車道を歩行者が横断するために白線で描かれた道。歩行者が無理な横断をしないように作られた模様。
この白線を踏むかあるいは全て踏まずに跨ぐことで紫の鏡の呪いを解く力があったりする。なんのこっちゃい。
隙間風 【すきまかぜ】
思いも掛けない隙間から室内に侵入してくる寒い、あるいは気味の悪い音を奏でる風。大抵の場合お金に余裕があれば縁のない風である。これに出会うと心も体も寒くなる。
武士の一分
(2006 /監督 山田洋次 /出演 木村拓哉 他)
毎月1日は映画の日。1000円で映画が観れるということで学校へ行く前の時間を使って行ってきました。当初は「『武士の一分』は初日だから当日券なんてないだろう。『プラダを着た悪魔』を観てみようかな」などと考えていたのですが、さすが田舎の映画館。平日の朝に客なんかくるかいと鳴きわめく閑古鳥。
さて『武士の一分』です。面白かった。なんていうか「本当に優れた日本映画」でした。日本映画というものの古き良き魂を現代的なアプローチを交えて思考した作品だと思います。こういう純な魂を持った作品を作れる人ってもう多くないんじゃないかと思います。特に時代劇は。
まずこの作品の魅力は確かな実力を持った役者さん達かなと思います。皆さん個性を持った方ですが、自分に付いているイメージを上手に裏切って役作りへと昇華することのできる方々です。
そんな中で特に世間的なイメージを強く持ちすぎているのが木村拓哉氏です。彼の場合例えばテレビドラマなどでは彼のイメージを使ってシナリオが書かれると言われるくらいで、いわばそういったものを観客が期待するくらいの人です。しかしもし彼がその予定調和に甘んじるだけの人であったならその表現力の幅は狭いものになっていたのではないかと思います。
そして今回どうかと言うと、実はそういったイメージをそう裏切ってはいません。うん。もちろん「いい意味で期待を裏切る」ことだけがいいことではありません。むしろ「いつものキムタク」を観たい人からしたらその方がいいはず。でもそれだけではなかった、というのが僕の感想です。それが木村拓哉氏の力なのか、回りの強力な共演者方に引っ張られてそう見えただけなのか、監督の力なのかはわかりません。主人公の深い感情の振幅を「いつものキムタク」の枠を壊さずにしっかり表現していたように思います。うん、よかった。
そしてやはり職人的に作りこまれた時代劇です。細かい礼儀の一つ、生活習慣や風俗の一つ一つに気が配られています。そういったものに裏打ちされた世界観や人物のリアリティは非常に強い説得力を持っています。特に人物の心の動きを描くのに、寝食といった生活を語る上で欠かせない要素を使っているのは妙というか、うまいと思いました。本当にさすがです。
それと音。主人公が盲目であるため、彼にとって音は生活するために最も重要な要素であるはずです。生活音、他者の発する雑音などなど。主人公にとってそれがどんな音なのか、思わず考えながら見ていました。慣れ親しんだ音、自然から発せられる奇妙な音、また聴覚を混乱させる悪意ある音。多分これもすごく考えられています。僕はDVDが出たら一度主人公が盲目になったところから目を瞑り、音だけを聞いて最後まで鑑賞してみたいと思います。
優れた職人方の技術に裏打ちされた日本映画らしい日本映画。じっと胸を打つものを観た人の内に残してくれるいい映画だと思います。
僕は勝手に、『武士の一分』のような映画に大きなお金を掛けヒットさせて制作費を回収できるという時代は終わったんじゃないかと感じています。映像を彩る様々な技術が開発され、映画に視覚的娯楽を求める傾向が強まっているのではないかと感じる昨今、人の動きや感情にじっと感じ入ることに重きをおいた映画は大きな成功を収めにくいのではないかと感じるんです。そんなことはないのかな。
サイレント・ヒル
/ SILENT HILL
(2006 /監督 クリストフ・ガンズ /出演 ラダ・ミッチェル 他)
自分からは多分絶対見ない作品です。怖いから。気持ち悪るそうだし。たまたま観たがっている友人がいて、彼の誕生日会において彼を喜ばせようと主催者が借りてきたDVDをみんなで観たのでした。
いや最近のCGはすごいですね。廃墟街のセットなどもかなり気合いの入った作り込み。そうしたことが功を奏して映像世界がとても綺麗でした。世界観を彩る灰の舞い落ちる街(降雪っぽい感じ)や地下室での光と闇の演出は、CGやその他の特撮技術をなるだけ違和感なく見せるためにも大きく貢献していました。演出と画作りがうまく協力し合いながら、そうした細かい工夫がかなりなされていた思います。
ゲームソフトが原作らしいです。僕はやったことが無いのですが、非常によくできた世界設定と複雑な物語があるようです。ただこれを映画にするにあたり尺や映画的な見せ方を踏まえた結果、それらの要素をできるだけシンプルにする必要に迫られたのだと思います。しかしいくら物語をシンプルにできても世界観をシンプルにするのは非常に困難です。世界観が非日常であればあるほど物語を語るために世界観を説明する必要があります。そして物語が結末に到達するために必要な世界設定も省略するわけにはいきません。設定が省略されると物語が完結しても「えっなんで?」ということになってしまいます。
