ミキのつれづれ思うまま♪ -19ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;





最近の仕事やら、生活やらに疲れて、


こういうと語弊と差し障りがありますが、ズル休みしました... 得意げ


具合の悪いのは体ではなく、それをコントロールするべき「心」です。


まぁ、頭痛も頭重もあったのは事実で、昨夜は風邪をひいたとき並みに早い「10時半」に就寝したというのに、今朝は全然起き上がれませんでした...。


下の話で恐縮ですが、たしか、どこかの御本で「ウンコと鬱病の関係... 大きなウンコをする人の住む(地球上の)地域に鬱病はない」と書いてあったような気がするので、わりと満足のいく便通のある私に鬱病の心配はないのかもしれませんが、その辺り、けっこう境界線にいるんじゃないかなぁ、と思うような気分の重さです、この頃は。


そんなわけで、もう今日は休ませていただいて。

本当は午後からでも出て、昨日の会議の後でいろいろ変更しなければならない書類やリサーチや、いろいろこまごまとした仕事の続きがあったのですけれど、もう、みんなぶっちぎり(笑)


こんな暖かく天気のいい春の日に、ふと降ってきた休日。

そんなことに関係なく、騒ぐ飼い鳥二羽を部屋に放してやって、午前中はずっと寝ていました。


食べる気もなく作る気もない。

私の冷蔵庫は保存のきくもの以外、限りなく空っぽに近いのですが、オレンジジュースと卵、バターにホットケーキミックスがありました。


そんなわけで、急に思い立ってクレープ・シュゼットを作ってみました。


クレープ・シュゼット...。 子供のころから憧れてきた響きのお菓子ですが、初めて食べたのは去年の夏。


温かいだぶだぶのオレンジソースに浸ったクレープ、そしてバニラアイスが乗っていました。


美味........!!!ドキドキ


ところがそのお店は、昨年いっぱいで閉店してしまい、私としてはもう気軽にクレープ・シュゼットが食べられなくて困っていたのです。 こんなに美味しいものが食べられないないんて!!!!!あせる



そんなわけで。


私流、なんちゃってクレープ・シュゼットナイフとフォーク



ホットケーキミックスでも、けっこうおいしいクレープが焼けるのですよ。

しかしながらこのクレープは、ホットケーキミックスでお手軽に作った、あくまでも「なんちゃって」なので、時間が経つとなんだかホットケーキみたいにぶ厚くなってきます。


緊張感と魔法が解けるみたいに...。


でもまぁ、なんとかそれなりに、食べたかったものが仕上がりました。



普段の生活の中でこんなもの作る気にはなれないので、


ズル休み万歳、です ニコニコ










こんにちは。 長らくご無沙汰しております、ミキですニコニコ


大掃除ならぬ中掃除も無事終えて、明日実家に戻るまで、この一年を振り返る余裕なんてものが生まれてしまいました(笑)


今年は6月に、いきなり「足底筋膜炎」なるものが発症して、その後半年はこれとの闘い、というか、懐柔、それとも、新規開拓???... 自分の日ごろの生活態度や運動などを反省する機会となりました。


とあるボランティアで立ち仕事を丸一日やって、「さすがに今日は疲れたな」(普段座ってパソコン仕事なので)と思ったものの、まさかその後だんだんに、電車の揺れる方向を考えながら立ち位置を変えなきゃならないところまで悪化したり(ブレーキがかかる方向に体重が乗るのが耐えられない)、家で一人分の食事の片づけをするのに、休み休みやらなきゃならないほど立っていられなくなるなんて、そして、起床時に足首をぐるぐる回したり、足指をグーパーしてウォーミングアップしてからでないと怖くて起きだせないなんて、この若さで(45ですが、)こんなことになるなんて.... と、暗澹とした気分になりました。


足の裏が、痛くて、土踏まずもピンと張ってバキッと腱が切れそうで、怖くて歩けないんです。大して遠くないのに通勤も大変で、外出が億劫になり...というか、家事までつらくなってしまって、本当に落ち込みました。


