ミキのつれづれ思うまま♪ -29ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;

こんにちわ、ミキです ^^


金木犀の甘い香りもそろそろ終わりですね。ちょっとキツいと思うこともあるけれど、素敵な匂いです。

今年は暑かったので、やっぱり2週間は遅い感じですね。



水仙、福寿草、木瓜、カタクリ、梅、花桃、辛夷、雪柳、木蓮、桜、小手鞠、連翹、花水木、菖蒲、紫陽花、琵琶、バラ、山吹、夾竹桃、おしろいばな、ゴーヤ、ノウゼンカズラ、柿、栗、彼岸花、そして金木犀。今年もたくさんの花や実が楽しませてくれました。(人様のお庭や道端の植物で季節を堪能しています チューリップオレンジブーケ2あじさいヒマワリコスモスもみじ^^音譜


さて、先日の続きみたいな感じですが。人からほめられること、人に認めてもらうこと、誰かがいるから幸せだと思うことについて、思うところを述べたいと思います。



とても面倒な仕事をやり遂げたとき、上司にほめられました。時間も手間もかかったのですが、それをベタ褒めして、「次回の功労賞(賞金が出る)にノミネートするわ!」とか言ってくれて。


(実際は喉元過ぎて、忘れられました^^;;;)



この時、強く思いました。



「いいんです、これは私の仕事の一環ですから。時間内にやったことだし。それにこれができて一番ホッとして喜んでいるのは、他でもない自分自身なのですから。これがいつまでもグズグズしていると気になってしょうがないのだし。何より、自分にこの問題をなんとか乗り越える力があったことに安堵し、深い達成感を味わっています。{私ってスゴイラブラブ!!?と内心、自画自賛しています。}一番のご褒美は、「自分がそれをできた!」っていうことなんです」


その裏返しで、気まぐれでヒステリックで重箱の隅をつついては揚げ足を取ってコテンパンに部下を叩きのめし無気力にさせる我がワンマン部長が、ある日、珍しく弱気につぶやきました。


「こんなに一生懸命やっているのに、誰も私に感謝してくれない(-""-;)」


はっはっはっはっは~~~にひひ!!!! と笑いたくなってしまいましたね。


へ~、鬼の目にも涙(とはちょっと違う!?)かな。いつもいつもハードボールを投げて強気で押し捲ってるけど、そんな殊勝なことを言うときもあるのね~~~!! な~んて面白く聞いていました。いぢわるな私です ^^


常に部下たちに大荒れの台風をもたらし、おびえさせながら、そんで「評価されない」もあったもんじゃないでしょう! それに、私たちはサービス業なので顧客の要望は限りなく、いいことやって当り前、ミスをすればすぐ文句が来ます。ちゃんと回って当然の仕事。それの見返りを求めていたら、空しくなるだけです。(中にはとても喜んで、手製のケーキなど届けてくださるお客様もいらっしゃるのですが。)


そしてたとえば恋人。「あなたがいなければ生きていられない」 ハイ、そう思いますが、実際はナントカなります。別れたり、いきなり死んでしまうことだってあるんです。とてもとても大切なソウルメイトがいなくなったからって、後追い自殺する人はそんなにいないはずです。みんな、死にたいくらいに辛くても、時間を待って、どうにかして自分の人生を生きていこうとするのですよね。


たとえば山で崖に咲く花は、誰かに見られて「きれいね~!」と言われたいがために咲いているわけじゃありません。 (言われれば嬉しいでしょうけれど)


種でどこかから飛んできてなんとか根を張り茎を伸ばし、葉を繁らせ、そして時が来れば花を咲かせ、実を結んで散ってゆく。 そこに甘えはありません。


誰かに見てもらうため、誰かがいるから、誰かのためにそうしているわけではないんですよね。

自分が、自分のサイクルで、粛々と生きているわけです。


翻って人間も、他者がいるから、他者のために 何かをするってことになると、期待した反応やサポートがなければマイってしまいます。勝手に自滅するというか。人には人の予定があり、感性があり、気分があります。私の期待するようには、なかなかいかない。


一緒に歩いてくれる人がいれば、もちろんそれが一番いいです。誰かに認めてもらえたら誇らしいし、嬉しい。当然のことです。それはものすごく心強く、温かく、力になります。



