徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~ -161ページ目

徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~

  
2011年1月11日生まれの息子、ももたろはダウン症です。

先天性の心室中隔欠損+肥大型心筋症という合併症。そして喘息もち。

育児、ダウン症についてなど、思いつくまま書いてます。

歌の題みたいですケド



復職までお尻に火がついた状態で、家の片付けをしています。



現在進行中の書類関係をしまうところがいっぱいになり…



それは、現在進行中のコトが多いということもあるけど、なにしろ片付けベタなものでね。



しまえない書類たちは、手の届くところに積み上げられ、いつかまとめてしまおう!なんて思っていて。



その「いつか」が、今なのね。



重い気持ちで手を着けてみた書類の山には、ももたろの病院関係だの、保育所関係だの、税金だの年金だの、クレカの請求書だの、クーポンだのしっちゃかめっちゃか。



片付ける自信はないけど、今なら時間はある!




中身を確認して、仕分けして、整理して…




クレカの請求書なんて、封を切ってないものすらある汗




どんだけどんぶり勘定で生活してたんだろ。




だから赤字だったのか?




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病院の書類を片づけていたら、出てくる出てくる~




生まれた大学病院での説明、子ども病院で手術をドタキャンされた時の書類。




その後、循環器専門病院でのカテ入院、手術入院の説明図。




妊娠中の書類と合わせて…なんて引っ張りだしてきたら、なんと、




エコーの写真、全然整理してなかったことに気づく。




アルバムが足りなかったんだよね~ ←言い訳




100均に行って、書類ケースだのアルバムだのを買ってきて。




写真を整理し始めた。




たぶん、当時は出産後にまとめて整理しようと思っていたんだろうな。




出産したら、そんな写真なんて見返しながら整理する心境にならなくて。




ももたろのエコー写真は、妊娠当時も思っていたけど、あまりハッキリ写っているものが少ない。




今となっては、わからせまいとする彼の気遣いだったのか?なんて、柄にもなくスピリチュアルに考えてみたりしてね。




つわりも強かったし、切迫早産にもなって、決して安泰ではなかった妊娠生活だったけど、




当時の私は、病院に行って超音波で彼に会うのがとても楽しみだった。




ぼんやりとしていた画像でも、とてもカワイイと思っていた。




そして、元気で生まれると、信じて疑わなかった。




産科のドクターたちの中でお茶目な人がいて、エコーの写真の下の余白に、これはこんな顔ですよ~とイラストを入れてくれた。




勝手に私の中では、彼は東大理系学部を卒業して、大手メーカーに技術系研究者として入社する、イケメンで身長180センチ痩せ型男子になっていました。

 ↑

バブル期かいっ




その写真たちをアルバムに収めながら、彼がお腹にいた頃の自分がいかに幸せだったか、しみじみ…




そして出産した後の、心臓関係の山のような書類。




大きい穴が開いて心筋が異常に肥大していた心臓。




外見ではそれなりに育っていたけれど、彼はきっと胸が苦しい毎日を過ごしていたんだろう。




不整脈しか経験したことのない私には想像つかない苦しさだったんだろう。




よくも、まぁ、手術の日まで成長してきたもんだわ。




それなのに、なぜ生まれてきただの、なぜ生きているんだだの、毎日思っていたんだな、私。




そのうち、ムスメの赤ちゃんの頃の写真まで出てきて、ももたろも同じくらいカワイイはずだったのにな…なんて思ったり。




今、ももたろは、私の想像していたカワイイ赤ちゃんとは違うけれど、健康な赤ちゃんとも違うけれど、生きている。




私も今は、そのことを事実として認められる。




ムスメほど見た目は可愛くないけど、愛しさは感じる。




だけど、今まで散々味わってきた涙は、切なさとして少し残る。