ここ3年ばかり頼りにしていたカイロプラクティックは全く効かず(それどころか却って悪化)、「足底筋膜炎に自信がある」と謳った治療院にはすっかり肩透かしを食らい、「ここぞ」と紹介された鍼灸院では、最悪時の半分ほどまで痛みは軽減したものの、それ以上には進めませんでした。ここまでで4カ月経過。


鍼灸の先生はいい方で、私の話をよく聞きがんばって施術をしてくださるのですが、ご本人も「ずいぶん時間がかかってるなぁ」とおっしゃるように、そろそろ打つ手が限界かな、という感じでした。


それで、以前からちょっと目をつけていた、FMT整体というところを試すことにしました。実は鍼灸の先生に行く前から知っていたのですが、その道の心得のある友人の「治らなくてあちこち訪ねまわるのは嫌でしょ。一発で決めたいなら、その鍼灸の先生は絶対お勧めだよ」というアドバイスに従って、そちらに行ってみたのでした。しかし、万策尽きた今なら試してみる価値はある... と思ったのです。


FMTなんてアルファベットの整体院で、なにやら怪しいし(小室哲哉の「TMネットワーク」が「タイムマシーン」だと知った時の落胆と言ったら。。。汗)、1時間いくら、ではなく、短時間でも規定料金とか、なにやら謎でしたし、行ったら行ったで小うるさいんですよね(笑) 靴は揃えて置けとか挨拶しろとかうるさくしゃべるなとか貼り紙してあって、余計なお世話だよ、と本音。肝心な施術は、何やらさわさわさわ... とソフトで頼りなく、何をしているのかいまひとつよくわかりませんでした。なので、あーあ、徒労だったかな?と半信半疑で帰宅。しかしながらその晩は、圧倒的な睡魔に襲われ起きていられず、早々に床に就きました。


そして、翌朝。

いつもの通りおっかなびっくりでベッドから降りてみると......。

え? 痛くない!!! どうして???????叫び

痛みやこわばりが、嘘のように消えていたんです。


この絶好調はこの日が夕方になる頃にはだんだん元の感じに戻って行きましたが、こんなふうに「普通で」いられることはここ数カ月なかったことなので、とにかくもう、ただひたすらに感激し、希望の光が見えてきた、と思いました。


それでがぜんFMTに賭けてみよう、という気になりました。

10月に通い始めてかれこれ10回くらい通院しました。まだ「完治」まではいかないものの、あと一息というところまで良くなりました。今はもう「痛い」のではなく、多少のこわばりが残っている程度です。


FMTに通い、施術による治癒だけでなく、私にとって大変益になることをいくつも教わりました。今となっては、私の「財産」です。

そのひとつが「半身浴」です。

半身浴が健康にいいなんてことは前から聞いていましたが 、実際に治療で実績あげている先生から勧められなければ、面倒くさくてそんなことやってられないと、いつものように受け流したでしょう。でも今私は実際に足底筋膜炎で困っていて、わざわざお金を払って毎週通ってきているのです。その先生から「39~41℃くらいのお湯に20~30分半身浴をすると、筋肉が緩んで治りが良くなりますよ」と言われれば、試してみないわけにいきませんでした。


結果。

あまりにもあちこち具合がいいので、やめられなくなりました(笑)

まず第一に、ぐっすり眠れるようになりました。

第二に、風邪をひきにくくなりました。

絶好のストレス解消にもなるし、お風呂に浸かりながら歯磨きすればあっという間に20分くらいは経ってしまうので、時間的にも負担にならないことがわかりました。滝のような汗をかいて、よく温まって、なんというか、身体に一本芯ができて力が湧いてくる感じです。 もうシャワー生活には戻れませんあせる 暖を取るために出しっぱなしでシャワーにあたっていたので、水道料金も変わりませんでした。


最近の日本人はみんなシャワーになって冷え症が多く、体温が下がっているそうです。体温が1℃下がると免疫力は30%も落ちて病気がちあるいは不調になるらしく、また、昨今の不妊症の多いのも、この「冷え」によるところが大きいと本で読みました。男性の無精子症しかり。お腹が冷えていると、そういった活力が生まれないそうです。半身浴は大してお金もかからないし、特別な機材もいらないし、何より自宅で普通にできることなので、試してみる価値はあると思います。ちなみに私の平熱は36.5℃、子供のころと変わりません。 快適です。