だけど同時に、「誰がいてくれてもいなくても、見てくれなくても褒められなくても、腐らず、自分は自分の中にあるスタンダードで、自分のやるべきことをやる(善、ですよ、悪、ではなく 念のため)」っていうのが、一番気楽なスタンスなんだと思います。挫けないでいける方法、といいますか。生き方として、精神的にも、自分のペースでサクサクと行ける。自分が取り組んでみた「何か」ができたときにはとても嬉しくてハッピーだし、知らぬうち、一段階上のレベルに上がれているのだと思うのです。


そして思うのは、昨日と今日は違い、今日と明日も違っているということ。


時間は連綿と続いていくけれど、何も変わらないなら今の私はいません。

今日にはない、何か新しい良いことが明日は起こると信じています。



だからなんだと言われると困るけれど、そんなことをいつも考えている私ですニコニコ

こんにちは、ミキです。

前回より割と早めのアップです ^^




最近のマイブームはお抹茶。 (高校のときは茶道部だったんですよ ←生物部とかけもち^^;)

ちょっと自慢しちゃいます。公民館でも先生にお越しいただいて習っていましたが、私のお茶が一番美味しいと(上の泡の部分がふんわり立つのには自信があります!)、先生のお茶はいつも私の担当でした ^^ 「うわっ! お茶を立てる手の動きが、早すぎて見えない!」マボロシのお点前、とかナントカ言って(笑) ははは。




ミキのつれづれ思うまま♪
最近、急にお抹茶が欲しくなって。

茶筅(竹の小型泡だて器みたいなの!)は持っていたので、お抹茶の粉と、これはもう外せない上生菓子をゲットして、一人で立てましたよ!



そんでベランダに座って、夕暮れの外を眺めながらほっこりといただきました。

いい気分。 甘露、甘露♪




ちゃんとしたお作法やお茶会じゃなくても、こうやって自分でお茶を立てていただくだけで、なんだか心が「しん」と落ち着くものですね。

普通の緑茶、紅茶、コーヒー とはまた一線を画すものがあって、面白いと思います。

ちょっとした「心のトリップ」ですね。。。 ^^


セキセイインコのルディの具合がよくありません。

くしゃみで半年以上、通院と投薬治療モロモロをしてきましたが(飛ぶ鳥にとっての「くしゃみ」は、人間のものよりずっと深刻な事態です)、ここ急にがくんと寒くなったときがありましたよね? あそこで風邪をひかせてしまったようです。

元気がないのを、最近変わった薬のせいなのか、気温のせいなのか測りかねているうちに、なんだか良くなくなって。丸くなってふさいだり、餌を食べなかったり、ものすごく多尿になったり、糞の色がおかしくなりました。
ミキのつれづれ思うまま♪



体調を訴えられない鳥さんたちの、健康のバロメーターは糞と体重です。

糞の様子がいつもと違う、とか、体重が減っていれば食べられていない証拠で、どんどん衰弱してしまいます。



ルディは漢方薬の飲用と、ステロイドの点鼻を始めてから急に太りました。ずっと33.5gだった体重が、二週間足らずで41gになったのです。これは私で言うと、13キロの激太りということになります。


急に身体が変わった(重くなった)せいで塞いでいるのかな、なんて思っていたんですよね。具合が悪くなり始めた頃。



ところが糞がビリジアンに近い緑色となり、ハッとしました。自分で調べて判っていたけど、これは、絶食便か、肝疾患です。昨日、獣医の先生にもそう言われました。



もう、カンベンして! こんなに小さなルディに、これ以上の負担をさせないで! 元気にしてあげて!



 そう、叫びたい気持ちです。


なんとか次の冬が来る前には、ルディを健康にしてあげたいと頑張ってきたけれど、冬はもうすぐそこです。

焦らず、長く病気と向き合う気で受け入れなければならないようですね。

かわいそうだけど、大好きなルディ。一日も早く元気になれるよう、一緒に頑張っていこうと思います。




話はまた変わりますが、友人から先日電話をもらいました。

学生時代からずっとの古い付き合いです。

しんどいときにも楽しいときにも、卑猥な話もヤバい話も何でも話してきた、とても近い友達です。

私たちも年をとったのですね(笑)


