ミキのつれづれ思うまま♪ -32ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;

23歳の母親が3歳と1歳の子供をワンルームマンションに閉じ込めたまま放置して遺棄して顧みなかった事件が起きた。子供たちの泣き叫ぶ声が聞こえなくなって2ヶ月も経ってから、一部白骨化した腐乱死体で見つかった、と。




母親の写真を見たが、まだ子供だと思った。

母親自身が。まだあどけない感じ。この人に子供が二人いただなんて、なにやら痛ましい。

まさに「子供が子供を育てる」構図だったのではないか。

(それにしてもプライベートで正面から撮った写真が流れるなんて、友達に売られちゃったんだね。)


私が23歳だったとき、3歳と1歳の子供の「母親をやる」ことなんて、考えられなかった。

大学を卒業して翌年。

バブルで世の中メチャクチャにお気楽な頃だったし、まだ「遊びたい盛り」というか、私の場合はバックパックのアジア旅行だったけど、半年バイトで働いて、半年インドに行こうとか思っていた。「若いしなんでもできるさ、好きにやろう!」的ミョーな万能感(?)に酔っていた時期だった。



この母親は20歳でもう上の子を産んでいた。ブログには「子供に愛情を惜しまないいい母親」を綴っていたようだし、実際その頃は「その愛情」は真実だったのかもしれないけど、いかんせん若すぎたんだろうな、自分の人生をコミットするのが、きっと。


20歳―。知らない世界が、まだまだ山ほどある。 社会に出たてのヒヨッコだもの。

私たちの頃は「大学デビュー」なんて言っていたが、高校までは地味でも、大学生になって急に化粧したりきれいな服着て彼氏もできて遊びまくって、「この世の春」を謳歌しだす。


実際男女とも、若くてきれいで元気で楽しくて、確かにある種「いい時期」ではある。


そういう「自分の人生での華やかな楽しみ」を知らないうちに、「子供がかわいい」と内向きに充実してしまう。それでちゃんと育てられる人はいいのだけれど、子育ては思い通りにはならないだろうし。



この母親は、「子供大事・子供かわいい」一辺倒のブログから、下の男の子が生まれる頃に「もうどうにでもなれ!」ってやけっぱちになるような変化が見られたという。

大方ダンナが浮気でもして嫌になったか。

自分が妊娠→子育てと大変な思いをしているときにダンナに浮気をされることは、浮気の中でも一番許せないものであるらしい。

気持ちはわかる気がするが、私は「妊娠中に浮気をされる」経験がないので「であるらしい」としか言えない。(確かに許せないだろうなぁ)



彼女の場合、それからダンナと離婚して、若い身一つで地元を離れ、風俗で働き始めた。

そしてホストにハマった。(一番救いのない世界ですね... )

そりゃ~子供なんて邪魔でしょう。 そもそも夜の淫猥な世界を「楽しい」と思ったら、子育てなんて「骨が折れる正しい昼間の世界」は対極にあるものだから。そして好きな男ができてその人を追いかけるようになったら、ワンルームに置き去りにされた子供たちは悲惨な運命だ。



子供に愛情のあふれたママは、外の世界に眼が開かれて、もう子育てに疲れた&飽きちゃったんだね、きっと。子供に熱中したのはもしかしたら「ある種のマイブーム」だったのかも知れないし(この若さなら、そういうこともあり得ると思う。あるいはかわいいと思ってペットを飼って、思っていたより世話が大変で、飽きちゃうような感覚。)


それが「人生に未経験部分の多い若い親」も怖さだろうなぁ。

本人にもどうしようもない部分もあるのだと思うけれど、私が思うことはひとつ、「若すぎるうちに子供を持たないでほしい」ということだ。



望まない(あるいは準備のできていない、時期尚早な)妊娠はしないのが一番だろう。

推奨する気はもちろんないけれど、見切り発車で「デキ婚」して数年後に子殺しというひどい罪をするくらいなら、深く反省しつつ、早いうちに「生まない」決断をするのも勇気と思う。