そして、朝食を180度転換しました。

私は何かしら(しかもしっかり)食べないと朝、動き出せないタイプで、今まではトーストに紅茶が定番でした。これを、常温の水とフルーツだけ、というものに変えました。 これもFMTの勧めです。

なまじ陰陽の考えが頭に入っているので、朝からそんな食事をしたら、体が冷えて冷えて仕方ないんじゃないかと思いました。

半信半疑を通り越して、二信八疑... くらいに疑っていたのですが、清水の舞台を飛び降りるつもりでやってみたら、調子のいいこと!

なんでも、朝~午前中は排泄の時間なので、その間には体に負担をかけず、充分なエネルギーと栄養を摂れる果物がベストなんだそうです。果物には身体に大変有用な「酵素」がたっぷり含まれていて、それを摂るにはお湯はいけない(53℃で酵素が死んでしまう)、なので、コーヒー紅茶じゃなくて、水を飲む。そして、お昼が近付くにつれお腹はグーグー鳴りますが、これはそのままにしておくのがよいと。お腹が鳴るのは胃腸をきれいにしているサインであり、空腹の時間を作ることで、身体の機能維持や修復の遺伝子の効果を高めることができる。

うれしい副産物として、忙しい朝にみかんをむいたり柿を皮ごと切ったりするだけで朝食が摂れ、大いに時間が節約できることと、また、朝からすっきりお通じが出るようになりました。 快適です。

そしてまた、美味しいものをたらふく食べるのが好きな私には、朝食を果物だけにすることでプチ断食のようになり、一食分のカロリーをかなり浮かすことができるのが、特にうれしいです。夜に大食いしても朝あまり食べないでいると、胃腸も楽なんですよねニコニコ


さらに、ワールドウィングというジムに入会しました。

これもFMTの勧め(笑) 足底筋膜炎というけれど、これは決して足底だけが悪いのではなくて、全身のバランスの崩れから起こってきている。なので、身体のバランスを治していくことは有効である、というものです。

ワールドウィングは、普通のジムではありません。昨日のNHK「プロフェッショナル...」でもやっていましたが、かのイチロー選手が「僕を支えてくれるもの」と紹介していたトレーニングです。初動負荷トレーニングと言って、著名なアスリートから骨粗鬆症対策のおばあさん、車椅子の方のリハビリとしても利用されています。やってみればわかりますが、そのマシントレーニングはちっともつらくなく、むしろ気持ちのいいものです。普段伸びないような筋肉を伸ばしてくれます。ここに私は今、週2~3回通っています。


ジムなんて考えたこともなかったのに(私はそういうの嫌いで、むしろ散歩などを好む人なので)、瓢箪から駒で、あれよあれよと言う間に思いがけない方向に流れて行った私の2012年でした。


一病を得て、経済的にも気力体力的にもまだやり直せるこの年齢で私のあり方を振り返れたのは、本当に幸せなことであったと思います。


最後に、FMTとは福厳寺メディカルトレーニングの略だということでした。福厳寺のお坊さんが、自らの怪我や不具合から追及して編み出した治療法だからです。変な略でなくまっとうな意味でホッとしました(笑)

そのFMTより、年末のご挨拶はがきをいただきました。「今年も一年ありがとうございました」というもので、なぜに? 年賀状ではないの???... と不思議に思いましたが、


「1. 事情により、年賀のご挨拶をお送りできない方があること。 2. 「一年を振り返り、無事一年が過ごせたことに感謝する」... という二つの理由から、年賀状に代えたものだそうです。


なにやらいたく感心してしまった出来事でした。



大変長くなりましたが、来年も啓発・触発される人と物事との出会いに満ちた、よい年になりますように。







大変長らくご無沙汰しておりました。普通に(特に変わったこともなく、普通に、)生きています。ミキです。

セキセイのルディも、オカメインコのロロも元気にしております。


私が全然ここに来ていなかった(放置していた)というのに、なぜだか、来てくださっている方がいらっしゃるのですよね。書くほうがこんなにいい加減だというのに、すみません。 ありがとうございます。


