その後しばらくして登場した第二のピグマリオンは、選択科目の英会話を担当したイギリス人のスチュワート先生だった。
これも新学期最初の授業。先生は、学生に順番にテキストを読ませながら、一人ひとりのレベルをチェックしていたのだろう。私の番が来て、最初の数語を発音したとき、先生が眉をひそめた。
「That’s not a right pronunciation.」
その発音、間違ってるよ、と指摘された、その単語が、なんと「it」。
「Say that again.」
「it」
「No. IT」
「イット」
「IT」
選択課目なので、別の学科の見知らぬ学生もいる、30名くらいの衆人環視、中1の1学期の4月に習う2文字の単語を、何度も繰り返すハズカシサといったら…。それでも結局、スチュワート先生のお眼鏡(ではなくオミミガネか)に叶わなかったらしい。
やばい。本気でやばい。
ほどなく、私は渋谷駅東口のECC外語学院に入学したのであった。
その甲斐あってか、ソニーに就職する際、最初の足切りに使われた英語の試験(ヒアリング問題あり)は、めでたくパスすることができた。
スチュワート先生、恥ずかしい思いをさせてくれて、ありがとう!?
ところが、Bill Gatesへの道はまだ遠かった。
無事ソニーに入社し、念願の海外マーケティング部門に配属された。当時ソニーの営業利益の半分以上を稼ぎ出していた業務用機器事業本部の、そのまた半分以上をたたき出していた北米課で、新入り社員の最初の仕事は、幅広のトイレットペーパーみたいなテレックス用紙をメール単位に切り分けることだった。
以来、毎日英語の読み書きの連続。聞く・話す、のほうは、年に2回のプロダクトミーティングで海外販社のガイジンたちが来日するときくらいだった。私のようなぺーぺーは会議で発言することもなく、せいぜいガイジンを社員食堂に連れていくとか、ホテルまでの道案内をする程度である。
そして入社3年目。3人目のピグマリオン先生は、カナダにあるソニーの販売子会社の青い目・金髪のGreg Southornだった。
彼が出張で来日したとき、たまたま晴海で関連機器の展示会があり、週末に案内することになった。ガイジンと二人きりでほぼ半日、新宿のホテルから晴海への移動からランチなどアゴアシのみならず、展示機器の説明やブース員とのQ&Aの通訳までやらなくてはならない。
行程も終わりに近づいたとき、Gregが真剣な目つきでこんな趣旨のことを言った。
「キミは、日本語だと大きな声で話すのに、英語の声は小さい。英語のときも、もっと自信をもって話すべきだ」
うわ。イタイところを突かれた、と思った。
そうなのだ。地声はもともと大きいが、英語だとつい声が小さくなる。オフィスでの会議を含め、数日一緒にいただけで、Gregに見透かされてしまった。そっか。自信を持たなきゃいけないんだ。
そのとき、自分がそれから半年後にGregのいるSony of Canadaに赴任するなんて、夢にも思っていなかった。