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 多元的無知を防ぐには、どんな方法があるのか。

 

 前回、心理学は、人の行動に「〇〇理論」とかなんとか名前をくっつけるだけでオシマイにするような、無責任な学問ではない、と書いた。逆に言うと、あまりに責任感が強すぎて(?)、「これさえやれば、百発百中多元的無知が防げます!」みたいな、安直な解決策の提示は、決して行わない。「こういう人たちを対象に、これこれの調査/実験をした結果、このような結果/効果が見られました」という研究論文を淡々と世に示し、「この結果から察するに、おそらくこういう要因が多元的無知を減らすのに役立つかもね」と控えめな考察を述べるにとどまる。

 

 ということで、いくつかの研究論文をざっくりまとめた、「多元的無知の解消法」です。


 まず第一に、個人レベルでは、できるだけバイアスに翻弄されないよう、状況判断に時間をかけることを心がける。対応バイアスに限らず、バイアスというものは、限られた時間で即決判断を迫られて、条件反射的に行動するときに起動する。「つい」やってしまう直前に、一呼吸おくことが肝要である。

 本当に同僚たちは残業したくてやっているのか、胸に手を当てて考えてみる。答えがNoであれば、少なくとも「残業を是とする相手に好印象を与えるために」自分も残業する、という考えは的外れなわけだから、安心して(?)ノー残業行動をとれるはずである。

 

 しかし、もしも上司が心から「残業は美徳」と信じていたなら? 

 この場合、上司に評価されるというプラスが、自分がやりたくないことをやるキモチ悪さというマイナスを補って余りあるか、きちんと天秤にかけてから行動することをお勧めする。プラスが大きいから仕方なく残業する、という結論に至れば、(残業したくないという)自分の信念を確信犯的に曲げるわけだから、認知的不協和が生じる余地はないはずである。

 逆に、上司の不興を買ったとしても、やりたくない残業はやらない、と決めたとしたら、それは言い換えれば、印象管理動機を犠牲にして、自分の信念を貫くことを優先させたことになる。従って、やはり認知的不協和は生じない。

 要は、自分にとって一番大切な判断基準は何なのか、何を最優先にして行動するのか、を明確にして、実際に行動する際には「この価値観を大切にしたいから、この行動をとっているのだ」としっかりと認識すること。一言でいえば自己認識である。

この「自己認識」が、多元的無知の解消法の2番目のポイント。

 

 状況判断に時間をかけてバイアスを避け、しっかり自己認識して確信的に行動すれば、個人レベルでの無知は、少なくとも回避できる。しかし、これだけだと集団レベルでの無知は解消しない。

 そこで「多元的無知の解消法」の第3のポイントは、同調圧力に負けず、おかしな行動はおかしい、おかしいからやめよう、と表明できる環境をつくること。いわゆる「心理的安全」が確保される場作りが欠かせない。

                                                ・・・(下)に続く