メチャ久しぶりな割には、おもむろにヘビーというかマジな話というか(笑)


今日、日が変わりましたので正確には昨夜ですが、NHKの「未解決事件」という実録を交えたドラマでオウム真理教(サリン事件)をやっていました。


当時私は何をやっていたか、というと、大卒で神保町の広告代理店に二年ほど勤務した後、一年ほどぶらぶらして、現在の会社(神奈川県内)に入りました。サリン事件があったのは、半蔵門線や都営新宿線を使った神保町通勤を終えて、3年くらい経った頃でした。


あのドラマで当時の画像が出ましたが、なんか、すごいですね。良くないことなのに申し訳ないけれど、時代の空気が、なんだか懐かしいようでした。あの「しょーこー、しょーこー、あさはらしょーこー♪」という不気味な音階の明るいんだか暗いんだかわからない選挙ソングとビミョーなゾウの被り物は、ものすごく唐突で、浮いていたのを記憶しています。


私は実物を見たことがなくて今思えば残念ですが、会社の先輩がお使いから帰ってきて、「神保町の交差点のところで、選挙カーの上で歌ってたよ」と言うのを聞きました。私は確かに、あの時、まさにその時代を一緒に生きてきたのです。この平成24(2012)年の刹那を生きる身には、何か遥か彼方に遠い気がします。時代は、時間は、本当に「あの時」から連続して流れてきたのでしょうか?... というような気分になってしまうほどです。


私は実は、オウムがそんなに有名になってしまう前... 「オウム神仙の会」と名乗っていたころから知っていました。 もっとはっきり言うと、興味を持っていました。

 

歳は21、「なんで生きてるんだろう」なんて悩める(割と最近まで悩んでいたようですが(笑) 今はすっかり吹っ切れてます)ヒトだった私は、お決まりのコースですが、ひとりでぶらっとインドに行きました。カルカッタに着いて、なんてひどいところなんだろう、気持ちが拒否しちゃってるものだから熱は出るし具合は悪い、暑いし南京虫には噛まれるし道端に死んだ大きな犬だって転がっている、ほんとに信じられないところで、大嫌いだから、もう帰ってしまいたい...、と悪態をつきながら、でも、あんなに来たいと思っていたインドを、たった数日で諦めて帰ってしまったら、私はインドが嫌いなままもう一生来ることはないだろうな...、逃げ帰るなんて、負けるのは厭だな...、な~んて妙な意地がムクムク首をもたげて、悪あがきでバラナシへ行ったのでした。


そこは有名なガート(ガンジス河の沐浴場)があるところで、これまた良く知られた「焼き場」のあるところでした。まずはそこに行って、死んだ人が人足の担架に歌われ揺られて連れてこられ、やぐらに組まれたキャンプファイヤーのような火の上でガンガン燃やされてゆくのを見ていました。燃え残らないように身体は途中でへし折られ、頭も割られ、小一時間もかからずに終わったと思います。その灰はすぐ下の河に流され(捨てられ)るのですけれど、そこには野犬とか鳥とか、果ては大きなザルを持ったおじさんたちが待ち構えていて、灰から金歯やら指輪やら?をすくっていると本で読みました。ものすごくあからさまでえげつないというか、人生の現実を見た気がしました。 「ああ、これが現実なのね。」 わかりやすいなぁ。


日本の葬式のように、飾ったり隠したりしているものが何もなく、すかっと気持ちがいいなぁ。私も死んだらここでわかりやすくあからさまに野天で焼いて流してもらいたいものだ。 そんなふうに思いました。


閑話休題。このバラナシのゲストハウスで、暑いので日がなベッドにごろごろしつつ、隣のベッドのヒッピー(ドミトリーなので男女混在の5人部屋)から借りた本を読んだのですが、これが面白い。

空中浮遊に興味はないけれど、なんというか、考え方、瞑想、修行... など、私の興味の方向にピタリ一致していて、これは面白いな、どこのだれが書いているんだろう?と裏表紙をめくったら、オウム神仙の会、麻原彰晃、とありました。


ふうん、麻原彰晃、ね...。 初めて聞く名前。 立派な名だけど本名かしら?まさかね。 どこにあるんだろう?

