憲俊 パンジャーボンバーズ退団
パンジャーボンバーズ座長 西山諒です。
まず始めに―――
憲俊ファンの皆様、
そして、
パンジャーボンバーズを応援して下さっている皆様、
この度は本当に申し訳ありません。
憲俊から報告があった通り、
憲俊はパンジャーボンバーズを退団する事になりました。
当初から憲俊を「永久名誉団員」とさせて頂いていたのは、
いずれこんな日が来るであろう…と予測していたからです。
今日まで曖昧な表現をして来てしまい すみませんでした。
憲俊が劇団員ではなくなっても、
私達の関係はなんら変わる事はなく、これからも相談したり知恵を借りたりして、応援し合って進んで行くと思いますので、
許されるのならば、
「訣別」という形は取らず、
ずっとパンジャーボンバーズの仲間として一緒に先へ進みたかったです。
でも、
劇団員を名乗っているのに、こちらの都合で 次の公演は出演せず、
その次も出演せず…みたいな事が起こってしまったら、
憲俊がパンジャーボンバーズの団員だから応援して下さっている方々を裏切る事になってしまう。
私としては、それを一日も早く解消・回避したかったので、話し合いの場を持ち、決断に至りました。
憲俊は、
本当に行動力、向上心がある人で、
メンバーにも色んな力をくれました。
本当はそんな力強い人、心強い存在の人を失いたくはなかったですが、
「二兎追う者は一兎も獲ず」
今、二つ程抱えているだけでも大変そうなのに「パンジャーボンバーズも」と頑張ったり欲張ったりしたら、
全てが中途半端で終わってしまうと思いますし、
そのうち憲俊の周囲の人達がぶつかり始め、色んなものを失ってしまうかも知れないと思うので…
自分達の為の決断 でもあったかと思います。
旗揚げ公演の成功や、
沢山の方に応援して頂ける今日のパンジャーボンバーズがあるのは、
紛れも無く憲俊の御蔭です。
心から感謝しています。
旗揚げメンバーの主軸の一人であった事実のみ残し、
憲俊の名前、顔写真などは数日中に劇団員から削除させて頂きます。
それぞれもっと成長出来たら、また一緒にタッグでも組みたいと思います。
変わらず
憲俊を、
憲俊率いるSCANPを、
そして
パンジャーボンバーズを、
応援して下さると嬉しいです。
これからも「人の心の力」になれるよう、
パンジャーボンバーズ一同、精一杯進んで参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。
西山諒
憲俊より 皆様にご報告です
皆様に報告させて頂きたい事があります。
突然ですが
私、憲俊はパンジャーボンバーズの船を降りることを決意致しました。
決断に至るまで
沢山、沢山、沢山悩みました。
退団する理由は
表現者として
皆様の応援にきちんと応えていけるように
腰を据えて取り組むことが
何よりも大事だと考えたからです。
一年前
僕はパンジャーの船に乗ると同時に
「scanp」という演劇ユニットも立ち上げました。
ただでさえ不器用で
手を抜けずに自分を追い詰めてしまうのに
あれもこれもと
色々抱えてしまいました。
このままでは
何もかも中途半端になってしまうと思い
先日
そのような点を含め
西山座長と大兄と三人で話し合った上で
「船を降りる」という決断をしました。
パンジャーボンバーズでお世話になった方々全てに
心から感謝しております。
芝居で語った伸ちゃんやあさみさん
色々と助けてくれたあんべさん
舞台で力を貸してくれた先輩方
裏方で支えてくださった皆様に感謝しております。
何より!
東京に行ってからも
ずっと僕なんかを待ってくれていた
諒さん、大兄に
本当に本当に本当に
一杯一杯一杯感謝してます。
諒さん、大兄
ありがとう!
