ミキのつれづれ思うまま♪ -28ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;

前から気になっていたけれど、とうとうサンキャッチャーを買った。

(写真、クリスタル本体以外は少し大きくなります、クリックで)


ミキのつれづれ思うまま♪
ミキのつれづれ思うまま♪


きれい虹 ニコニコ



小さな虹の中の二羽。


ミキのつれづれ思うまま♪

二羽がそろってこちらを見てくれなかったので、改めまして、トロロヒヨコ

後ろの粟穂は自家栽培です。 今年、鳥エサをプランターに播いて育て、収穫しました。


ミキのつれづれ思うまま♪


部屋の壁にはこんな感じで映ります。


ミキのつれづれ思うまま♪


最初見つけた時、2万5千円だったの! さすがに買う気がしなくて、ネットでいろいろ探したら、スワロで送料入れて2200円で手に入れられました。 (上の3連の丸いクリスタルは直径1.4cm、槍型のはタテ3cm)


部屋に虹(プリズム光)を呼びこめてきれいだけど、要するに、「それで?かお」... な部分も、正直あるわけで(笑)、2千円ちょっとでゲットできて本当に良かったなぁと思いました にひひ


ただ飾っておいても美しいので、満足ですラブラブ



だけど、どう考えても今は身動きが取れない ^^;;;


直近の予定としては10日後にバレエの発表会があり、そのあと、11月末から10日間バンコクに行くことになっている。10日間も!長すぎる!!!!長すぎるんだけど、空きがないんですよね~、帰りの便の。私、ユナイテッド航空のマイレージを使って行くんで、選択がとても限られていたわけですね^^;;; もっと短くするべくキャンセル待ちを入れているけど、母と二人分だし、どうなることやら….(祈)



バンコクは、本当は5月半ばに行っているはずでした。でもホレ、例のとんでもない赤シャツデモ隊が占拠してたわけですよ、中心街を。それで予定変更を余儀なくされたのです。

あ~あ、あのときに行けてたらなぁ。ルディしかいなかったから、ペットホテルに預ける鳥カゴもひとつで済んだのに! とか言っても始まりません ^^;;;



マイレージ使用のフリーチケットもこの7月からは発券手数料なるものがかかるようになり、「旅行取りやめ~!」ってマイレージを自分の口座に戻してもらうには二人で25千円くらい($300)かかるし、もう今回は、バンコクを決めて(行って)しまわなくてはならないようです。ああ、インドが呼んでるのになぁ~! これだから、やりたいことはサクサク片付けていかないといけませんね。


以前から、今度は訪ねてみたいと思っていた聖地リシケシ。ガンジス川の上流。20年も前にチベット(レー)を目指して旅したとき、バスの窓から見て、素敵なところだと思いました。リシケシはその昔(6070年代)、ビートルズが瞑想した町ですね。その時の師となったマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーという人の「超越(TM)瞑想」を、昔私もやっていましたよ。(越後湯沢での合宿まで行きました。)なんと、駅近の大きなスポーツクラブに入っていたんですよね。 あれ、一体どういう流れだったんだろう?????かお 



母はインドに行ったことがないので、できれば聖地バラナシ(ベナレス。沐浴場と野天の死体焼き場で有名)、タージマハールのアグラ、そしてデリーとリシケシがカバーできたら満点なんですが。


20年前、バラナシにはトータルで2週間ほど滞在しました。日本人妻の久美子さんがやっているクミコハウスって、今でも健在なのかしら? 私は興味から友達を訪ねて行ったけれど、あの「バラナシまで来て日本人ばっかり」に耐えられず、宿泊したいとはちっとも思わなかったのですが。(あまりキレイじゃなかったしね^^;;) すぐ近くのビシュヌゲストハウスに逗留していました。開けた窓から夜中にサルが入ってきたりで危険だったけど、ビシュヌのシングルは良かったなぁ~~~ ^^ ガンジスのほとりでね。


最近、杉本昭男さんの{インドで「暮らす、働く、結婚する」}という本を読みました。文化や心情の分厚い壁を突き破り、内側からインドのことを知るという意味で、等身大の目線で、とても面白かったです。


