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 Procrastinationもマズいが、Pre-crastinationも望ましいことではない。なのになぜ私たちはPre-crastinationしちゃうのか? 一見不可思議な人間行動に、しかるべき意味を見つけるのは心理学の重要な役割だ。

 

 この問いに対する仮説として、Rosenbaum博士は「脳内のワーキングメモリーを空けるため」としている。Things to doリストは、見ただけでげんなりするし、これはああやって、あれはこうやって、と段取りを考えるだけで、脳みそは既にエネルギーを消費し、なけなしのワーキングスペースを占拠している。多少余計な労力がかかってもとっととカタをつけて、受信ボックスのメールを片っ端から削除するように、脳みそから消し去り、すっきりしたい。

 そして、空いた脳内スペースは何に使うかというと、より長期的に重要なことについて沈思黙考したり、VUCAな時代に生きる私たちが遭遇するかもしれない不測の事態に速やかに対応したりするのに使う、というのである。

 そういえば、複数のベンチャーを経営している男性が「普段は月70時間くらいしか働かない。いざというとき、即座に的確に意思決定したり、遠隔地の支社に速攻赴けるようにしておくため」と言ってたっけ。八面六臂で活躍しているエグゼクティブも、仕事メールはもちろん、LINEでの遊びの誘いにも誰よりも速く即レスしてくる(で、たまに日時を間違えたりするけど)。

 Pre-crastinationには、究極的に「より大切なことに脳を使う」ための大切な準備行為、いうわけだ。

 

 その反語的な実例を思い出した。会社勤めをしていた頃、地下鉄のホームへの階段で電車が入ってくる音が聞こえると反射的に走り降り、よく転び落ちそうになっていた。3分待てば次の電車が来るのに。ある日ふと、なぜ自分はこんなに急いで電車に乗ろうとしているのだろう?と疑問に思った。そこから芋づる式に、以下の自問自答;

 早く会社に着きたいから

 →早く仕事を終わらせたいから

 →早く帰宅したいから

 →早く寝たいから

 →早く起きたい…わけじゃない、よね。

 え、じゃあ、私の人生の目的は、「寝る」ことか!? というところで、目が覚めた。

 階段から転げ落ちるリスクを負ってまで電車に滑り込む前倒し行為(=Pre-crastination)には意味がない。やめよう。3分遅い電車に乗ればよい。

以来、地下鉄に滑り込むという無駄な行為はしていない。

 

 繰り返すが、一見非合理なPre-crastinationを私たちが行う理由は、多少「余計な労力」をかけても、より生産的な思考作業にあたる、より意味のある活動に従事する、もしくはそれらの準備のために脳みそをクリアにしておくためである。言い換えれば、何の目的もなく、単に走って来た電車に飛び乗る、という条件反射的Pre-crastinationは、ただの労力の無駄遣いであり、行う意味がないのである。

 

 であれば、Procrastinationについても類推できる。

 早めに取り組んでおけばかけずに済んだ労力を、8月31日になって死に物狂いで夏休みの宿題を片付けるProcrastinationは、7月21日から8月30日までの間、宿題よりも生産的で意味のある活動(=遊び!)に勤しみ、人生を謳歌していたのであれば、立派に意義深い行動であったといえる。

 そもそも、やりたくないけどやらなきゃいけないことをやりたくないのは、人間の本性である。やりたくないことはぎりぎりまで先延ばしにして、その代わりにやりたいことを楽しくやって、やりたくない雑事は締切間際で火事場のバカ力でえいやっと済ます。これは立派な戦略である。蘭アムステルダム大学のvan Eerde博士は、単なる自己制御の失敗としてのProcrastinationと、戦略的自己制御としてのProcrastinationを区別すべき、と述べている。

 

 というわけで、GW明けのProcrastinationは、より有意義な仕事に取り組む前の作戦を練る沈思黙考期間、ということにした。しかも、このブログを先延ばしせずに最後まで書くことができた。めでたしめでたし。         (おしまい)

 

<参考文献>

・Rosenbaum, D. A., et al. (2014). Pre-Crastination: Hastening subgoal completion at the expense of extra physical effort, Psychological Science, 1-10

・Rosenbaum, D. A.,  & Sauerberger, K. S. (2022). Deciding what to do: Observations from a psycho-motor laboratory, including the discovery of pre-crastination. Behavioural Processes, 199.

・Steel, P. (2007). The nature of procrastination a meta analytic and theoretical review of quintessential self regulatory failure. Psychological Bulletin, 133(1), 65-94.

・Steel, P., et al. (2001). Procrastination and personality, performance, and mood. Personality and Individual Differences 30, 95-106.
・van Eerde, K., et al. (2018). Overcoming procrastination? A meta-analysis of intervention studies. Educational Research Review, 25, 73-85