ホイットニー・ヒューストンが亡くなったとは…
80年代タイムリーなアーチストなので、やっぱりショック。
素晴らしい歌声だったのに。ご冥福をお祈りします。
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病院ウイークが終わって、土日はのんびり…とはいかず、
土曜日は昼に宴会
、夜に宴会でした![]()
昼の部は、結婚して遠隔地に行って退職した同期の子が、久しぶりに実家に戻ってくるのに合わせて、仲間で会おうということになり、だいたいみんな子どもがいるので昼から会うことに。
夜はムスメを連れていけないので、昼はムスメと一緒。
周りは大人の女の人(要はオバサン)ばかりで、最初はモジモジしていたムスメ。
そのうち、動き回りはしゃぎ回り、「お◯た!◯ん◯ん!」などと叫びながら、大騒ぎでした![]()
はずかし~~![]()
そしたら、ネジが切れたようにお昼寝突入。
今、育休を取っているのは私だけなので、みんな仕事の話とかしてたけど、ムスメが寝たらももたろの話に。
まだももたろの話をしていないので、当然気になっていたんだろうと思う。
切迫早産で自宅軟禁状態だったことから、帝王切開で苦しんだ挙句の心雑音告知、ダウン症の疑い、検査、NICU入院、転院と手術のドタキャン、さらに転院と手術…
この1年あまりの間にあったことを話し
やっぱり子どもがいると共感するところがあるのか、みんな泣きながら聞いてくれました。
私も泣くつもりはなかったのだけど、もらい泣きのように涙が出てしまい
「心配してたんだよ~」と、言ってくれた友だちに感謝し、話せなかったことを謝りました。
出産後すぐには話せなかったのには、みんな健常児を生んでいる。
自分が生んだのは障害児だったことに、恥ずかしさ、みたいなものを内心感じていたのもありました。
だから話した時には、もっと悔しいような、どーせあなた達にはわかるまい、みたいなヤサグレたような気持ちになって、また自分の心の狭さを実感して落ち込むかも…
そんな恐れとの葛藤もあったけど、話していたらみんな真剣に聞いてくれて。
子どもが行っているのと同じ保育園にダウン症の子がいるという友だちは、
「とっても心がキレイな子だよ。みんなの人気者で、みんな争ってその子の面倒を見たがるくらい。」
と言ってくれ、
子供の頃、同じ学校にダウン症の子がいたという友だちは、
「みんなに可愛がられて、いつも友だちに囲まれていたよ。」
と言ってくれました。
仕事に戻れば、まじめにがんばってしまうだろうけど、頼れるものは頼ってももたろを第一に考えてね、と。
だけど、やっぱりみんなしんみりしてしまって…
集まる機会に、話しておこうと思ったけど、せっかくの昼宴会が涙で終わってしまいました。
今度はみんなと笑って楽しく飲みたいな![]()
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さて、その日はそのまま次の宴会へ。
夜の部は、親の会のママ飲み。
こっちはもう、バリバリにダウンネタ。
でも、みんな暗くなって泣いたりなんてしてない。
同じ市内に住んでいて、同じ療育を受けてはいても、家庭環境も考え方もみんな違う。
それぞれががんばって育児しているから、今はもう泣いたりせずに、これからできることを考えている。
心強い仲間です。
それに、やっぱり酒が入るとテンション上げ~![]()
飲みニュケーションなんて古い?そんなことありませんよ~![]()
ムスメの寝かしつけがあるので、2次会は行けずに帰りましたが…
うちに帰ったら、ムスメは私の歯磨きの用意をして、帰りを待っていてくれました。
離れているのは寂しいんだね。
可愛いな、悪いことしたなと思いつつ、やっぱり大人の付き合いも大事なんだいっ![]()
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その日の暴飲暴食が祟ったか、胃腸が不調です。
おとなしく暮らそう…
でも、宴会は楽しいわ~![]()
昨日の夜、寝かしつけたムスメを置いて布団を抜け出し、記事を仕上げてアップしてピグして…
なんてしてたら、寝てしまい
泣きそうな怒ったような表情をして、そばに立っているムスメのオーラで起きた…
がんばって寝かしつけの誘惑に勝ったのに、ムスメは私が一緒に寝ていないと許してくれない。
