ミキのつれづれ思うまま♪ -35ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;

71日の夜、突然「覚醒」が訪れたキラキラ あるいは「天啓」。

神秘主義やオカルトに走る気はないんですけどぉ もしかして当たり前のこと^^;、私の目がいま見開かれた目のかもしれない。



先日「ホトトギスの確信」なんて、家康の句(-伝-、)を分析しちゃったからかなぁ。


突然ひらめいちゃったんだよね。



過去は確定された事実。もう変更できない。

現在は、未来をという糸を空気中から紡ぎ織りなしてゆく(確定している)、まさにその現場。

そして未来は…. まだ起こっていない(確定していない)がゆえに、自分で書き換えることができる。いま考える「きっとこうなるだろうな」というあきらめに似た気持ちのままで、むざむざと不本意な「未来」を受け入れることはないのではないか?....



と、ハッとして、


それなら、未確定の未来を書き換えるにはどうすればいいか?と考えたら、

「完了形で表して、それが本当に起こったと、心から信じればいい」と思った。



つまり、今は20107月だけれど、たとえばこの10月に予定されているバレエ発表会のことを、



201010月末、気持ちよい小春日和の日曜。ナポリのテレシナを、初めてのトゥシューズで、自分の持てる以上の力で、楽しんで踊ることができた。家族や友人にも喜んでもらえた。私の、バレエと音楽が好きな気持ちを分かち合ってもらえて、とても幸せな時が持てて、よかった。 感謝。>



と、書いてみる。



最初、私は過去形で書くことができなかったので、現在形で「こうあるべき」未来を書き出してみた。

それをそのまま過去形で綴り直してみた。



こういうの、誰かの本で読んだこと、ありますね?

「ザ・シークレット」なんかはまさにこの手の話でした。

まだ起こっていない未来(自分の希望)を、確信して過去形でつぶやいてみる。あるいは信じる。



そうです、言われてきたことなのです。私の大発見でもなんでもありません。

ただ私は、そういうの読んで「知識として」知ってはいても、できなかった。


なんとなく突拍子なくて胡散臭くて(笑)、「信じるものは救われる、かい?」、心から本当に理解して、「そう、そのとおり!」と納得して実行できなかった。

だけど今は、自分自身がその「メカニズム」をわかったような気がしています。



過去を認識できるのなら、どうして未来に働きかけられないわけがあるでしょう。

私たちはただご飯を食べて生きているだけはない、魂は自由な存在なのですから。

無力ではないのですから。



いまは転んでいますが、私は28歳でクリスチャンになりました。


とても大きな挫折があり、「これ以上、不確定な未来を、道しるべなしで歩いていくことができなく」なってしまったからです。打撃は胸とお腹の奥深くに達していたようで、そのショックのあと数ヶ月も経ってから影響が出ました。起きられなくなってしまったのです。 希望が、なくなってしまって。



一生懸命がんばっても、心で祈っていても、叶わないことがある。

何年も心血を注いだ「人生の一大プロジェクト」が無残に崩れ去るなら、もう怖くて頑張れない。


誰が私の人生をガイドしてくれるの?

 そんなギリギリの思いで飛び込んだのが教会でした。 二月の大雪の日曜でした。


子供のころ日曜学校に行っていたから親しみはありました。でも、大学のとき人生に迷って教会に行ってみたけれど、信じられませんでした。教会に集う人々の「環境」もあると思います。牧師も大きなカギです。少しでも「まやかし」「胡散臭さ」を感じたら、冷めてしまいます。


その「困って行った2月」のときは、本当に恵まれたんですね、教会に、牧師に。それまでに行った教会とは雰囲気や、活性の度合いが違っていました。


すぐに信じることができました。

ちょっとだけ試行錯誤の時間がありましたが、パズルのある1ピースがわかったらどんどん他も埋まってゆくように、「ビックリマーク」と眼を開かれる瞬間がありました。


先生が教えてくれる聖書の話が、まるで家の壁を少しだけ割って骨組みを見て、ああ、見えなくても中はこんな仕組みになっているのだとわかるように、すべてが理解できました。


「すべてが」理解できなくても、きっと他の部分もこういうふうに木が組まれているんだろうなと予測できるみたいに、安心して確信できました。それで、先生たちも驚く早さで洗礼を受けたのです(水に浸かりました)。

信じることは、ある意味、自分を何かにゆだねる(自分自身にしがみつかずに開放する)作業でした。



残念ながら、そんな貴重な体験を受けておきながら私は離れてしまったけれど、今回の「天啓」はそれと似ていました。頭上のモヤモヤと厚い雲が一箇所だけさぁっと晴れて、光がまっすぐ差し込んだように、すっきりと理解できました。