僕の理解力不足もあるかもしれませんが、『サイレント・ヒル』はその「えっなんで?」が後半噴き出します。結末へ向けてのロジックはちょっとわかりませんでした。しかしそこに至るまでに人物や物語や作品のテーマが非常に丁寧に描かれており映像も綺麗なので、結構最後まで観れてしまいます。そういうやり方なのかな。「えっなんで?」と思ったらゲームをやってごらんという誘いなのかもしれません。ふむ。
気味の悪いモンスターや残虐描写においてCGをチープにするなどして見やすいようにしているのはわかりました。しかしいかんせん物語が残虐性を多く含んでいるので、やはり思わず目を覆いたくなる場面もいくつかあります。
それにしても映像の作り込みはかなり凝ったものです。多分相当ゲームに入れ込んだ人が制作したのでしょう。あまりゲーム原作の映画というのを多く観ているわけではないのですが(『ストリートファイター』と『スーパーマリオ』くらい?)、そうした中においてはよくできているのではないかと思います。
楽しめました。
パプリカ
(2006 /監督 今敏/原作 筒井康隆)
アニメ映画『パプリカ』を観てきました。色っぽい目をした赤っぽい女の子(なんか馬鹿っぽい表現だな)のポスターがなんとなく印象に残っていて、たまたまTSUTAYAのメールマガジンで紹介されていた告知サイトを見、「夢」を題材にしているという話に惹かれて足を運びました。
なので監督が『東京ゴッドファーザー』の人だとか原作が筒井康隆氏だとかということは後で知ったわけです。両氏について僕が知ってることを書いても大したことは書けないので省略しますが、そうした情報を事前に持っていたら恐らくより期待を膨らませたでしょう。他のスタッフ方についても僕が過去に見て面白かった作品に関わっている方々が何人もおられるようでした。
まず主人公が非常に魅力的でした。強気で奔放で色気のある女性。現実世界と夢世界で二つの顔を持つ主人公。一見まったく正反対にも見える二つの人格ですが、双方とも彼女であり双方あっての彼女なんだと思います。二つの顔を通して窺い知れる多面性や矛盾や葛藤が主人公をより魅力的な女性に見せていると思います。彼女の持つ静と動の色気ももちろん作品の魅力です。
そしてその主人公が駆け回る世界がまた魅力的。アニメならではの色彩と動きを持った夢と現実の世界です。こんなふうに動くかいという動きをする家具や人形達、名作映画へのオマージュ、どれもすぐれた色彩感覚に裏打ちされそれでいてユニーク。細かいディテールに目が行くのですが追い切れません。DVDになったらまた観よう。
そして「夢」という題材の魅力。正直作品中における「夢」の扱い方や定義についてはわからなかった部分も多いです。「夢」の働きや「夢」の中で起こったことの現実での作用についてなど、いくつか学問的に説明されたり(されなかったり)もしましたがなかなか入ってこなかったです。でも夢の描き方については十分な説得力がありました。思わず「そうそう、夢ってこうだよな」と思わせるような。
「夢」ってこの映画でも言われているように、まだまだ未知の領域だと思います。僕の場合はこの映画で描かれているような「過去」や「願望」みたいなものが夢に出てくることはほとんどないと思います。といっても大抵は起きたら忘れているのでそれもわかりませんが。ただ圧倒的に未知の感動や恐怖、見たことのない世界や聞いたことのない常識が当たり前に存在する世界であることが多いようです。過去が少し含まれていることもあるけど、過去に経験したことがないことを過去に経験したかのように記憶していることのほうが多いです。
というわけで僕の観るような夢は夏目漱石氏の『夢十夜』や黒沢明監督の『夢』で描かれる夢世界に近いのです。『パプリカ』で描かれるタイプの夢はもっと強い葛藤に囚われている時に見るのかな。夢の作用や影響力など通して『パプリカ』に直接影響を与えていそうなのはテリー・ギリアム監督の『未来世紀ブラジル』です。アンドレイ・タルコフスキー監督の『僕の村は戦場だった』で描かれる夢なんかは『パプリカ』的な夢ですね。他にも夢を題材にした映画は多く存在し、それぞれにいろんな夢や夢の解釈があります。その中でも重要なキーワードは夢が現実に関係し影響してるってことですよね。夢についての興味関心は尽きません。
さて『パプリカ』に話を戻します。夢が現実に溢れてくるという大事件が起きるこの作品ですが、それが描けるのも現実と夢を定義しその間に一度しっかりとした線を引くことができている故だと感じます。原作を読んでいませんが、これは筒井氏の手腕かと思います。そこまで考えるとちょっと小難しいですがそうした背景がまたこの作品に奥深さを与えているんだと思います。
非常に面白く興味深い作品です。
…結局『ある自主制作映画に関する考察日誌』は制作の多忙さに飲みこまれ(言い訳)途中から更新に手が付かなくなっていました(挫折…)。現在制作は編集の大詰め。八月末のクランクアップ以降、なかなかこのブログを更新するタイミングがつかめず、今日までズルズルときてしまった次第です。
少しでも読んでくれていた方がいたかもしれないことを考えると本当に申し訳ないです。
日誌という形ではありませんが、今回の制作の中で得たものについてこれから少しずつ文章にしていけたらと思います。そういった内容も含め、どうなるかわかりませんがまたゆっくりとブログの更新をしていきたいと思います。
よろしくお願いします。