世田谷区赤堤。えっ?なんだ、ウチの大学のご近所じゃないか...(私は日大文理出身です)。じゃ、今度探して行ってみちゃおうかな?


今にも行ってしまいそうな勢いでした(笑)


実際には行かなかったのですが、それはなぜかというと、1) 私は集団生活が嫌いだ、 2) 私は赤堤という街が、いまひとつ好きになれない、という理由からでした。

新しい居場所ができるとさっさとお気に入りの喫茶店などを作って落ち着くのが常なのに、この街はどことなく居にくく、なじめなかったのです(赤堤にお住まいの方、ごめんなさい)。大学も3年になっていたのに、知らない街みたいに、(私にとっては)居心地が悪かったのです。


そんなふうに思っていたら、町内で変な殺人事件が起こったりで ^^;;;


ますます赤堤に根を下ろす気はない、毎日さっさと帰ろう。 だからまぁ、神仙の会は、いいや。


後年オウムが問題になってから思ったのは、「私が赤堤を好きになれなかったのは、きっとオウムの気と相容れなかったからなんだろうな」ということでした。 あながち外れていなかったのかもしれません。


ある種マメで行動が早い私のこと、もしかして、一歩違えば真面目に教団で修業しちゃってたかも知れない。TM瞑想には実際しばらくハマったのだし。「ミキさん、あなたは見所がありますよ。TMの教師コースに進まれたらどうです?」なんて先生に言われて、でも、どの先生を見ても目が死んでる、そして同じ顔をしているということが気味悪くって、そこまで入り込みはしなかった。その経験が、免疫のように生きていたのかもしれません。


そう思うと、「好悪の感覚」「野生のカン・嗅覚」は、その後の人生、場合によっては生死をも決めると言っても過言ではありません。


昨夜のドラマを見ていて、つくづく、人は立場からさまざまな見方があるな、と思いました。

信者で加害者の立場となった人も、広い意味では麻原の被害者かもしれません。

あんなふうに自分の財産も身も人生も捧げてしまった後は、「だまされた」と思っても簡単にはやり直しができないでしょう。何年も十何年も洗脳されその環境が身に着いてしまった人には、世間や社会の人はすべて敵に見えてしまっても仕方がないところもあるのでしょう。 深く傾倒して信じたものに裏切られたら、そのこと自体を認めるのは大変な勇気がいることです。誤りを認め、立ち直ってゆくには、もう生きて行くのが嫌になるほどのエネルギーが必要でしょう。


でも、事件の巻き添えを食った「本当に無関係の一般の人々」は、さらに純然たる被害者なのです。

まったく関係がなく普通に暮らしてきた、家族や仕事やささやかな退屈や喜びもある、本当に普通の人たちが、わけもわからず暴力的に巻き込まれました。その方々を前にしたら、「信者も被害者だ」なんて甘いことを言えるわけもありません。信者は、少なくとも「自分で選んで」その道に入って行ったわけですから。たとえ教団が途中から変質したとしても、です。 とにかくその道への選択は、自分がしている。


もうひどく昔のことのような気がします。

でもそれは、どこかの哲学者の言うように「人生は無価値で無意味で、生きている理由なんてない」というようなファンタジーではなく、「現実に起こったこと」でした。

それで実在した人が突然失われ、傷つけられ、大変つらい思いをしながらその後を生きなければならない家族や関係者、また、その事件により後遺症を背負いながらも生きていかねばならない人もいるでしょう。


どこかであったかもしれない他人事、ではないのです。


麻原はきちんと説明をして責任を取るべきだと思いますが、おむつをしている状態なのですってね。

それは、取り調べの過酷さから気が変になったのでしょうか。それとも、自己を守るあまり、気がふれるところにまで押しやってしまえるほどの精神力があったということなのでしょうか。


この番組は、今夜9時からも続きがあるようです。



真相は闇の中ですが、ファンタジーではなく「現実」がひりひりと手に取れる生身で実在の我らに、今のままではあまりにひどい結末だと、私も心底そう思っています。