行く前に、私は本やテレビでできるだけ「臨場感を持って」想像してみようとしたけれど、どんなに頑張ってみてもインドはつかめなかったんです。行ってみて納得しました。直前に飛んできたバンコクとも全然違う! 初めて降りたカルカッタ(今はコルカタと表記するらしい?)は埃にまみれ、中世からと思わせるような重厚な建物が連なり、その前を、腰布で裸足のリクシャー(人力車)の痩せたおじさんたちが走り回っていたのでした。あ、こりゃ、「その中に自分がいる」という風景としては、想像を絶している と思いました。


そんなインド。インド社会の序列、世間、しがらみなど、カースト制度からも想像できる難しい「家」の中に、この杉本さんは果敢にも入っていったわけなんですね。すごいですよ!(実際は、本人よりも、「妻」となったインド人女性のほうが大変みたいでしたけどね ^^;;;)



その杉本さんが、小学校の教科書でヒンドゥー語を学んだときに出くわした面白いお話の要約をここでも紹介したいと思います。(本当に面白いのでべーっだ!) 読み物の後に「教訓」の欄がついてくるそうです。これをインドの小学12年生が、本当に学んでいるそうです~~~~。



一つ目は「白サギとカラス」。



木陰で旅人が休んでいました。疲れた旅人はうとうととしていましたが、強い日差しに照らされて寝苦しそうでした。それを見かねた白サギが、すぐ上の枝に止まって羽をいっぱいに広げ、自分は暑いのを我慢して陰を作ってあげました。おかげで旅人は良く眠れました。

そこにカラスがやって来て、「何の得にもならないのに、なに馬鹿げたことやってるんだ」と言いました。白サギは「旅人は疲れているから、ゆっくり休ませてあげたいんだ」と言いました。

「ケッ!」とカラスは嘲笑し、旅人の顔にフンを落として飛び去りました。

目を覚ました旅人は、顔についたフンをぬぐいます。目の前には白サギがいます。

「いまいましい白サギめ! 顔にフンを落としやがって!」と、怒った旅人は、持っていた弓矢で白サギを射落としてしまいました。



【教訓】 余計な世話は焼かないようにしましょう




二つ目は「白サギとカニ」。



小さな池に少年のカニが住んでいました。カニはずっとここで育ったので、いつか外の世界を見てみたいと思っていました。

ある日、池に白サギがやって来て、外の世界のことを話して聞かせました。するとあるカニが「白サギさん、お願いです。僕を外の世界に連れて行ってください」と頼みました。

願いを聞き入れた白サギは、そのカニを背中に乗せて高く舞い上がり、遠くへ飛んでいきました。

その翌日も、翌々日も、他のカニたちが白サギの背に乗って旅立ってゆきました。少年のカニも遠い海に憧れていましたが、どうしても怖くて、ただ見送るばかりでした。

ある日、ついに勇気を奮い立たせ、少年のカニは言いました。

「白サギさん、僕を連れて行ってください。僕も遠くの海が見たいんです!」

カニは颯爽と白サギの背に飛び乗ると、ぐんぐん、ぐんぐんと空高く上っていきました。住んでいた小さな池が見えなくなった頃、カニの眼下に広がる大地には、外の世界を夢見て飛び立っていったたくさんの仲間たちの死骸が散らばっていました。白サギはにやりと笑いました。



【教訓】 自分の社会の枠からはみ出してはいけません


シュール。。。。。

でも面白い……….にひひ!!!!!

こんにちは、ミキです。 朝夕だいぶ涼しくなってきて、鳥ちゃんたちの室温管理に気を遣っています。

人間にとっては、いい季節なんですけどね。

急に温度が下がると体調を崩してしまうんですよ。なんといっても一日中、誰もいない部屋でのお留守番、カゴの鳥なので。。。 人がいれば、いろんな意味で話は違うと思うのですけれど。


さて、突然ですが、シンクロニティって、誰でも経験ありますよね?

シンクロニティとは、「意味のある偶然の一致」「共時性」と言われています。

たとえば私なら、最近ちょっと少なくなりましたが、以前は、私が駐輪場で自分の原付のところでヘルメットを被ったり、バイクに乗って帰る準備をしていると、必ず後ろから誰かが来たものです。

そして十中八九の割合で、その人は右か左隣のバイクの人なのでした。

それはもう、見事なまでにそうなのです ^^;;

だから私は、ゆめゆめ隣のバイクを蹴っ飛ばしたり、荷物を置いたりしてはいけないのでした。

これは結構長く、何年も続きましたね。 回数にして何十回も起こったと思います。


あとちょっと下世話な話ですけれど、私がお腹が痛くなって自宅のお手洗いに入ると、あるいは入ろうとするまさにその時にかかってくる電話がありました。 いつも決まった友達でした。

そしてなぜだか、そこにキャッチホンで入ってくるのが当時の彼氏でした。

このバッティングはもう、何回くらい遭ったのかな。。。???