いけないことだけど、でも親がしっかりしていないうちに「子の面倒を見る」なら、共倒れにならないとも限らない。その辺の助言は、本人を知る周りの大人が慎重にしてあげたほうがいいと思う。



もう一方で思うことは、この子供たちがなんとか生き延びたとして、虐待あるいはネグレクトされ続けて大きくなったら、ロクな大人にはならないだろうということだ。

しょうもない親から生まれて育てられ、途中で自分で気がついて、親とは違う、「まともな」道を歩む人もいないことはないだろうが、まぁ将来は親がしっぺ返し(刺されるとか)されるのがいいところだろう。

子供はいつまでも「子供」ではない。 知力体力的に、どこかで親と逆転するときだって来るんだ。


あまり子供を粗末にしないほうがいい。

私はいつもそう思っている。



それは社会的にも言えることで。

子供は育って、20年もすれば社会を支える存在になってくる。

だからあまりないがしろにしないほうがいい。

目先の人気取りだけじゃなく、本当の意味で子供のことを考え、将来のことを考えることは、子供のいない私にだって関係することだ。年をとれば、あらゆる意味で、自分より若い人のお世話になるのだからね。


この可哀想な二人の姉弟を死に追い込んだのは母親だけど、広い意味では「この社会」が殺したんだと思う。

母親がここまで思いつめてもヘルプの手が差し伸べられない。

子供が断末魔に泣き叫んでも、近隣も、行政も、結局誰一人として「本気で助けよう」とはしなかった。


もしも私がこのワンルームマンションの隣の部屋に住んでいたら、本気で通報する。

ちゃんと誰かがカギを開けて入ってくれるまで、絶対にしつこく通報する。

尋常じゃない事態はわかるものだし、仕切っただけの隣のベランダが生ゴミだらけだなんて到底耐え得られないからだ。臭いだってゴキブリなどの害虫だって凄かったはずで。そんなの、あらゆる意味で放っておけない、我慢できない。


隣の部屋で二人の子供が死ぬまで泣き叫んで、本当に死んで腐乱するまで気がつかないなんて、一体どんだけ大邸宅に住んでいるっての? たかがワンルームマンションで、壁を叩けば筒抜けなくくせに、そんなわけないじゃないの。



性交渉が早いうちから始まり、できちゃったわ→結婚したわ→離婚したわ、があまりに安易で不幸の種をどんどん生産している気がして(世の中と家庭が複雑になり、一人前でない子供が一番かわいそう)、よくよく考えてから後戻りのできない道に進みましょうね!と、声を大にして叫びたい気持ちです。














先週、とうとうゴーヤ苗を調達しました ^^; ベランダに、遅ればせながら「緑のカーテン」を作るため。



もうシーズンも終わりで、最後のひと苗でした。心細いので、朝顔も一鉢調達。今頃本当は、もう「カーテン」&収穫になっていてもいいころだもんね。(うまくいったら来年はちゃんと5月に苗をゲットしよう。)

あまりにもあづいので、やれることは何でもやろうという感じ。


あいかわらず、エアコンは自分自身が「一日中つけっぱなし」で回したことがないので、コスト面でも機能面でも心配(留守宅でつけっぱなしにするのが)。なので、ムリはしない(どうしようもなくなるまでは)。



私が家にいて、キッチンで食事の準備をしているとき、ロロ@オカメインコがずっと鳴いている。

つられるようにルディ@セキセイインコも鳴き始める。

二羽とも、私がそこにいるのを確認するみたいに、「びゃぁ~!」「ピョリッ?」と、呼びかけるように鳴いて、そのつど私は「はーい、ロロちゃん!」「ルディちゃん、ここにいるよ!」と、キャッチボールみたいに返事をするのだけれど、あまり長いこと私が姿を見せないと、だんだん叫ぶ声が大きくなってくる長音記号1(笑)



声が大きくなってくるとご近所が心配なので、部屋の間のドアを閉めたり、鳥ちゃんたちから私が見える位置にケージを移動したりする。


私がそこにいるのが見えても鳴く(笑)


私もいろいろやることがあるので、片付けねばしょうがない。


平日は会社から帰宅して→ 夕食を作って→ 食べ終わって→ 洗い物をして流しをきれいにしてから、ようやく鳥ちゃんたちのフリータイム!



