博物館の市史担当の方がとーっても協力的で、MIMIZU的にもこの滝について惹かれるものがあったので水没前の「八丁の滝」について記録しとく!
市史担当は地元民…
水沢川が早戸川に合流する部分、断続的に何ヶ所かの滝のような地形が続き、一番下流にある滝を代表して、「八丁の滝」と呼んでいたと思うとのこと。
水沢川の水量が豊富で滔々と流れてはいるが、早戸大滝ほどの扱われ方はしなかった。
新編相模国風土記稿にも「八丁の滝」は記載されていない。
津久井町史でも、風土記稿に出てこないため、特に昔の写真はなしとのことだったが津久井広域行政組合が平成元年(1989年)に出した『津久井郡文化財』の「樹木と景勝編」より水没前の詳細がわかった!
落差は約20m
幅は上部下部約5~6m
滝の右岸に「山の神」を祀った祠があったらしいけど
節穴の目を持つMIMIZUσ(^_^;)
現地では祠らしき跡など見た記憶がない。
もしかして、導水放水口の間の岩の上?
ツツジも咲いてたし・・・
「八丁の滝」は鳥屋の人が山に入る途中の休憩場だったらしい。
わかるぅ~!なんか居心地良かったもん!(釣り人はいたけど・・・)
また、実施はされなかったけど…
大正9年に「八丁の滝」の水量を使って発電を行おうと「水沢発電所計画」が村で発案されていたとのこと。
(『津久井町史 資料編近代・現代』375号文書)
発電所が出来てたら、「八丁の滝」や「八丁橋」とはお会い出来なかったね。
市史担当・・・
それと、「幻の」という形容詞について一言。地元で「幻の」というと、大滝(早戸大滝)を言っているととられると思います。私自身、八丁の滝の形容に「幻の」という言葉を使うのは、違和感を禁じえません。八丁の滝は、人為的に水没させられて、結果的に幻になってしまっただけなので、幻の意味が全く違うと思います。早戸大滝は、位置的に蛭ケ岳・丹沢山の直下という距離的な遠さ、さらに正面に大岩が立ちはだかり、滝の全容を把握しにくいという特徴から、「まぼろしの大滝」と呼ばれています。大滝に使うべき形容詞を、八丁の滝に使われてしまうと、どうにも違和感が残ってしまうというのが、地元民の感想です。
感想は人それぞれだね〜。
MIMIZUは観光名所になってるメジャーな早戸大滝より「八丁の滝」の方が断然好きッ!
人為的に水没させられた滝がこの世の中にどれだけあるのか・・・
人の手によって沈められ、ゆくゆくは忘れ去られるかも知れない滝・・・
諸行無常な
レア感満載の滝じゃん❤︎


