクリアできた合格




明日は小児科だビックリマーク

保活・1保活・2 の、続きです。バラけててすみません。



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手術を延期した子ども病院の主治医は、保育所に入ることについて質問した私に、




「日常生活には問題がないから、保育所も大丈夫だと思うよ。だけど、受け入れる保育所側は渋る所が結構あるよね。医療者から見ればナンセンスだけどね。」




…なーんて言い草。




保育所は、預かった子を日中お世話するわけだから、慎重にならざるを得ないだけでは?



医者は日中、ずーーーっとその子の世話をするわけじゃないから、感覚が違うんでしょうがっむかっ




アンタが手術延期なんてしなければ、何の問題もなかったんだよっっパンチ!



ま、でもこのまま手術延期の状態でいても、日常生活はしているし、保育所の申請時期になったらこの主治医に責任持って診断書を書いてもらおう、という心づもりではいました。





またその後、以前行った家庭保育室におじゃまして顔を売って、入園したいオーラ出しまくってきたり、別の家庭保育室にもあたってみました。





その3か所目の家庭保育室は、老人介護もやっていて、園長さんが「これからの世の中は福祉を中心に回っていくんです。」と、熱く語る人で。




ここでもダウン症だから受け入れないということはない。ただ、保育者もダウン症や合併症についての勉強が必要になるから、一緒に頑張りましょう、と言ってくれました。





とりあえず、家庭保育室3か所訪問で、明確なNGはなく、実際の面談次第という様子になりました。





ただ、家庭保育室にも認定と、認定外があって、市に認定されているところは、保育料の補助が出るのですが、認定外だと保育料の補助なし。




3か所目の家庭保育室は、小さいながらも園庭があったし、一番雰囲気が良かったのだけど、認定外なので月に6万円超で補助なし。




イタ過ぎる¥




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うちから毎日送迎できる範囲で、市に申請できる公立保育所1か所と私立保育園2か所。




その公立保育所は現在ムスメが通っているところ。もちろん第1希望。




私立保育園は2か所とも同じ社会福祉法人が運営しているところ。




9月の市報に、障害児の保育所入所について掲載されていたのだけど、何度読んでも入所基準は明記なし。




ただ窓口に相談に来いと。書類を出す日程がいつからいつまでだと。




ネットで見ても同じように薄っぺらい情報しかなく、いよいよ市役所へ相談に行くことにしました。




さて、いよいよ本番か!?と意気込んで行ったのだけど…




私が育休中で職場復帰するなら、「保育に欠ける」ことになるから、障害児枠ではなく普通枠で申し込んで構わない、と言われました。




いくらカマをかけても、どういう子が障害児枠になるのか「個別に判断」と言うばかりで、ハッキリとわからず…



ダウン症の子は生まれた時からダウン症だとわかるけれど、保育所に普通枠で入っても、後から障害がわかってくることもあり、そういう時もケースバイケースで加配をつけたりして判断しているとのこと。




ももたろくんは常に酸素を携帯しなければならないような状態というわけではないようですから、障害児枠にはならないですよ。




なんだか、言葉を選び選びつつな職員さん。




よっぽど私、悲壮オーラを背負ってたのかしら…




その職員さんは、保育課の前に障がい福祉課にいて、仕事柄ダウン症の人と関わることも多かったらしく




ダウン症の人たちはみんな純粋で、とても笑顔がステキな良い人たちばかり。今はそうは思えないかもしれないけど、悲しく思うことはない。




的なことを、言われてしまった…




でもその職員さん、たぶん私より一回りくらいは若いし、オマケに妊娠していて産休直前らしい。




なんだか、同情され慰められたような感じで、情けなくなってしまった…




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通常枠で申し込みするとなると、私立2園も視野に入る。




それについては、私立の予算はそれぞれの園の問題だから、直接聞いてみてくれとの回答でした。


その私立の園は子育て支援センターもやっていて、上のムスメの時に参加していたので、顔見知りの先生もいる。




後日、子育て支援センターに参加して、先生に会ったら、ももたろの顔をみただけですぐにバレ…




事情をお話しし、その先生からダウン症で合併症もあるももたろの入園はできるか、理事長に聞いてみてくれることになりました。



金沢翔子さんの記事が新聞に載っていたと、義母が切り抜きを見せてくれました。



詳しい記事はネットにあるということだったので、探してみたら、結構最近の記事だったのね。



翔子さんのお母様、泰子さんのインタビュー記事です。



私は大河ドラマを見ないので知らなかったのですが、平清盛の題字は翔子さんの書なんですってね。



大活躍中の翔子さん、ダウン症の人の中でも特別だと、ある人は言っていたけれど



インタビューの中で、泰子さんはこうおっしゃっていたのが印象的でした。



「健常者と障害者のどちらにも希望と失望があるのに、障害者だと希望はないと思いこんでいました」



と。




1年前の私だったら、この言葉に懐疑的で、「けっっ!綺麗事じゃすまねえんだよっ」とか思っていたでしょう。

 ↑

言葉汚くてすみません




今でも、健常者よりも希望を持てるチャンスは少ないと思うけれど、障害者だから失望しかないとは思わなくなりました。



だって、自分は健常者として生きてきたけれど、希望ばかりではなかったし、常にチャンスに恵まれていたわけでもない。



何でもできるわけではないし、何にでもなれるわけでもないことが、わかってしまったから。



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泰子さんの言葉は




「日本一不幸だと思っていましたが、26年の時をへて、今は日本一幸せだと思っています。」と、続きます。




5回にわたるインタビュー記事です。




読売新聞の医療サイト”ヨミドクター”で読めますので、ご興味のある方は検索してみてください。




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この記事を読んでも、泣かずに読めました。




悲しく思うこともなく、「けっっ」とヤサグレた気持ちになることもなく、静かな感動を感じながら、心穏やかに最後まで読めました。



私自身も少しずつ、穏やかな心境に近づいてきているかな。




単に、ももたろ育児に慣れてきただけかもしれないけど、




1年前は、ももたろの存在を許すことすらできず、ももたろに慣れてくるであろう未来の自分の姿すら気持ち悪く感じていたのだから。




それだけでも、進歩なのでしょうね。