まずはお兄ちゃん(先住)のルディから出す。

以前のルディは、カゴから出るや否やパーーッと部屋中を飛び回って、お気に入りの鏡の前に止まってヨロコビを体中で表現していたものだけど、最近ちょっと様子が違う。

出るとまず首を伸ばして、私の「鼻キス」をせがむ。

暑いと思うんだけど、私の鼻の下に頭をうずめるのが大好き。目を瞑っておとなしくしている。この位置だと私もルディの匂いがかげるので大好き♪(セキセイを飼った人にはわかる、あのかぐわしい「インコ臭」ですヒヨコ



そのまましばらく、何分も、私の指から飛び立たずにじいっと鼻の下に入りたがる。鼻を離すと、また首を伸ばして催促する。

なんだか甘えっ子になってしまった。


ロロをお迎えしたことで、それまで私と二人っきりで愛情をひとり占めできていたものだから、やっぱりちょっと寂しいのかもしれない。そう思って私は、基本的になんでもルディを優先している。


ロロの方が声も身体もパフォーマンスも大きいため、ふと気がつくとそっちに振り回されていたりするので、そういう意味でも、ルディを優先的に気にかけてあげるのはいいことだと思っている。

ミキのつれづれ思うまま♪


ルディが落ち着いた頃合いを見計らって、ロロも出す。

ロロはもう、やんちゃ盛り。出た途端、以前のルディのようにばーっとあちこちを飛び回る。

眼が好奇心できょろきょろしている。



同じ部屋にいて、私はパソコンをしていることが多いかな。キーボードの上を邪魔しながらロロも目の前にいて。あるいは二羽はそれぞれ見える位置で、カーテンに昇ったり藁をかじったり、鈴の入ったボールを転がしたりして勝手に遊んでいるけれど、このコたちといると、本当に、「ただ一緒にいるだけでいい」んだな、と強く感じる。


同じ空間にいてそれぞれ勝手なことをしていると、互いにたまに寄っていって「何してるの?いいコにしてる?」と言ってみたり、私の肩や頭に止まってみたり、鳥同士もちょろちょろちょっかいを出しながら、みんなリラックスして楽しい。


最近ルディは「おにいちゃん!」、ロロは「ロッちゃん!」という言葉を覚えて言うようになった。



二羽とも、ひとしきり遊んで歌ってはしゃいだあとは私のところに帰ってきて、両肩にちょこんと止まる。

私が席を立ってキッチンに行くだけで、鳴きながら飛んでくる。私の行くところ、狭い家の中なのに、必ず二羽も一緒に飛んでくる。 なんて甘えんぼさんたちなのだろう!



姿が見えなくなると途端に鳴きだして、ついてくる。

すごく人間くさいというか、幼子のようというか。




本当に愛しいもの。 あたたかくて気持ちのいっぱいある、小さくて活発な、翼のある命。



16年にもなってしまったひとり暮らしは、どこか殺伐として精神的に救いがなかったから、このコたちがいてくれて、心から、よかったなぁと思う。とても助けられている。 鳥ちゃんたちが私のおもりをしてくれていると実感する毎日です ^^



ミキのつれづれ思うまま♪

写真は本日横浜小鳥の病院に通院した帰り、立ち寄ったカフェにて(私がお腹が空いてしまってショック!) 

ルディは普通のセキセイインコだけど、見た人みんなに「きれいな色ですね~ラブラブ」と言ってもらえて、いつもとてもうれしいのです(私が)。

電車の中で、「はて、何やら可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえるが?」と思ったら、うちのルディがゴキゲンで歌っていたのでした汗(←親バカ)





















うなぎパイをお土産にもらった。

こんな暑い中を浜松まで行ってきたのね! ご苦労さま。



中学か高校のとき?多感な頃、話題になって妙にウケていた、この、「夜のお菓子」というキャッチフレーズ。

ご丁寧に、A snack for nights と、英文までついている。

裏には、「…. あなたの暮らしに微笑みのひとときを与えるお菓子です。」とあるが、これは間違いない。 私はこれをお土産にもらうと毎回つくつくと眺めてしまうけど、そのたび「なんだかな~~~w」とウケてしまうのであった。 すっかり大人になった今でさえ。(肝心なお味の方は大したことないと思う、正直言って。)



