メディア関係者様向け:「草」食恐竜……って,使いどころあってます? | 化石の日々

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オフィス ジオパレオント代表のサイエンスライター 土屋健の公式ブログです。
化石に関する話題,ときどき地球科学,その他雑多な話題を書いていきます。

私は大学院時代,白亜紀の花粉化石を研究していました。
今回は,植物化石をかつてあつかっていた人間として,ぜひ,お伝えしておきたいです。

やはり,メディアに携わる身としては,単語の意味を理解して記事を書いていきたいと思いますし,書いていただきたいと思っています。そんなお話です。例によって,記事を書く上での最低限必要な「認識」と思います。興味をもたれたら,ご自分でもいろいろと調べてみてください。

恐竜の表記で

「草食恐竜」

という言葉をみかけます。つい最近も,某新聞で拝見しました。
今回は,この言葉の意味を考えたとき,「本当かどうか」というのを,次の点から深く掘りさげてみたいと思います。

1.そもそも【草】って何?
今,手元に東京化学同人の『生物学辞典』(2010年刊行)があります。
ここで,「草」を引くと「=草本」と出てきます。
で,「草本」を引くと「茎に顕著な材の発達がみられない植物」と記されています。
「なんのこっちゃー?」と思われるかもしれませんが,ここは「木」のように,はっきりとした幹の存在しない植物という認識で良いと思います。
つまり,木ではないということです。……ということは,当然「草食」という言葉が意味するものは,「木は食べない」ということになります。
でも,樹木にだって,葉っぱもあれば,樹皮だって,食する対象です。
ですから,「草食」という言葉は,あえて食べる対象を限定してしまっているのです。今,あなたが「草食恐竜」と書いたその恐竜は,本当に「草」を食べていたのでしょうか? 葉っぱや,樹皮を食べていた可能性はない?

2.そもそも恐竜時代は「草食」の“草”はあったのか?
「草原」というものをイメージしていただきたいと思います。
たとえば,このような景色を思い浮かべるのではないでしょうか↓

Googleの画像検索「草原」の結果

こうした「草原」を構成しているのは,大抵,イネ科の植物です。イネ,コムギ,トウモロコシ……などの穀物はもちろん,ススキ,アシなどもそうですね。いわゆる「雑草」とよばれる植物も,そのほとんどがイネ科になります。

イネ科植物は,再生能力が高いという特徴と,「プラントオパール」をつくるという特徴があります。プラント「オパール」というと何だか鉱物か宝石のような感じがしますが,これはガラス質の小さな粒です。

イネ科の植物を触っていて,「手を切った」という経験をお持ちの方はいらっしゃいませんか? それはこのプラントオパールの仕業だったりします。

こうした特性をもつため,イネ科の植物を食べるためには,それなりの“工夫”が必要になります。たとえばウマは,その歯の背が高い。これは,“かたい”イネ科植物を食べて,多少すり減っても大丈夫なようになっている,とみられています。

草原が地球上に広がったのは,およそ1800万年前のことと考えられています。そのころの地球環境が寒冷,乾燥化し,それまで地球上のそこかしこにみられた大森林が縮小して,草原になっていったとみられています。ちなみに恐竜(鳥類をのぞく)の絶滅時期は,6550万年前。その差は4500万年間以上です。

……と,いうわけで,恐竜時代に現在のような「草原」があった,というわけではないようです。であるならば,「草食恐竜」は何をたべていたのでしょう?

おそらく樹皮や葉などが食事の対象だったのでしょう。その意味で,

植物食恐竜

という表現が正確です。迂闊に「草食」なんて言葉を使うと,範囲をせばめてしまいますよ。

ここまでをご理解していただいてこそ,次の研究の大きさをご理解いただけると思います。それは,2005年の『Science』に掲載された

「草食恐竜を発見」


という論文。実は上で「草原の発達は1800万年前」と書きましたが,では「発達以前に,イネ科の植物はいつから地球にあったのか」については,化石資料が少なく,謎の部分が多かったのです。この論文では,白亜紀後期という恐竜時代にイネ科の植物がいた証拠が示されたのです。

それは,竜脚類が残したとみられる恐竜の「糞化石(コプロライト)」の中にあったプラントオパールでした。つまり,白亜紀後期にはイネ科植物を食す「草食恐竜がいた」ことが明らかになったわけです。

しかし,「じゃあ,『草食恐竜』って書いてもいいじゃん!」というのは,早合点と思います。
まず,このコプロライトの主が特定されていません。現在の植物食の哺乳類は,種によって実に多様な食性をもっています。このことから考えても,あるコプロライトにイネ科の証拠が発見されたからとはいえ,それを当時のすべての植物食恐竜にあてはめるのは危険というものです。
また,このコプロライトの研究でも,「イネ科を食べていたことはたしかだが,量的に主食ではなかった」とされています。

こうしたニュースを拾えるのも,普段から「植物食恐竜」という言葉の意味を考えてればこそだと思います。



最後にもう一つ。日本の図鑑でも「草食」と表記しているのでしょうか。

手元にある 小学館の図鑑NEO 恐竜 と 講談社の動く図鑑MOVE 恐竜 をパラパラとめくってみました。

これらの図鑑でも「植物食恐竜」と書かれていますね。

う~ん,そうすると,公の場で「草食恐竜」という言葉を使うのは,メディア関係者だけなのかもしれませんよ。恐竜の記事を書くときには,まずはペラペラと,図鑑をめくってみるべきかもしれませんね。


さて,これで「草食恐竜」の表記はどうかわるかな(*゚ー゚)ゞ




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