そして
応援してくださった皆様、本当に感謝しております。
パンジャーボンバーズを応援してくれて ありがとうございます。
これからも変わらず宜しくお願いいたします。
パンジャーボンバーズには
またいつか出演できる日も来ると思います。
その日を楽しみにして頂けたら幸いです。
僕もまた一つ気持ちを引き締め
誠実に皆様へ想いを届けられるような表現者となれるように
先輩方に頂いた力に
皆様に頂いた力に応えていけるように
これからも全力で進んで行きます。
長文失礼致しました。
読んで頂きありがとうございます。
憲俊
I'LL NEVER FORGET 3.11 知嶋大貴
パンジャーボンバーズ 宮城県石巻市に行ってきました
19日夜 可児市役所駐車場を出発
20日 石巻市でボランティア作業
本日朝 可児市役所 帰着
の0泊3日 メンバー31人のボラバスツアーです
上の写真は福島県の会津磐梯山です
雨と空の色のせいでしょうか
悲しんでいるように見えます・・・
車中から見る石巻市は大体片付けられており
たまに見える
損壊した建物や高く詰まれた瓦礫の山に気づかなければ
普通の町に遊びに来たような錯覚さえ持ちそうでした
しかし
それはある川を一本渡っただけでガラッと雰囲気が変わりました
少し離れた場所から見てみると普通の町なんです
でも、いざ街中に入り海側から見ると・・・
この家は
これからお見せする写真の中で一番陸側 (海から遠い方 といっても1KMくらい) です
写真は全て現地の方に許可をもらって撮影・使用しています
家屋の中は全て撤去され
屁泥も掻き出されたあとです
床に薄くこびりついた泥が乾いて白っぽくなっています
次の写真は
上の家屋より海側に20mほど進んだ家です
家財道具は運び出され 庭先に集められています
家族の生活を見守ってきた道具たち
あの日が普通に過ごせていれば
この夏休みはこの机で宿題や工作をしていたんだろうな・・・
そして
今回僕たちが作業した場所がこちらです
瓦礫が詰まれてはいますがキレイに残っています
こんなアパートが5・6棟並んでいました
そのうち2棟のゴミと屁泥(ヘドロ)の撤去が僕たち31人の担当です
「以外にどころか かなりキレイやな」
「チャっチャと終わらせて 他もやったろ」
なんて思っていました
家屋の中に入るため裏に廻ると・・・・・
これは側面です
正面 (海側) です
愕然としました
陸側と海側でこうもちがうのか・・・・
この玄関には
アンパンマンが吊られていました
きっと 以前来たボランティアの方が見つけて吊るしたんでしょうね
子供のために買ったばかりなのでしょうか
タグが付いたままです
体中に泥がついてカピカピなのに明るい笑顔が胸に痛いです
このアンパンマンが今 一番元気をあげたい子はどこにいるんだろうか・・・
ここで、この場所で、家族が迎えに来るのをずっと待っているんだろうか・・・・
このアパートのすぐ近くにある家 (たぶん大家さんの家) の玄関には
まだ新しいキレイなミニカーが
さらに中に入ると
写真が・・・
これもボランティアの方が集めていかれたんでしょう
かならず家族の人たちが引き取りにくるはずだ
無事でいてくれるはずだ
願うしかできないのは分かっているのに
もっとできることはないのかと悔しくなってきます・・・・
自分たちに今できることは
ゴミの撤去とヘドロの掻き出し
床が剥がれて木材で組まれた木枠の間から
20~30cmほどの厚さになったヘドロを角スコップで掻き出し
土嚢袋に詰め込んでいく
表面の乾いたヘドロは匂わないのですが
いざ掘ると・・・・・
玉子の腐ったような匂い×3くらいの悪臭に
後頭部の内側をぶん殴られたような衝撃を喰らいました
でも手を止めている場合じゃない
こんな小さな作業でも
このスコップの一掻き一掻きが
完全な復興に向けての一掻きなんだと確信して
31人が力をあわせてやってきました
いつか必ず
この場所が元気になって
この場所で芝居が打てることを夢見て
そして
また
このポストに
いつか誰かの手紙が届くことを信じて・・・・
また来るよ
絶対に・・・・
『RADIO パンボンズ』 第7回
打ち水イベントの会場で公開録音しました。
http://radiopanbons.blog.so-net.ne.jp/2011-08-19
あっイベントのオープニングのナレーションの声わかりました!?
彼です。
『IRONOMOT AWIN』
です。
このラジオのBGMでも、スペシャルミックスで音源にプラスしておきました。













