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 細かい経緯はさておき、それから半年後、トロントで生まれて初めての一人暮らしが始まった。オフィスには、副社長級から直属の上司まで、日本人赴任者が何名かいたが、社員のほとんどは言うまでもなくガイジンである(というか、私のほうがガイジンだった)。
 Gregは、ガラス張りの個室で私を迎えてくれた。晴海の休日出勤のお返しのつもりか、私が新しい環境に早く慣れるよう気遣ってくれたのか、組織内のキーパーソンについて色々アドバイスしてくれた。
 「Dennis, at my next door, looks intimidating, but he is actually a warm hearted guy.」
 私が、単語のイミがわからず、戸惑っているのに気づいた彼は、
 「Do you understand the meaning of “intimidating”?」
 「… No.」
 具体的な言葉は忘れたが、彼はIntimidatingの意味を別の言葉で説明し、さらにこう続けた。
 「If you don’t understand, you must say “I beg your pardon?” or “Excuse me?” or “I don’t understand”. You don’t have to hesitate.」
 そっか。わからないときは、わかったふりしないで、聞き返せばいいんだ。
 今から思うと、めちゃくちゃ有難いアドバイスだった。その言葉を聞いたあと、会議で耳をそばだてていると、カナダ人もカナダ人に対して「I beg your pardon?」って言ってる。聞きそびれは、誰にでもある。

 Sony of Canadaの赴任期間は3年だった。帰任前、物流担当だった私の無理な依頼にいつも対応してくれたWarehouseのPhilip Choiが、こんな餞の言葉をくれた。
 「You are very special, not just like typical Japanese woman.」 
 ものおじせず、はっきりとモノを(英語で!)言っていたからだろう。褒めてるんだかけなしてるんだかわからない。でも、少なくともGregが晴海でくれた「自信を持て」というメッセージは、3年のうちに身に着いたということだろう。

 帰任後もずっと英語の仕事が多く、Bill Gates以外にも、たくさんのガイジンとたくさん英語を話した。ソニーを辞めて、英語を使う仕事から離れて、もう18年も経ってしまった。

 ここ数年は、心理学の勉強を本格化させており、海外の論文を読むためにまた英語が復活している。「ピグマリオン効果」という言葉を知ったのは、そのおかげである。

 今、メンタリングの仕事をしていて、このピグマリオン効果のすごさを肌で感じる。
 PC画面越しの初対面で、自己紹介を10分程度し合っただけで、クライアントについてほとんど何も知らなくても、「この人はきっと自分で打開策を見つけることができるはず」とこちらが信じて色々質問していくと、必ず彼/彼女の口から答えが出てくる。
 「あ、そうか!」と、自分の言葉に自分の目が輝く瞬間に立ち会えることが、この仕事の最高の醍醐味である。
                         ・・・(おしまい)

      
※蛇足だが、私の仕事人生最大の自慢のもう1つは、Beverly Hills Hotelのスイートに滞在していたマイケル・ジャクソンに会って、まだ赤ちゃんだった彼の息子のPrinceをこの手で抱いた経験、である。こちらはSony Music Entertainmentのエグゼクティブの鞄持ち(^^);

役得、とはこのことだ。