私の仕事人生最大の自慢は、Microsoftの創業者であり世界一の大金持ち(当時)のBill Gatesと、NYのホテルのスイートやIdahoのリゾートホテルの会議室で何度か直接ビジネス交渉をした、ということである。単に、ソニーの社長の鞄持ちとして同席し、(おそらく自分で話すのが面倒になった?)社長に「おまえ、しゃべって」と言われ、英語版イタコを演じただけだが。
 
 しかし(本題はこちら)、何を隠そう私は実は、もともと英語が不得意だった。
 なのに、なぜいっちょまえに自慢話のネタになるほど上達したのか。
 それは、ピグマリオンのおかげである。

 ピグマリオンとは、オードリー・ハップバーンの名映画のひとつ、マイ・フェア・レディの原作名である。さらに元を辿ると、ギリシャ神話に登場するキプロス島の王様の名前。王様は、自ら造った女性の彫刻に恋をして、彼女が生身の人間になるよう願ったという。
 その逸話から、「ピグマリオン効果」という心理学用語が生まれた。
 王様が強く望めば、彫刻も人間になれる(神話ではそうならなかったけど)。
 ヒギンズ先生の強い熱意のおかげで、下町生まれのイライザも淑女の話し方を身に着けられる。
つまり「教育者が、自分の生徒の潜在力を強く信じれば、その生徒はその期待に応える(逆に、教育者が『こいつはダメだな』と思えば、生徒はその通りダメになる)」という現象が「ピグマリオン効果」。教育心理学者のロバート・ローゼンタールが生み出した。

 私にとっての最初のピグマリオン先生は、ウチダ先生だった。
 最近は小学校から英語の授業があるらしいが、私の頃は中学1年で初めて英語に触れるのが普通だった。小学校から慣れ親しんでいた国数理社と異質だったせいか、私の英語の成績は断トツに低かった。
 中2の2学期の初め、学年主任で英語担当のウチダ先生が、私の1学期末試験の情けない答案用紙に目を落としたまま、独り言のようにつぶやいた。
 「もっと、出来るはずなのになぁ」
 うわ。やば。そうか。もっと出来るはずなんだ。
 単純な私は、だったら出来なくては、と思った。父親と同年代のウチダ先生の期待を裏切ってはいけない、という素直な子供心も働いた。で、2学期の中間試験前、教科書の試験範囲を、部屋の中で声を出して何度も読み上げ、かつ何度も紙に書き写し、丸暗記した(あんまり褒められた勉強方法ではないが…)。結果、満点に近い結果だった。
 ウチダ先生が、「やっぱり、やれば出来るな」と満面の笑みで答案用紙を返してくれた。

 しかし、丸暗記方式の勉強では、読み書きはともかく、ヒアリングとスピーキングの力はつかない。進学校の公立高校では専ら読み書きテストだったから露見しなかったが、大学1年の一 般教養課目の英語で、無能さが浮き彫りになった。
 まだクラスメートの顔と名前も一致しない、初めての英語の授業でディクテーションのミニテストがあり、「隣同士で採点し合ってください」と言われた。答案用紙を取り換えっこした隣のミカちゃんが、絶句した次の瞬間、「何か間違えちゃったんだね」とフォローするほど、私の答案はメタメタだった。たぶんクラスで断トツ最下位だった。

               ・・・(中)に続く