嬉しいけど、めんどいわー。
ムスメが小さい今だけだから、大切にしたい時間ではあるのだけどね。
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さて、昨日2月9日は、1年前にももたろのダウン症告知を受けた日でした。
ももたろはまだNICUに入院していて、産後1ヶ月検診だというのに、私だけ赤ちゃんを連れていない。
周りの人たちは赤ちゃんをあやしたりしながら、順番を待っているというのに。
オマケに、私とオットが座っている椅子の後ろで、赤ちゃんを連れたママさんがおばあちゃんと話しているのが聞こえてきて
心臓に雑音があると言われた。穴が開いてるかもしれないけど、そのままいつか塞がるかも知れないと言われた。
なんて話をしている。
こっちはそれが元でNICUに入ってしまっている赤ちゃんがいるんですけど。
穴が開いてるかも、じゃなくて、モロに開いてるんですけど。
あまりに私の神経を逆なでする話の内容に、涙をこらえ平静を保つのが精一杯。
やっぱり話を聞くともなしに聞いていたオットが「大丈夫?」と聞いてきた。
大丈夫なわけないけど、これから検診を受けて、NICUに検査結果を聞きに行かなければならない。
ここで席を立ったら負け、みたいな気がして、堪えていた。
検診後、NICUに行く前に、廊下で小児科の先生たちに会った。
「これから検診ですか」とか聞かれて、「終わったところです。後からそちらに行きます。」とか応えて。
その時の先生たちの表情に、どことなく憐れみみたいなものを感じて
不吉な予感がしたけど、「考えすぎ考えすぎ」と、自分を奮い立たせて歩いた。
NICUの面談室で、何人もの先生たちと看護師さんたちに囲まれ、21番染色体が3本ある図を見せられた。
白黒ハッキリさせたかった。1ヶ月、グレーゾーンのままは辛かった。
でも黒だとハッキリわかったら、頭の中が真っ白になった。
その後は先生の話はほとんど理解できなかった。
心疾患の状態について、良くない話をされたけど、耳に入らなかった。
その後も記憶がない。
たぶん、ショックで脳細胞が死滅したんだろうな。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
そして1年と1日後の今日、脳波検査の結果を聞きに、大学病院に行きました。
ももたろがNICUにいる間、通った道。
道路脇に梅林があって、一日一日芽が膨らんでいくのがわかる。
春になるんだ。
それと全く対照的な私の心。
一日一日過ぎていく。
私は、時間が戻って欲しかった。
お腹に戻って欲しかった。
妊娠する前に戻って欲しかった。
そんなことを毎日考えて、時間が戻るなんてあり得ない。これは現実なんだ。
でも、夢だったらいいのに。相当な悪夢だけど。
今日もその梅の木にはピンク色の蕾が付いていた。
もうすぐ春だね。
そして脳波検査結果。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
そもそもなんで、脳波の検査をしたかというと
ももたろは少し前、よく白目をひんむいていたんです。
痙攣とかはなく、本に載ってる点頭てんかんの症状とも違う。
だけど気味が悪いので、こども病院の遺伝科の先生に、脳波検査を受けたいとお願いしていました。
けど、遺伝科の先生は、ウエスト症候群はそんなに頻度は多くないから大丈夫とか、発作が出てないなら大丈夫とか、もし発作が出てもそれから検査しても十分間に合うから大丈夫だとか。
大丈夫づくし。
心臓の手術後、白目をひんむくことは減ってきたようなので、脳ではなくて心臓からの負担の問題なのかなと思っていたけど、大学病院の先生に話したら脳波検査を受けさせてくれると言ってくれた。
と、いう訳で脳波検査を受けてきたわけで
1年と1日前に通った廊下を通り、また不吉なことはどうか起きませんように…と、ちょっとだけ不安になった。
結果は、問題なしでした。
寝ている時の検査だから、普通に寝ている時の脳波が出ているだけだった。ウエスト症候群や他のてんかん症状の脳波ではないとのこと。
これでまた一つクリア。
病院ウイーク終了!
ご褒美は100円ミスドじゃい!
かなり長文でした。
お付き合い、ありがとうございました。
何ごともないようです。