ミキのつれづれ思うまま♪ -30ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;

しばらくご無沙汰していました。


周りで(私自身ではない、)「一身上の」様々な出来事があり、ちょっと本格的にやる気をなくしていました。やる気をなくし、かつ、落ち込んでいたというか、とにかくもう「ブログを書ける」心境ではありませんでした。 何もかも意味のないことに思えて。

万年頭痛というか、脳ミソに霧がかかった状態というか。



仕事も退屈だしー。

決まりきった、繰り返しだけの毎日だしー。

朝起きるのだんだん遅くなって、毎日が遅刻ギリギリです。





なんか、実感、とか、リアリティ(同じこと?)がないのよね。

も、ゴハン食べるのもめんどくさくなって、「納豆タマゴ」で済ませたりしていました。




鳥ちゃんだけが、かわいいですね、相変わらず。

このコたちがいてくれてよかった。もしいなかったら、私は精神的にもっと荒んで救われなかったろうな。

手の中の小さな、温かくふくふくとした命。

理由抜きに愛しいです。





ヒマにまかせて、ネットでくだらないテスト(占い?)をしてみました。



どんなキケンを抱えてる? 人生リスク度テス


http://contents.insurance.yahoo.co.jp/column/psychology/index.html?d=20100816


テスト結果> リスクなし。成功も間近




あなたが今、どんな状況にあったとしても、悲観することはありません。きっと、現時点であなたは自分の力を信じて、努力を惜しんでいないでしょう。であるならば、あなたの将来にはどんなリスクも見当たりません。小さなチャンスをきっかけに、人生は成功へと導かれる可能性が大です。成功したのちも、慢心することなく努力を続けることで、さらに大きな幸せが手に入るでしょう。


 だそうです(笑)



今の私は昔の努力の「貯金」で生きているだけで、現時点での努力はほぼなんもしていません。

(バレエのトゥシューズでの踊りだけは別ですが ← つまり、努力しています)

とても後ろめたいが得な体質(?)で、仕事も、「ものすごくやっている」ように見えるらしく、みなからそのように言われ扱われ、大変に恐縮しています。(私の実情を知ったらみんなひっくり返るよ ^^;;)




化けるのがうまいのかな? 「忙しいフリ」が上手なのは、きっとそうなんだろうな。

ひとつには、割りと目立つ(大きな)部分で出て行って、仲介して取りまとめたり、データを突きつけて改善を迫ったりするので、要所要所を押さえていると言えるかもしれません。





でも、ま、とにかく、くだらん占いでも「ダメ!」と出るよりは「イイネ!」と出るほうがうれしいに決まっています。





少しは前向きに歩いてみようかな。

まだまだ猛暑で、それだけでとりあえず挫けちゃうんだけど ^^;;;



猛暑ですよね。酷暑ですよね。

なんでしょう、フツーじゃないですよね(><;)

昨日なんて、ちょっと涼しい?と思う家の中が30℃ちょっと。

外に出れば「まるで室外機の空気の中にいるみたい!」で、どんだけ違うのかと測ってみたら、たった34℃の違いでした。 本当に? たったそれっぽっちでこんなに違う??????




室外機の吹き出し口の前に短パンで立ってみたら、サウナスーツみたいで気持ちよかったですよ(サウナスーツ着たことないけど)。なんだかんだ言って脚も冷えてむくんでいるので、熱風に当てたあとはちょっと軽くなった気がしました。 これは、夏の新陳代謝向上に使えるかも!




昨日はカイロプラクティックの日でした。

今まで隔週で月に二度行っていたのですが、一回5千円、毎月1万円に出費になっていました。

ここのカイロは上手だし、身体を使う上で(バレエや、歩き方など)のアドバイスも的確にもらえるので、ある種のホームドクターとして重宝してきましたが、今回から月一に減らしました。

バレエの発表会が二ヵ月後に迫り、小鳥を電車で1時間離れた横浜の病院までやっている身としては、時間的にも経済的にも(←こちらがメインの理由、)厳しくなってきたからです。

実際、なんでこんなにお金がないのかな?と思ってしまいます。(よっぽどカネ遣いが荒いのか?)