冗談はさておき、私も彼女も、昔~~~~~っから人生の根本的な問題、「なんで私は生

きてるんだろう、何のために生きてるんだろう」っていうやつに、しょっちゅうぶつかってしまうというか、半ば趣味のように? そんなことばかり考えてしまうタイプなのですねw



幼稚園、小学校よりこの方ずーーっと未婚で苗字の変わらぬ私より、結婚して大きな子供もいる彼女のほうが、「かなり」、モンダイから目が逸れる時間があったはずなのですが、幸せでも、やっぱりここにふと戻ってきてしまうようです。(こればっかりはもう変われないよね! 自分の中に仕込まれている「遺伝子」なんだよ、きっと!)



私も「なんのために生きてるんだろう。自殺はできない、したくない。だとしたら、人生なんて、お迎えが来るまでの<偉大な暇潰し>でしかないじゃん!」というのが私のスタンスだったのですが、ここ数年、私なりにこの問題に一応の答えが出ましたので、今日はそれを披露してみたいと思います。(なんて、そんな、大したモンじゃないんだけど、、、 ^^;;;;)


【なんで生きてるか】  憶えてないけどたぶんやっぱり自分が望んで出てきたんじゃないかと思う。限りあるもの(物理的に、肉体や、生命や)に制限される世界へ。「恋」のトキメキを求めるように、「生きてる感じ」を味わいたくて。



【何のために生きてるか】  結論から言うと、「気持ちや感動」を味わうために生きてるんだと思う。



肉体のある身だと、どこか切ったら痛い。食べなければ、お腹が減ってひもじい。身体と心は連動している。病気になったり、大切な人が死んで立ち直れないような悲しみや、逆にとんでもないエクスタシー(うふっラブラブ!)な高揚感があったり、深い安堵があったり、達成感があったり、人やものを「大好きだ」と思う甘酸っぱい気持ちがあったりする。そういうのって、「生きている」っていう肉体的なことがないと味わえないものなんだと思う。なんていうのかな、欲しいものを買うにはお金がなければ買えない、お金がなければ買える範囲で買うしかないように。あるいはさらにいいものを買うために、ちょっとガマンして貯金するか。人生ってそんな感じだと思う。自分にできることしかできない(もちろん向上もできる)。だけどそれを、「こんなに安モンはいらないや」と思うか、「お得に買えてラッキー! とにかく手に入れたのだから大事にしよう」と思うか、今はガマンして将来のために頑張ろう、と思うかで変わってくる。


自分に「できること、いま自分が持っている(使える)能力」と、いつも引き換えながら暮らしているんだと思う、ここまではいいかな?このくらいでいいかな?と、自分で考えながら。人生には限りがあるからこそ貴重なんだと思う。その、「今、ここに生きていなければ味わうことのできない悲しみ、苦しみ、うれしい気持ち」を味わうチャンスを、「私の生きている間」という期限つきで与えてもらってるんだと思う。だから、すごくがんばってもいいし、がんばらなくてもいい。あるいは、たまにはがんばってみてもいい(笑)



これが、何十年(大げさ ^^;;;)も追求してきた私の、現時点での答えです。



病気で苦しいのはつらいけど、その「病気をしている間」も、味わうべき人生なんだと思う。試験勉強をしているときも、入りたい会社に入れなかったときも、辛いけど、笑い事じゃないけど、それも味わうべき「時間」なのだと思う(実際その位置にいたら大変だけれど)。そして、答えや結果を焦らなくていいのだと思う。




そう思うと、やっぱり、いいことばかりを手にしている状態(何か望んでいたことを達成して、世界の頂上にいるような気分)だけがいつも続くわけではないし、それが不自然だってことがすごく良くわかる気がする。カンペキな幸せばかりで自分を固めても、ゼイタクなもので、いずれ飽きるしね。だから、いいときも悪いときも、「ああいま私はそういう<時>なんだな~」って、「味わう」しかないし、それで充分なんだと思う。禍福はあざなえる縄の如し、生生流転。 自分もモノゴトもひとつところに留まらず、常に変わっていくけれど、それが「いとおかし」なのではないでしょうか。



