徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~ -119ページ目

徒然ぱんだ ~ダウン症★育児日記~

  
2011年1月11日生まれの息子、ももたろはダウン症です。

先天性の心室中隔欠損+肥大型心筋症という合併症。そして喘息もち。

育児、ダウン症についてなど、思いつくまま書いてます。

先週の土曜日、保育所の懇談会でした。


2月にもあったので、このメンバーでは3回め。


ただ、4月から新しい子が2人入ったので、またあらためて自己紹介するのか?と思っていました。


去年の4月は大泣きしてしまった懇談会ですが、今さら泣くことは、たぶんない。


今年度も加配がついて、担任は昨年度隣のクラスだった先生。


ももたろの存在のことは知ってはいても、毎日、どんな過ごし方をしていたかは、詳しく知らないだろうし。


懇談会は多数のためにあるので、ももたろのことは個人的に先生と話をしていくんだろうな。


でも、自己紹介は緊張するな~



…なんて思っていたのに、



他のクラスに子どもがいるお母さんは、そちらにも参加されるでしょうから、自己紹介は簡潔に、と、みなさん「◯◯の母親です。」で、自己紹介終了。


その後は毎日の生活の注意点などの話になりました。



トイレトレーニングの進め方とか、お話が上手になって軋轢も起きるとか…



2歳児クラスの子供達には当然のないようなのですが、ももたろには関係のない話ばかり。



私、ここで、凹んだりする…


…ことはなく。


単に、飽きてきてしまいました。


自分に関係のない話をされると、脳みそが凍りついたようになって、まったく頭に入らなくて、ついつい爪いじりしたりとか、外をボンヤリ眺めてしまったり…


まるで小学生だな、私。


いかんいかん!担任の先生の心象が悪くなって、ももたろが可愛がられなくなったら大変!と、意識を先生の話に戻そうとするのですが、



また、すぐに飽きてくる。



子ども用の椅子に座ってることもあり、腰は痛くなるし。



1時間弱の懇談会ですが、退屈でした…



最後、少し時間があまり、先生から「みなさんから一言、お子さんのいいところをお話ください。」



ここは、ももたろにも関係あるところだ!



「ももたろのいいところは、笑顔です。」



そしたら、他のお母さんたちも、うんうんってうなづいてくれて、「ホントにいい笑顔してくれるよね!」と言ってくれたママさんもいました。



もちろん、ムスメの笑顔も可愛いのだけど…



ダウン子ならではの、ももたろの顔の肉付き具合のせいなんだろか?



保育所にお迎えに行った時、一日の疲れが流れ落ちていくような、にぱぁって癒しの笑顔を、ももたろは見せてくれる。



懇談会で、自分と関係ある内容だったのはそこだけ…



ま、他のママさんと交流できたから良しとしましょうか。




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NICUにももたろがいた時は、会いたくもないのに面会に出かけ、自分で何のために面会に行くのかわからないのに、ぼんやりした頭で車を運転して。



