30うん年間、さまざまな映画を観てきた。と言ってもたいして詳しくもないただの映画好きである。

ビデオレンタルまで待ちきれず今すぐ観たいという映画は上映されている映画館を調べ、仕事が終わると同時に自分も車もエンジンをかけて2時間程の場所にあるその映画館まで足を運んだりしていた。その時は上映時間ギリギリな上に場所がよく分からなかったのもあり焦っていたが、たまに気まぐれで働く勘が働いたお陰で何とか映画館と少し離れた駐車場を見つけだし、車を停めてそこから猛ダッシュで映画館へと駆け込んだ。そして無事到着した嬉しさともうすぐ愛しの博士に会えるという嬉しさとダッシュで息が出来ない苦しさの交わった微妙な笑顔を振り撒きながら受付に向かい「ハンニバル1まいぃっ!」と威勢よくチケットを注文した。やっと・・この時が来た・・と逸る気持ちを抑えながら、今まさにチケットを渡してくれるであろう受付の女性を見つめていたが、その女性は訳が分からないという表情を浮かべながら「へっ?」と一言発し、同じく不思議そうに自分を見ていた。
この日は「レッドドラゴン」を観に来たのである。受付の女性も訳が分からなかったであろうが「ハンニバル」とホザいた当の本人も訳がわからない。間違いに気付き慌てて「ふわっ、レ、レッドドラゴンを」と今度は挙動不審気味さを振り撒き、ようやく念願のチケットを手にしたのである。最前列で観たレッドドラゴンのチケット入手までの些細な道のりは未だ忘れられない。


映画が好きと言っても専らホラーばかりなのだ。
たまに思考を変えて「解夏」を観に行った事もあったが開演30分もしないうちに爆睡し、気が付いたら終わりのテロップが流れていたりで、これに懲りてこういった類の映画は映画館で観るのはやめようと心に誓った。
ホラー以外では『吉原炎上(旧作)』『ラストエンペラー』『A・I』『マディソン群の橋』『バックトゥザフューチャー』『es』『永遠に美しく』等も大好きなのだが、スカッとするのはやっぱりホラーである。
『13日の金曜日』『悪魔のいけにえ』『ハロウィン』『SAW』『チャイルドプレイ』『羊たちの沈黙』『ペットセメタリー』等のシリーズものから一発モノまで、とにかく『ホラー』というホラー映画は好きなだけ観た。観るだけでは物足りず、日常でも時々ホラーの世界を私生活に取り入れたりもした。13日の金曜日の日にはジェイソンのお面を被りながら無言で出勤したが皆苦笑いしていたり、またある時はレクター博士を拝み奉ろうと自室に赤い祭壇を作り、レクター博士グッズを祀っていた自分を見た姉が冷たい目をして気味悪がっていたりと、ホラー好きとしては何とも言えない物悲しさを感じたりしていた。

ホラーの中でも『シャイニング』は自分の中で5本指に入る作品だ。狂った親父が斧をブンブン振り回しながら家族を追い掛け回すという話しである。前半は穏やかに過ぎて行くも、後半30分辺りになると親父がヤバい。逃げ惑う母子を見ながら「早く、早く逃げてぇぇぇ!」と立ち上がってエールを送ってしまったぐらいハラハラ感がこみ上げて胸が張り裂けそうになった。『ゴースト 血のシャワー』というホラー映画も印象深い。30年近く前の作品でタイトル通りシャワーから血が出てくるというモノである。当時保育園児だった自分は自宅のビデオケースでこれを発見し、父に頼んで観せてもらったのだ。ものすごい量の鮮血がシャワーから溢れ、それを浴びた女性の悲鳴に迫力を感じた。ホラーとは全くかけ離れるが『大いなる遺産』も良かった。題名からして探索アドベンチャー系かと思われたが全くの勘違いで、しっとりラブ系のハラハラワクワクドキドキでキュンという、様々な感情を与えてくれた作品だった。そして脇役の”ジョー”がカッコいいのだ。『バッファロー’66』これは、短気ですぐに怒鳴りスイッチの入るヴィンセント・ギャロと不思議な少女クリスティーナ・リッチの二人によるチョイ恐ジョークありな掛け合いにハマった。映像の古い感じもまた魅力的である。



ホラー映画お決まりの法則なのか、大抵の黒人キャラは優しいが、最後は必ずと言っていい程ヤラれる。しかも仲間を助けようと自分が犠牲になったりもする。見るからにケバイ女は上映30分以内にチャラ男とヤッた後ヤラレる。逃走を図ろうという時に限って車のエンジンがかかりにくいという設定も度々目にする。キーが鍵穴にささらず、それがいつまでもしつこかった場合、緊張感が増してくるせいかチンタラ加減がもどかしい。実際自分が全く見知らぬ土地で真夜中にチェーンソーや斧を持った殺人鬼からターゲットとされた場合、確実に吐く。ゲーゲーとヤッている声を聞きつけられて後ろからヤラれるであろう。ホラー映画の世界でいうと弱小な人間のヤラれ方である。

今思いだしたが題名を忘れたホラー映画がある。大学生の集団が奇妙な村へ迷い込み次々と惨殺されるという話しなんだが、これはヤラレ方が異常だった。地面のド真ん中に大の字で寝かされているターゲットの手足に紐が縛られ、その先には東西南北4方に向かって立つ馬4頭の姿がある。その馬達のそれぞれの片足にはターゲットに繋がれた紐が一本ずつ縛り付けられ、合図と共に馬が4方向へスタートをきる、というヤラレ方であり、今もドコだかの国で実行されているのかも分からない八つ裂きの刑というモノを初めて目にした衝撃の瞬間であった。他には男性がヤッている最中に塩酸を飲まされベッドごと溶けていたり、「おかしな村からやっと脱出できたぜっ!ひゃっほう!」などと喜びを噛み締めながらバイクを走らせていたものの、最後の最後にピアノ線で首をちょん切られてしまい、首から下だけがバイクにまたがって走っていってしまうという不運なキャラもいた。



日曜洋画劇場で本編が始まる前に作品解説をしていた映画評論家のドンである淀川長治さんの話には毎週真剣に耳を傾けていた。話の内容うんぬんより、早口で話についていけなかったのである。小学生だった自分の中ではいつの間にか「淀川さんの話を全て理解できたらカッコイイ」とか「理解できるようになって『へぇー。そうなんだ、成る程ね』なんて相槌出来るようになった時の自分はスゴイ人間と化す」と勝手に思っていた。
そんな密かな思いを胸に抱きつつも「今週もまたよく分からなかった」と毎週落胆し、始まった映画に目を向けながら番組最後のキメゼリフを待つ自分が居たりと、淀川さん目当てで日曜洋画劇場を見ていたように思う。

あの優しい『さよなら、さよなら、さよなら』をまた聞きたい。