な~んて、エラそうに、私の思うところを申し述べてみました。

自分の気持ちがここに行き着いて、私はとてもラクになりました。


今日の分はこれでおしまい♪




ながらくご無沙汰していました(最近こんな書き出しばかりですね ^^;;)。

これからどれくらいの頻度でアップするかはわからないけれど、とりあえず戻ってきました。


この一ヶ月以上、まったくウンでもなければスンでもない私のブログを訪れ続けてくださった方に感謝します。なんだって毎日誰かが来てくれるんだろう、すっかり忘れられて、訪問者が0とか1になったっていいはずなのに と、ちょろちょろアクセスのチェックだけはしていました。半ば感心しながら。二桁でなくなる日はあまりなかったですから。


アップしてあった分を読んでいただいてご想像のつくとおり、ここのところ、私の精神状態は最悪でした。なんというか、すべてがマイナスの思考に流れてしまう。


いいことなんか全くなくて、それでもたまに起こる小さないいことは嗤いたくなっちゃって、とにかく悲観的でした。なんていうのかな、シビアすぎる、辛すぎるものの見方、と言いますか。事実を3割減くらいの価値で受け取っていましたね。


人の良いことを聞けば羨み、嫌な面を見ればほらねと目を背ける。

自分の「よい結果」だけを見たくて、それまでの経緯はすっ飛ばすような。自分の中では、毎日嵐が吹きすさぶような日々でした。

探すものは見つからない。 どこにもない。

少なくとも日本には皆無です。



そう、先日の占い師に言われました。


その占い師はバカたっか~~~~~~~い(高い)右上矢印プライスなのですが、友人が信奉しているため、私も見てもらう気になったのです。はっきり言って、1時間2万円ね。それが予約、2ヵ月半待ちでした。

たとえば一日5人見たらそれだけで10万か。 旨すぎるビジネスだよねーーー。一体どんなスバラシイことを言ってくれるのかとても楽しみだわ、と、かなり気分逆撫で系の面持ちで臨んだのでした。

(だって、初診?のフォーム記入の時間さえ、その60分に含まれているんですもの! せこい)(しかし後から調べたら、図書館に著書もあり、そこそこ名のある人でした ← 私は、その人が「誰」かも知らなかったのですよ得意げ


結果、摩訶不思議で神秘的な占いではなく、ほぼ「人生相談」という感じになりましたw



友人は前世の話などを喜んでいたようですが、私はもしそういうこと言われたらメチャ鼻白むだろーな~~~~~….. と思いつつ、現在の問題点など語り、その問題が「ここに拘るのは何か、私の過去とかに原因があるんでしょうかね?」と直球を放ってみたら、すかさず、「いいえ、そういうことではなく、単に年齢でしょう」と、会心のピッチャー返しを打ってきました。そうですか、覚えのない前世の因縁じゃないのですね。 ホッ。


その人生相談、1時間2万円が高かったかどうかと聞かれれば、それはそれなりに触発される部分がありましたので、まずまずムダではなかったと言えます。(名前と生年月日だけで、初めてお会いした人に、私の何が一体そんなにわかるの?という根本的な疑問はこの際忘れて。)私みたいな人は、経験豊かで目上の「誰か」に、はっきり言ってもらう必要があるのです。 自分で答えを出せない、また誰に聞いても納得できるアドバイスがもらえないような問題には。


たくさんハッパをかけられましたよ。また、地味でシンプルすぎる茶色のワンピース、化粧気はなく口紅だけ、アクセサリーなし、バタバタと出てきたためヘアスタイルもいい加減….、といういでたちの私に、「ここにこんなに素のままで来る人は珍しいわよ。みんな来るたびにどんどんきれいになっていくわ。(そんなにみんな何度も来るの? ひょえ~~~ガーン ←心の声) あなた、自分の目が結構かわいい目って知ってる? まつパでもして、もっと自分を構ってあげなきゃ! せっかく悪くない造作なんだから、楽しまなきゃソンよ。」 あっこの髪型は、これはちょっとひどいですよね、忙しくて本当に今日はいい加減なんです、ペットの鳥ちゃんたちの面倒に時間かかっちゃって、時間がなくって。普段はまだもうちょっと、でも私の髪って剛毛で難しくて、これが一番ラクなアタマなんです、と抗弁(言い訳)を試みると、「あのねえ、そういうの、老人院カットって言うのよ。お世話する人と本人が一番ラクな髪型ってことね」とピシャリ。 はは~~~~っ(平伏)