そして、不健康な心臓の状態でも生き抜いてきた、彼の力強さに改めて驚く。




のんびり物思いに耽る時間はなかったけど、写真と書類を片付けながら、怒涛の月日に想いを馳せたひとときでした。

前回、シナジスを打ちに大学病院に行った時、そこでは初めて同じくシナジスを打つらしい子に会いました。




最初は、ぼけら~とももたろと遊んでいた私。




ふと、そのシナジスを待っている子がダウン子だと気づきました。




そのWちゃんママとなんとなく話し始めて、最近引越しをして…なんて話を聞いたのですが、




その引越し先、集団外来で一緒だったchichiちゃんと、ブロ友のブッキーさんと同じ市でした。




引っ越したばかりじゃ、地域の支援活動を調べたり入っていくのも大変だろうな、と思い、




余計なお世話かとは思いましたが、chichiちゃんに、地元ではどんな支援があるのか聞いて、Wちゃんママにお伝えしました。




そして、こないだの集会でみんな会えたことを、みなさんのブログやメールから知りました。




集団外来の同期のようさんとブッキーさんも出会えた様子。




私は、ほんのちょっときっかけになるお手伝いをしただけですが…




みなさんが喜んでくださって、私も心からうれしいと思っています。




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自分が落ち込んで病んで、「誰か助けて」と毎日泣き暮らしていた日々、




死なずに済んだのは、ムスメがいたから。




それと時間が癒してくれて、今があると思っています。




そして、生きる力を分けてくれたのは、同じ境遇にいた仲間たち。



親の会などで実際に顔を合わすママ友さんにも、ブログを通じて知り合えたブロ友さんにも、助けてもらっていました。




助けられてばかりでいたけれど、いつか、自分も誰かの役に立てたらいいな…と思っています。




今回、喜んでいただけたのなら、お役にたてたのかもしれませんね。




このブログを書き続けることで、情報集めの助けになったり、気持ちを分かち合ったりすることができるなら、こんなにうれしいことはありません。




私も、今回のことでは、元気をもらった気がします。




もうすぐ仕事復帰で、更新頻度は減ってしまうとは思うのですが、



実際に会える方も、ブロ友さんも、これからもよろしくお願いします音譜


記事を書くにあたって、先月の記事を読みなおしてみたのですが


…目新しいことがない


✿運動面

相変わらずずりばいのまま。


少し早くなった…かなぁ?という程度。


少し高いところにあるおもちゃなどに手を伸ばしてみたりするのですが、体を持ち上げるところまではできない。


たまにハイハイの姿勢をとったりするけど、それも先月と同じだし。


お座りさせると、少し耐久時間が長くなった、かな?


✿認知面

これは、私にとって、とっても判断が難しい。


進歩しているのかしていないのか、まったく感じられない。


「いないいないばあ」と言うと、顔を手で覆って広げる。


褒めると手をパチパチする。


でも手遊びのバリエーションはまったく増えてません。


あ!一つ、進化の見られることが!

ご飯の始まりに目をキラキラさせて喜んで、ご飯の終わりに「まだ食べる~」と言いたげに泣く。


…食べることだけかいッ


それ以外の感情の起伏がわからないので、保育所に預ける時も泣きもしないし、迎えに行っても嬉しがる様子もない。


保育士さんと私の区別が付いているのかどうかも不明。


やっぱり、結構なくるくるパーなのかな…


まーいっか。


結局、いつもコレなんですけどね。深く考えてもわからないし、泣かれる面倒さもないから楽だし。


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そうそう、特児申請の結果がやっと届きました。


2月の末に申請して、いいかげん2ヶ月半だぞ?と思って市役所に電話してみたら


「ちょうど昨日、県から審査結果が届いて、すぐにお宅に送ったところだったんですよ~」だと。


ホントかいな?


3月分からの特児が受け取れることになりました。


結局、県の審査会に諮るんだったら、市役所を経由する必要ってあるんだろうか?ずいぶん中途半端な地方分権だこと。