バレエはレッスン料は安く抑えてくれているけれど、交通費や食事代がかかる(仕事帰りに行くのが多いので、私、おにぎりやサンドイッチでは済ませられないので、ちゃんと食堂で食べます)から、かれこれ馬鹿にならないし、小鳥の病院も隔週ならば月1万円を超えます。




昨日のカイロは先生にさんざん文句を言われたけど(こんなに間が空いたのは初めでですね、とか、固まっていてひどいですね、とか、さまざまいろいろ)、先立つものがなければしょうがないだろ!!!

カイロも整体もマッサージも、その時はものすごくほぐされ身体も気持ちも楽になるんだけど、一晩寝れば、別に普通な感じ。


隔週で行ければなかなかラグジュアリーですが、そんなにお金をかけていられません。

残念ですが、月一で内容を濃く、それで済むように仕上げてください。 お願いします(→先生!)




暑くて汗っぽいせいか、顔中がぴりぴりして、首・足、腕などもひりひり痒い感じがします。

昨日は買い物にも出かけなければならず、UVプロテクターを塗ってお出かけしましたが。

皮膚感覚がユーウツで、嫌なことこの上もない。


こんなに不快な私、どんな風に見えてるんだろう?と店の鏡を覗き込めば、いつもと変わらぬつるっとした顔(昔から化粧をしないせいか、お肌はまずまずです)。

そうか~、内心こんなに気持ち悪くても、外からは全くわからないんだな。

人は外見からは、心の中で何考えてるかなんて、全くわからないんだな。

当たり前のことでしょうが、なんだか改めて新鮮な発見でした。


何か事件があると、「あの人はいつも挨拶をしてくれる礼儀正しい人だった」とか、「感じのいい人で、全然おかしなところはありませんでした」など、近くにいる人のコメントが、必ず出てきます。

結局のところ、その人が何を感じて考えているのかなんて、誰にもわからないのですよ。

もともと、どんなに言葉が上手でも、すべてを語りつくせるものでもないのだけれど。

無口な人なら、なおさら。




そういう土台の上に、現代はさらに、思考がおかしな方向に流れていって淀みがちだということがあります。

誰かに泣き言を言ったり助けを求められず、一人暮らしのアパートに閉じこもるように、自分だけで抱え込んでしまう。

悩みを口にしただけで、気持ちが整理されて楽になる、ということもあるんですけどね。




暑いし、お金はないし。


私、二年ほど前から個人的にファイナンシャルプランナー(FP)にかかって運用投資をしているのですが、そちらも軒並みマイナスです。金額的に総合すると、13敗くらいです。

投資をしているといっても、別に「一山当てよう」とかそういうのではなく、20年、30年後に年金だけでは暮らしていけないと思うので、その時のための生活費作りです。


無理をして投資資金を捻出しているのではなく というか、もらった給料を毎月きれいに使ってしまう気は初めからないので、最初に「貯金あるいは投資分」として取り分けてしまいます。それで、「これなら安心して使い切っていいよ」という額で暮らそうとしているのですが、これが、実に最近は毎月足が出ています ^^;;;




投資のほうに話を戻すと、為替はどんどん下がって、いまや85円近辺をウロウロしているし、世界経済も、ちょっとよくなる兆しが見えたかと思えば、ギリシャ危機やBPのオイル問題などさまざまに深刻なトラブルが出て、一向に安定して上向いてくれません。

リーマンショックの頃に始まった円高は加速して、まったく円安に転じてくれません。

90円台に突入したと換金に人々が列を成してドルが売り切れたりしていたけれど、こんなに長く、しかもさらに進んで、もう誰も見向きもしなくなったのではないでしょうか(私もそのひとりです。円高疲れ ^^;;;)


FPの言っているセオリーが、本当にこれからも通用するんでしょうか。資本主義はこれからも発展して、投資したら、長い間にはちゃんとリターンがつくのでしょうか。




地球温暖化を肌で感じたり、こないだまであったコンビニやレストランが次々空き店舗になっている現状を見ると、「今までどおり」、順調にことが運んでいくのかということに「?」を思わざるを得ません。