事故っても不思議じゃないほどだと、自分で思いながら運転してました。。



病院に着く直前に梅の木がたくさん植わっていて、最初はつぼみが開き始めだったのがやがて満開になり、そして梅の季節が終わり、ももたろの入院も終わりました。



梅を見ると、あの頃の魂が抜けたような自分が思い出されます。



ブログを始めたのは、ネットで調べまくっていたころ、アメンバーにならないと読めない限定記事を読ませていただきたかったから。



そして自分の気持ちに整理をつけるのに、文字にすることは役に立つかもしれないと思ったから。


混乱してねじ曲がった自分の気持ちを記すことで、後でもしみなさんのように普通の生活に戻れたとき、それを読み返せるか確かめてみたかったから。



ネットにかじりついて、さんざんダウン症のことを調べても、ずいぶん個人差があって、



一番頼りやすい、行政と医療から、と



保健センターやら病院やら、相談できそうなところには電話して泣きついたり、療育を受けられそうなところにはお願いしてみたり、



毎日毎日、起きている間はほぼずっと、ダウン症のことを考えない時はありませんでした。



゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆



そんな感じで過ごした、妊娠から出産。
あとは自分でブログを書き始めたので、当時の記事に戻りますが。



私はわりと現実的な考え方をする方で、私を選んで産まれてきてくれたとか、天使だとか、今もまったく考えません。



そんな私でも思うのは、



ももたろは、羊水検査を免れ、超音波の画像診断を免れ、切迫早産を乗り越えて、産まれてきた。


私の眼を霞み目にして、私がショックを受けるのを和らげてくれたのかもしれない。



そして、NICUのある病院に転院したことで、素早い処置を受けた。


ホントに、強運な子だわ~



よっぽど、生まれてきたかったのかしらね。



その後に、手術予定だった子ども病院から手術延期を言い渡され、



一日でも早く手術をして欲しかった私は、ももたろを循環器専門病院に転院させて、心室中隔欠損と肥大型心筋症の手術を受けることができました。



その少し後に、手術を延期された子ども病院から麻酔科医師がいなくなってしまい、よっぽどの緊急でないと手術ができない状態になってしまっています。



ホントに、ホントに、強運な子だわ~



よっぽど、生きることに貪欲なのかも。




そして、「ダウン症」=知的障害者=怖い と、思っていたことは、私の先入観であって、


今は間違いだったと思っています。


ダウン子は発育がゆっくりなだけで、普通に育てればいいということも、自分が経験してみてわかってきました。



ももたろはダウン症ではありますが、その前に、単なる一人の人間で、笑顔の可愛い子どもです。



そう、思えるようになりました。



゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆



私は、当時で言うところの特殊学級のない学校で、ずっと学生生活を過ごし、



障がい者と関わりのある場に、参加したこともなく、



障がいだけでなく、高齢者や子ども、妊産婦など社会的にハンディを持つ人たちのことを自分から理解しようとしたこともないし、


そういった人たちがいる世界を知らなくても暮らしてきた、視野が狭い人間だっただけのこと。



世の中は、ハンディのない人たちに合わせて作れば、効率良くできますが、



いろんな人達がいて世の中はできていて、効率優先では苦しむ人達もいる。



そして、効率の良い生活ができていた人たちだって、突然障がいを持ったり、いつかは老いたりして、効率の良さに苦しむ時が来るかもしれないのです。



ハンディを持つ人たちがいること、ハンディを持つ人たちに自分がなる可能性があることを知らずに暮らすよりも、



ハンディを持つ人たちも社会の一員として生きていきやすい世の中になるように願い、できれば行動していくことによって、



少しでも人の心に届くものがあるなら、私の経験や想いも役にたつかもしれません。



そして、ひいては、老いてそういう人たちの部類に入りつつある自分に、還ってくるものもあるかもしれませんし。



赤裸々に書いて、不愉快に思われた方もいたかもしれません。



私自身、書きすぎたかもしれないと思っているところはあるのですが、



ダウン症は知的障害者で、不幸で厄介な存在だと、以前の私のように思っている人に、



そんなことないよ~



結構、普通に幸せだよ~と、伝えたいです。


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出産後3日目くらい。


オットと一緒に、ももたろの病状について小児科ドクターと話すことになりました。



ドクターは、心臓に3か所穴が開いていること。自然に塞がるものではないので、手術が必要になるだろう。


そして、それだけでなく、心筋が厚い。


これは…手術が難しいかもしれない。



それに対しての、処置や投薬の内容などを話しました。



ドクターは一体、誰の話をしているのだろう…



目もかすむし、頭も真っ白なまま。



魂が抜けたように、体だけがそこにあるような状態。



でもどこか冷めたように話を聞いている自分もいる。



私から、いろいろと心室中隔欠損について調べてみると、ダウン症というのがよく目につくが、その可能性はあるのか?と尋ねました。



ドクターは、それをこれからお話するつもりでした…と。


ダウン症の可能性はあります。ただ、確定は染色体検査をしなければなりません。そのためには結構な量の血液を採る必要があるので、了解をいただきたい、とのことでした。


私とオットは、すぐに検査してくれとお願いしました。



検査の結果が出るのは3~4週間後。


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私の、天から地の底に落とされた1週間半の入院生活は終わり、予定どおり実家でお世話になることになりました。



予定と違うのは、赤ちゃんがいないこと。




毎日、することもなく、実家でゴロゴロし体力を回復させるべく、めんどうを見てくれる父母。



NICUの面会時間になると、車で連れて行ってもくれる。



ひたすらヒマで、不安ばっかり抱え、本を読んだりネットをしたり。



ダウン症と決まったわけではない。でもその覚悟はしておかないと、告知を受けた時、私は壊れてしまわないだろうか。



ネットでダウン症を調べたり、ママさんたちのブログを読んだりして、元気になったり落ち込んだり。


散歩するようになって、近くの神社に毎日お参りに行きました。


どうか、ダウン症ではありませんように、と。


でも、私は健康に生まれてさえくれればいいと願っていたのに、心疾患があった。


神様なんて、いやしない。こんなお参りなんて意味は無い。


心のなかで、そんなやさぐれた気持ちがありつつ、何かせずにはいられなかった。


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胸が張ると搾乳し、母乳保存バックに入れて冷凍し、ほぼ毎日、うつろな気持ちでしたが、搾乳を持って病院に連れて行ってもらいました。



1月終わりから2月末までの1ヶ月以上、NICUに面会に行きました。



最初は親の車で。家に戻ってからは自分の車で。



たぶん、親が連れて行ってくれなければ、面会にも行かなかったかもしれません。



とりあえず行っただけ。1時間も面会しなかったと思います。



会っても、変な顔だと思うだけ。授乳しても吸いつけない。不気味なモンスターでした。



点滴のラインや、常に心電計やサーチュレーションを取るためのケーブル類。



ミルクが飲めない分を補うために鼻からチューブを入れて。



そんな医療処置されている姿、今までテレビくらいでしか見たことありません。



現実に初めて見たのが、生まれたばかりの我が子だなんて、怖くてしかたありませんでした。



明日来た時には、新たに何が体に刺さっているんだろう…



人間の子なのか?こんなにまでして生きなくちゃいけないのか?



もともと母性の薄い私。産後の急激なホルモンバランスの変化もあり、自分の産んだ子だと思いたくありませんでした。



毎日、担当看護師さんと話しては泣き、ドクターにダウン症らしきところはあるのか、心臓は少しでも良くなりそうなのか、すがるように聞いてました。



ダウン症の特徴といわれる、二重まぶた、耳が小さい、鼻が小さい、手の猿線、指の関節が足りない、筋肉の弛緩などを、


毎日、実験体のようにジロジロと眺め回しては、その特徴を探しては否定したり、合致してはショックを受けたり。


筋肉の弛緩なんて、他の赤ちゃんと比較してみないとわからない。



結局、ハッキリと言えるのは、二重まぶたということだけ。



だけど、逆に看護師さんたちには「くっきり二重で可愛いですね~」と言われ、うれしいはずの言葉なのに、



私には「ダウン症の特徴ですね」と言われているようで、哀しく笑って返すしかできませんでした。




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