トイレに入るときはちょっと心構えをしていました。

「恐怖のグランドクロス」と、密かに名づけていたのでした ^^;;;




そして現在進行形。つい最近もあったのですが。

職場でたまにしか会わないR氏。

R氏とはいろいろ気が合って、会えばオフィスに寄って楽しくお話していきます。

来ないんですよ、たまにしか。多くて月2~3回。

そしてM氏。この人はもっと来ない。

1回来るか来ないか。

私はM氏とつき合っていたことがあります。好きでした。今でも「全く気にならない」と言えば嘘かも知れません。

このM氏が来るときは(予測不能)、なぜか決まってR氏も来るんですよね ^^;;;

これはもう本当に顕著に。

あれっ、M氏が来てるな、これはひょっとして と思っていると、いきなりR氏もオフィスを覗いていくのでした。 これもまた、見事なほどに。

ここ数年続いていますから、やはり10回は超える回数で起こっていると思います。




一体全体、これはどうなっているのでしょう???????

「シンクロニティ」について書いてある本を買って、読んでみました。

そこには、「意味のある」偶然の一致、と書かれています。


たしかに繰り返し起こるんです。本当に、同じような状況が繰り返し現れるんです。

だけど、トイレに入るときにかかってくる親友と彼氏からの電話のバッティングに、一体どんな意味があるというんでしょう????? (ただアセるだけじゃないですかあせる



原チャリ隣人問題は、「ちょっと人がいないと思ってだらしないことしたらアカンぜよ」という戒めだったとして、R氏とM氏のバッティングは????? 「どちらも」私との未来はないよ、気をつけなさいよ、という意味なのでしょうか??????




私、たまにデジャブにもぶつかりますが、たった一つだけすごく覚えているのがあるんです。

それは、20年以上前に家族で佐渡を旅したときのこと。


金山に寄って、砂金掘りをしました。

父と並んで、借りた長靴で小川に入ったとき、ハッと閃きました。

ここに、この状況で、誰かと来たことがある。

隣にいたのはお父さんだったのか! (誰かがいるのはわかっていたけど、逆光のように黒くなって、記憶の中では誰だかわからなかった。)

ここで、私と相手はこういう会話になるんだ、と記憶していたとおりの会話の運びになりました。それが何の話だったか、残念ながら今は覚えていませんが、とにかくその通りになったのです。あらかじめ決められていた台詞のように。


こういうの、出くわしたときは「あれっ!?」と思うのですが、意味なんかあるんでしょうか...(偶然にしてはできすぎているけど、でもそれは「気」とか「場」が共鳴しているか引っ張ってきているだけであって、あまり意味などはないような気がします….。)




それにしても不思議なものです。




最近少しラクになったものの、あちこちで精神の深み淀みにハマりがちな私です。




春日武彦さんという精神科医が書いた「精神のけもの道」という本を読みました。

久々にスカッと面白かったですねぇ ^^


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どうして自分はこんなヘンなコトにこだわっちゃうんだろう? どうしてこうしないと気が済まないんだろう? という例をいくつも分析してあって、ものすごくよくわかる!!!!


かく言う私は、出掛けに「ドアを何度も、カギがかかっているか確認するタイプ」です。

家を出ながら、もう、窓にカギをかけたか、ストーブは消したか、元栓は閉めたか…. 心配になってしまいます。これはなんだか、だんだんひどくなってきているように感じます。

本人は結構苦しいんですよね。 冗談じゃなく、本当に引き返して確認することもあるし。


この本を読んで、ああ、こういう人、他にもたくさんいるんだ、そんなにヘンだって訳じゃないんだと、安心しました。精神科医というのは、そういうのを束になって見てきている人なんですものね。


整体師をやっている友人がつぶやいていたのを思い出しました。


「身体は治してあげられるけど、ハイ、もう大丈夫ですよって言ってみても、その人の心が元気じゃなかったら、もうどうしてあげることもできないんだよね」


まったくその通り。 その「どうにもならない心」を抱えて、えっちらおっちら頑張っています