私たちは、未曾有の、後戻りのできない道を進んでいるのかもしれないと、空恐ろしくなる今日この頃です。

日航ジャンボ機墜落から25年。



520人も亡くなった想像を絶する大事故で、それでも助かった人がいた驚きを鮮明に覚えています。ヘリで少女が焼け野原から救出される映像が今も目に焼きついています。


それにしても、「大勢」よりも多すぎる数の人が亡くなりました。


今日、ネットでこんな話を読みました。



事故があった812日、当時13歳だった真さんは、高校野球観戦のため大阪に一人で旅立つ直前の弟健ちゃん=当時(9)=と、カードゲームに興じていた。ささいなことから口げんかになり、思わず「お前なんか帰って来るな」。そう口にした。健ちゃんは本当に帰って来なかった。
 事故の一報が入ったその日の夜、「健は悪運が強いから絶対生きて帰って来るよ」。1歳年下の妹とそう励まし合いながら夜通し泣いた。一睡もできなかった。
 自分のせいではないと分かっていても、弟のことが頭をよぎるたびに、「あんなことを言ったから…」と自責の念に駆られた。つらい気持ちから逃れるため、忘れようと努めた。


これは、辛いですね

たまたまケンカしてひどいことを言ったタイミングで、弟さんは帰らぬ人になってしまった。


こんなに決定的に自責にさいなまれるほどでもないですけれど、私も、心残りなまま、つまり「次回、取り返せればいいや」という「続きがある」のをあてにして、そのまま亡くなってしまった身近な人が二人います。


ひとりは私の父。


初めてのアメリカ出張に行く直前に会ったとき、1万円のお小遣いをくれました。

そのころの私はあまり父を好きではなく(思春期からひと続きの「父離れ」でした)、独立して暮らしていましたから、「お父さんだって大変なんだから、こんなことしてくれなくていいのに」と思ったけれど、コインが好きな父のために、ワシントンDCの造幣局で素敵なコインのセットを買ってきました。

私はアメリカでの出張を終えたあと、帰りにカナダに数日間、休暇として滞在しました。

そして成田に戻ってみると、父は急死しており、棺の中での対面となりました。

悪夢だと思いました。


もうひとりは、アメリカに帰国していた私の彼氏。


最後に電話で話したとき、ちょうど人と約束の時間というタイミングだったのです。

私が不要の品を、友人に引き取ってもらうという日でした。こちらが頼んでご足労をいただいていたので、その人を横に置いたまま長電話もできず、「じゃあまた後で。ごめんね」と言って切りました。

彼はその二日後にバイクの事故で亡くなりました。


私も、どんなにか時間を取り戻したいと悔やんだことでしょう。

もう一度あの時点まで巻き戻せたら、きちんと父の顔を見て笑顔でお礼を言いたかった。

何か話したそうだった彼の話を、じっくり聞いて、安心させてあげたかった。 

だけど二度とそのチャンスは訪れず、長い長い時が経ってしまいました。


そしていま思うのは、こういう未解決の(?)宙ぶらりんな思いは、亡くなってしまった人からのプレゼントなんじゃないかな、ということです。


もしも二人の間がきれいに片付いていたなら、亡くなった当初の悲しみが薄れれば、忘れて(希薄になって)しまう。


だけど、「悔い」が残っていることで、彼らはいつまでも、私の心の中に、チクチクと、あのときの臨場感を持って生き続けるのです。そのときの風景に、心情に、鮮明に立ち返ることができます。


この日航機事故の方の悔いはあまりに大きすぎて私の比較にもなりませんが、傷が大きいって事は、それだけその亡くなった方への思い入れが深くなるということでもあります。

実際、今まで沈黙していたこの方は、ずっと活動なさってきたお母様と共に、つい最近、事故のホームページを立ち上げるなどのご尽力をなさっているそうです。

25年という時が経って、なお今、これからの活動への原動力となっています。


本人にしかわからない辛い記憶。

答えも、癒されることもない「悔い」と「問いかけ」。


それはきっと、十字架ではなくて、亡くなった大切な人からの、最後の贈り物なのです。


私は、そんなふうに考えています。