さて



私は三年先までの予定を「確定」しました。

あとは、物事がそのとおりに進むのを、拝見したいと思います。


.... と、ここまで、揺るぎない自信で書き切ったと同時に、まったく反対側の、これまた真実だろうと思う言葉が頭をよぎります汗



【なるようになる。ならないようには、ならない。】



だからまぁ、さらに続く言葉は、「果報は寝て待て」!? ジタバタしても始まりません。


こんなこと言うと、まるで今まで上で書いたことがムダになるようですが、そうではないと思います。


自分がある方向性を望んで生きていく。中には無理なものもあるかもしれないけど(好きなことが思い通りに叶ったら、社会性や公序良俗に反するものも出てくるかもしれないじゃないですか。あるいは誰かの不利益とか)、叶う(=確定される)ものは、叶ってゆく。時間という審査を経て。



その取捨選択と確定の結果が、いまここにいる私なのですからねにひひチョキ とりあえず。



ちなみに私は、「ラップランド地方までわざわざ行ったのにオーロラに出合えなかった」「インドのダラムサラに1週間以上もいたのに、ダライ・ラマの握手会を逃した」とか、そういう小さないくつかのこと&大きなたった一つのことを除いては、いまのところ、まずだいたいの望みか叶っています。ある種、自分が思い描いていた生活を手にしています。


改めて、自分でも驚いてしまうくらいに。


それは、とんでもなくゴージャスであったり夢のような暮らしではないけれど、堅実に安定していて、心身ともに健康で、やりたい方面の仕事をやり、休みや好きなことを充分に楽しめ、よい友人や仲間に囲まれて、独立できている「自由な」暮らしです。




なんかこう、昨日から引っかかっていることがあるんですよねヽ(`Д´)ノ

なんだかわかっています。昨日の入籍話関連です。




それは、彼女はまぁ普段は控えめないいコなんですけど(シンは強くて頑固な面もあるけど)、昨日、「わ~、おめでとう~!」と囲まれた中で、そこにいた3~4人に向かって、




「私が出来るアドバイスがあるとしたら、自分の思い込みだけじゃなくて、人の話も聞く、ということですね!」




 と、唐突に言ったことでした。


は? アナタのアドバイスなんて誰も仰いでないんだけど???

年齢は、彼女より上も下もおり、とりあえずみんな独身。

ま、彼女はもとが上司さえ気を遣う頑固さだったのが、ここ数年ですごくやわらかく、話がわかる、イイ感じになっていたので、これはまぁ、「人に」というよりは、自分の来し方を振り返って、自分はエラかった、私、変わったなぁ とちょっとコメントしてみたかっただけなのかも知れませんが。




ちょっとその場の違和感は拭えませんでした。

突然入籍したからって上から目線はないだろむかっ




自分にもしもこういうささやかな「晴れの舞台」が与えられたなら、私は「今まで私も属していた独身嫁き遅れの会」のみなさんに、もっと思いやりを持ってやさしく接するようにしよう!

長いこと世話になったのだから!


一人が気楽、いい人がいない と言っていても、本当に「いいの、私は一生独身で!」と、確固たる決意を持って暮らしている人は、そんなに多くないはず。または、そう思う時期があっても、年をとってくると「やっぱり誰かいい人いないかな~」とさみしくなったり。そこはやっぱり女の子ですからね。

そういう気持ちを自分も持っていたことを忘れないで、あまり有頂天にならないよう。とりあえずそんな心配など、今はぜんぜん要らないのに戒めていた私なのでした。

^^;;;


朝の車窓風景が流れていくのを見ながら、なぜかホトトギスの句が頭によみがえりました。



信長: 鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス

秀吉: 鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス

家康: 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス




信長の性急さは理解できます。鳴くのが商売の鳥が鳴かないなら、ただのごくつぶし。糞の紙を取り替えるのもめんどくさいし(←my real life)、だらだら世話をするのはごめんだ、ええい、殺してしまえ! (思い切りがよろしい。)


秀吉は偉いですね。技術者みたいです。あるいは「どんな女もイカせてみせるぜ!」と日々努力する(?)性豪(失礼)。なんにしろ、なんとなくチョコマカして小者っぽい。



家康、本日私の心を打ったのは、家康さんの句でした。

「鳴くまで待とう」、なんという寛容な心構えなのでしょうか。

(家康の肖像画を見るとただのタヌキおやじ、老獪にしか見えませんが ^^;;)

本当に寛容だったのではなく、それが単に計算された戦術だったとしても、彼が待った年月は長かった。

並大抵のものではありません。




この三人はそれぞれ、153415371543年生まれ。歴史に出てくる順番通りの並びですが、最初の信長と、最期の家康は9歳差。信長が本能寺で自刃したとき、家康39歳。そしてそのあと豊臣を滅ぼし、自身が征夷大将軍となって江戸に幕府を開いたときは、もう還暦になっていました。つまり、ちょっと年上の二人が歴史の舞台で華々しく脚光を浴びて(そのあと無残に滅んで)いくのを、自分は60歳になるまでじっくり観察しながら、巻き返しの機会を狙っていたのです。なんという気の長さでしょう。昔の60歳なんて、もう命がなくたっておかしくない高齢でしょうが、ヤケになることもなく、本当にうまく我慢したものだなぁと感心します。(彼は73歳まで生きました。)