秋葉原事件の公判の様子などをネットで読んだ。あの、ちょっとスカしてピースかなんかしてる(だったかな!?)昔の写真が嫌い。

私の嫌いな人にそっくりだからだ。 本当にそっくり。


その人のことを、昔は好きだった。すごく。同い年だけど、「師匠!」みたいな気分で慕っていた。

自分の考えをしっかり持って、どこか危なっかしいところもあり、すごく大人びて見えた。

ちょっとだけ、親密にしたこともある。
私の目にはとてもまぶしかった。


ちょっとだけ親密なことがあっても、ちゃんとつき合ってはいなかった。でも、いつもなんとなく近くにいたかな。


その彼が年下の彼女を作り、数年つき合った後振られ、精神的におかしくなった。

メソメソして夜中に電話をかけてきて、「たった今も腕を切った(今で言うリスカ)」とか言うのだ。

たくさんたくさん薬を飲んで、たしか救急車で搬送されたこともあった気がする。

お見舞いに行くと、くもった病室の窓に(冬だった)、彼女と住むはずだった夢の家の間取りを描いた。

ばかみたいで、吐き気がした。



そのころの彼は、夢遊病者のようになっていたのかもしれない。現実逃避をして。

私は強い彼を好きだったから、この辺りで相当愛想が尽きていた。

そんな私に、薬が言わせたうわごとなのか気が変になったのか、「俺は子供は残したくない。だけど、もしも残すなら、ミキかマサヨ(私の親友)に生んでほしい」とか言われ、これは今でもある種のスティグマとして私の記憶から消えない。 きっと本人は全く覚えていないでしょうけどね。



入退院を幾度か繰り返したり薬を山ほど飲んでいた彼は、色白で水太りして、とてもだらしなく見えた。

どういう趣向か髪をまっすぐに伸ばし、これがまたツヤツヤ黒髪の見事なストレートヘアで、もう外見は完全にオタク。元が小柄で細身なため、満員電車で(間違えられて)痴漢に遭ったと言っていた。

痴漢した輩もビビッたろうな。 ないはずのモノがあるんだから。



なんだろう、私は「本当に」彼を嫌いになってしまった。

長い時間をかけてどんどんオリが溜まっていって、いまやそれは払拭不可能だ。

10年位前に仲間内で飲み会をやったけど、嫌過ぎて彼を直視できなかった。

夏だったから、豊満な身体に白いワイシャツの、ボタンとボタンの間がはちきれそうに引っ張られているのを見てウンザリしていた。長い髪を束ねているのも気持ち悪かった(ザンバラでもやだけど)。


そのときに彼の結婚報告もあったのかな? 「へぇ~、モノ好きがいるもんね、よかったじゃん」と思っただけだった。

ずっと来ていた年賀状も「いらない」と思っていたのだけれど、ちょっとした行き違いから私が彼をシャットアウトしてしまう小さな接点があって、それ以来こなくなった。 よかった~~~。

彼の消息なんか聞きたくないのよ。 まったく興味のないことなんだから。



私は、「人を嫌いになるには理由があって、それは、その相手の中に、どこか「自分と同じ」ものを見るからじゃないか」とつくづく思っていて、たいていはその心当たりもあるのだけれど、彼の場合、どうしてこんなに「どうでもいい人」になってしまったのか、自分でもよくわからない。



きっと若い頃に焦がれるように憧れて、好きで、でもそのあとで彼の情けなさぶりや女々しさや、えらく水太りをしたことなど、裏側を嫌というほど見せつけられて、「なんだかこれ以上はないってくらいに堕ちてきたなぁ~~~」とガッカリしてしまったんだと思う。崇拝と恋愛を重ねて彼を見ていたから、もう生理的にダメになったんだな、きっと。



そんな彼に、あの事件の犯人の「昔の写真」が似ている。

それはその人には全く関係のないことなんだけど、サイアク。