国内最大級のダム事業として2000年に完成した宮ヶ瀬ダム。
宮ヶ瀬ダムによってできたダム湖の下にも村が沈んでいる。
宮ヶ瀬ダムによってできたダム湖の下にも村が沈んでいる。
補償が決まった時、その代償として多くの村人は〝家焼き〟を受け入れた。
移転する厚木市中荻野の代替地に新築を建てながら、一方では長年住んだ宮ヶ瀬村の家を自ら壊し燃やさなければならなかった。
柱や家財、畳を1週間かけて灰にしたと言う。
行政は随分と残酷なことさせたもんだ…
渇水時に時々顔を出す村の一部。
道路や橋、標識・・・中でも珍しいのが、
道路や橋、標識・・・中でも珍しいのが、
ダム湖に沈んだ滝だッッ!!!
実際は村から少し離れた所にある滝だけど当時は子供達が遊んでたらしい。
▼ダム湖に沈む前の滝
▼1958年の登山地図
この時点で小さなダムが点在してるッッ!
「八丁滝」
今では渇水時にしかお目にかかれないので
今では渇水時にしかお目にかかれないので
“幻の”がつく。
ビミョーに角度は違うけど露出した岩に面影がある…
ん〜だいぶ沈んでしまったのね。
八丁・・・
八丁=873.6m
そんなに落差がある滝はありえない。
ってことは、どこかを起点にして873.6mの地点にある滝ということか?
現地図・古地図とも半径873.6m地点を見たけどそれらしき場所を見つけることは出来なかった。
水沢川も873.6m遡行してみたけど手がかりなし。
八丁=873.6m
そんなに落差がある滝はありえない。
ってことは、どこかを起点にして873.6mの地点にある滝ということか?
現地図・古地図とも半径873.6m地点を見たけどそれらしき場所を見つけることは出来なかった。
水沢川も873.6m遡行してみたけど手がかりなし。
唯一約970m離れた松茸山(標高570.6m)が怪しいかな…?
松茸も採れないのに松茸山って名前負けにもほどがある。
八丁滝の上には「八丁林道」「八丁橋」もある。
〝八丁〟の由来が気になり、国会図書館で調べても何もわからずお手上げ。
相模原市立博物館市史担当に調べてもらった。
回答は…
古い文献『つくい町の地名』によると「長い滝であることから八丁滝と名付けられた」と記載があるとのこと。
なるほど!
奥多摩の百尋ノ滝パターンと同じだわ。
尋=1.818m、百尋だと181.1mなのに百尋ノ滝の落差は40mほどしかないのだ!
どこの昔の人もざっくりしてる。
どんぶり勘定というか大袈裟というか…
誇大に名付けちゃうのね。
ちなみに松茸山の由来も事細かに聞いたけど、松茸山に登ったら書こうと思う。
名前の由来はさておき、ダム湖に沈んだ幻の八丁滝。
貯水率は67%、滝の落差はパッと見5m程に見えた。
八丁滝のお隣は「道志導水放水口」
相模川水系では宮ヶ瀬ダム、相模ダム、城山ダムを効率良く一体的に運用するため3つのダムを結ぶ道志導水路と津久井導水路が建設された。
▼位置関係
↑
古地図と地形を比べながら、ずーっと見ていられるステキな光景である❤︎
幻、しかと目に焼き付けました!!
水沢川に跨る「八丁橋」は貯水率が上がると橋桁まで水没する。
▼竣工は昭和31年3月
割と新しいのね。
▼幅は390cm
▼この日は橋脚まで近づくことができた。
帰路は八丁橋と繋がってる廃道「八丁林道」を通って現道に復帰。
驚くほど滝周りには釣り人がいて、秘境感ゼロ、幻感ゼロだったのが残念過ぎた。
MIMIZUにとっては、水没してる方が幻となった八丁滝でした。





