私が本当に「すごい」と思ったのは、「鳴くまで待とう」とは、「鳴く」のを確信していたということです。

鳴くか鳴かないかわからないものを、とりあえず待ってみたら30年も経っちゃいました~♪とか、そういういいかげんなものではなく、確かな覚醒と意思を持って、「鳴くまで待とう!(キッパリ!)」と断言しているのです。



すごいなぁ。 「未来を見据える意志の力」。

そのほんの少しでも、私もお守りにしてあやかりたいものです~~(-^□^-)



今朝は、友達から社内メールで「サンヒョクじさつしちゃったじゃん!」というメールで幕が開いた。

実際は電話がかかってきた。

相当動転したのだろう、「自殺」が平仮名だった。


メールをくれたのが20分前で、いつもならすぐ見て、見たら当然スペースシャトル並みの速さで返信があるはずの私が「なしのつぶて~」だったからだろう。

私のオフィスで、上司とうまくいっていないという人のグチを聞いていたところだったから。




いきなり電話がかかってきて、

「メール見た?」

「ごめん、まだ」

「サンヒョク死んじゃったじゃん」

「は?」


…. パク・ヨンハと言ってくれよ! なんだってそんな昔の役名がすぐに出てくるんだい!

それほど「冬ソナ」は、彼にとって「心の名作」であるらしい。

 なんだけど~、ドラマがまだ放送されていたときに、「ね~、最後にチュンサンって目、見えなくなっちゃうんだって~! 母親情報で~!!!」とか結末を言ってしまって、しばらく口利いてもらえなかったのは私です 

^^;;;

悪かった。こんなに彼が思い入れているとは知らなかった。反省。ごめんなさい(前も謝ったけど、改めて)。




えーー???? パク・ヨンハが自殺~~????

なんでーーー???? もったいないーーー!!!!!

今日のYAHOOに<「モッタイナイ」、まずはこの言葉を口ぐせに>とあったのが、早くも頭の片隅に残っているらしい。学習能力高すぎるな。(単に感化されやすいだけ。)パク・ヨンハの訃報に、いきなり「もったいない」が出ちゃったぞ~~~。



それにしても、なんでーーー???


胃がんのお父さんの看護がつらそうだった、って、そういうことで自殺しないよね~。その人が大事だったら、何とか最期まで看取ろうと思うでしょう~。それも重荷になりつつ、やはり自分に何か思い悩むことがあったんだろうなぁ~~~~。




有名人の自殺や死に様は、その人を個人的に知らなくても、常に結構ショックである。

テレビや映画などのメディアを介してだが、演じられた役とともに笑いともに涙してしまうものだから、きっと一方的に、「いい人だったのにね~」的気分になっているのだろう。


自分と「近い!」と思う人ほどショックも大きい。私なら、たとえば独身、女性、年齢。かかった病気、乗り越えた困難など。「え~、同じ時代をがんばって生きてきたのになんで~??」と思ってしまう。




私の場合、この手のことで最大のショックは岡田有希子だった。大学の入学式の帰り、都営地下鉄の車内で聞いた。ものすごく驚き、落ち込んだ。年のころも、年上相手の恋に悩んでいたらしいということも共通していたから、本当にショックでその後数日はぼんやり過ごした。

最近では飯島愛。あんな有名人でも「さみしかった」。そして、死後数日も発見されない「孤独死」だったことが。




そんな物思いにふけっていると、さっきから私のオフィスの前をウロウロしていた子が入ってきて、「ミキさん、実は私、入籍しました」と言うではないか。まるで「昨日は道が混んでいて、家まで30分余計にかかりました」というくらいの何気なさで。


えーーーー??????

入籍ぃ~~~???????

つきあってたことさえ知らなかったんですけどぉ~~~…….. ^^;;;;




彼女は長いこと親しくしてくれて、お互いなんでもいろいろ話してきたので(と思う)、あまりの意外さにびっくりしたけど、よかったね~、と言った。ほんとによかった。確かに驚いたれど、昨年暮れに聞いたほかのカップルのときのショックに比べれば1/10くらいだな。あのときの衝撃波には完膚なきまでに打ちのめされたからな~。

どうも最近、私の周囲では「電撃結婚」流行りです 

^^;;;;




入籍というめでたいニュースを聞いても、その直前の心の位置が「パク・ヨンハ自殺」という↓↓↓なものだったので、なんかちょっとあまりに急で、対照的な二つのニュースにクラクラしました。落差が激しすぎて。





世界は日々忙しい。

誰かがラブラブだったり、別れたり、病気になったり、死んだりする。

いつか確実に自分の番が来るものもあるし、経験せずに終わる物事もあるかもしれない。

普段のつき合いを外れ他人のそういう報に接するとき、いい意味でも悪い意味でも自分が「どれだけ動揺するか」は、不意に相手と自分の立ち位置を測る、素直な「リトマス試験紙だな~」と関心するのでありました。普段見えない自分の本心がチラッと見えてしまい、「ああ、私って、この人のこと、こんなふうに思っていたのか。。。。」という発見があったりするのです。