だって、「占い」に、そんなにお洒落をしていく必要なんてないと思ったんだもん。別にお見合いに行くわけじゃないんだからさぁ~~~~~^^;;;; しかもそこは、私の家からメチャ近、電車でたったの3駅ほどだったってことも、気楽なカッコに拍車をかけたのでした。(実際、原チャリで駆け込もうかと迷ったくらいです。でも秋物の服など大量買いする予定だったので、電車の方が運びやすいやと思ってやめたのでした。)(心の急所を衝かれて涙ボロボロ泣き崩れるかも?(そんなことはないと思ったけど)、で、一応、忘れてきたポケットティッシュを途中で買い込んだりして。)



だけど行ってみれば、そこはとある急行停車駅歩すぐの瀟洒なマンションの一室で、室内はピンクピンクピンク、花花花(造花だったかな?)……。サロン的なゴブラン織りロココ調欧風チェアとテーブル。受付の女性は控え目だったけど、私よりもうちょっと年上と思しき先生は、魅力的な女性らしく、ピカピカにきれいにしていらっしゃいました。



2ヵ月半前に即日入金した身として気後れは全くしなかったけど(1分いくらの課金? <←¥333.33円です> 聞くことしっかり聞かなきゃ! 一分たりともムダにはすまい!)、さすがに「あれ? すんません、私って、質実剛健すぎましたね、ハハハ。。。(^▽^;)」 とはひしひしと感じていました、ハイ。


私の探しているものが「皆無」だとはっきり言われたこと、生活態度? 見てくれにハッパをかけられたことなど、ま、よかったですよ。 やっぱりかなり人見て話してますよね。(そうでなきゃ廃れちゃうよね。)あれからまだ二日ですが、私の考え方に変化が出てきています。



こうしてブログをアップする気になれたのもその波及した最後の波打ち際の辺りでしょう。昨夜、私に「悟り」がパッ!と閃いてしまったから。

(あくまで、「自分自身に対する悟り」ですよ。 普遍人類へのアヤシイ悟りではなく ^^;;;)


なんだかいろいろ、馬鹿らしくなっちゃったんです。

こだわって、そのために足枷にされていた物事に。

本当は、心の底では窮屈だと判っていたんです。


今まで何年もその型に自分を嵌めるようにして生きてきたけれど、これからもずっとそうやっていけるの?それで本当に私は幸せなの? と自分に問うたら、「否」という答えが返ってきました。  ムリだ、って。


そこを認めたら、なんだかラクになっちゃいました (*^o^*) 。。。。。。。


余裕がなかったんですよね。 すべてに。

時間に、お金に、気持ちに、人に….。 忙しすぎたし、雲行きを常に伺っているような事物がありました。「余裕」がなかったのが、一番で唯一の敗因だと思いました。


時間も、お金も、倹約は美徳、それはそれでよろしい。老舗のフレンチ有名店も潰れる、今はそういうご時勢です。


だけど、少々のゼイタクやゆとりの中にこそ、「やすらぎ」とか「文化」や「心の交流」があるんだと思うんですよ。


ゆとりがあれば、そこにあるすべてのことを、視覚、嗅覚、触覚、温感で味わいつくすことができ、立ち止まって辺りを見回すことで新しい何かの発見もあるし、人であれ事物であれ対話もできるでしょう。でも、ただただピンポイントの「ムダなし骨子の部分のみあと割愛」状態では、そこに付随してくる、本当に美味しい良いものの部分を全部スッ飛ばしてしまうってことに、改めて気づかされたのです。



それはもったいないことです。


余裕、余裕。 余裕を持って生きよう。

立ち止まって、そこを「立ち去りがたいような気持ち」で生きよう。

今私に必要なのはそこだ。

泡喰ってバタバタしていたら、あまりに忙しそうで運も人も寄り付かないよ。

心を開いて柔らかくあらなければね。


忙しいのは、ムダがないのは美徳ではない。 ← 今日から私の座右の銘!


生活を見直して、ゆっくり呼吸をするように(吸気の粒子の虹色の美しさ虹に驚き、その香りをうっとりと味わうように、)暮らしていこうと思います。


930日が年度末だったということで(笑)、今日から新生の私です女の子 



ありがとうブーケ1