近頃は最寄り駅の入り口近くに、子供が書いた絵を添えて「ポイ捨てやめて」と注意喚起のポスターが貼られているのが目につく。
喫煙者としては耳が痛くなるが、同時に「街は汚いから『街』なのだ」という持論もある。
もちろんそんなことを小学生に話しても、理解はしてもらえない。ただゴミ一つ落ちていない街というのも、なにか歩きづらそうだなと思う。
今日は京都大宮にてスタジオ練習、来る今月12日デューイと18日ミヤビフェスに向け最後の三人練習。
デューイは初めて出させて頂くライブハウスなので、「これがPainsです」的に結構慣れてる曲で固めました。
ミヤビはそのセットリストから若干マイルドに曲を入れ替えた感じですね、あの曲もやるよ🎵
ゴルフもしたいのですが音楽もやらないとね。昨日はゴルフ練習の帰り車中レコーディングして、現在製作中の今年一作目となる新曲を完成させました。タイトルは「ごきげんよう」
サウンド的には、まったりしていてスピッツやラーズっぽいと思います。どちらかと言えばU.K.サウンドですね。
また世の中に疑問を投げ掛けるような歌詞になっています。
最近思うのはコ◯ナ以降、逆に自分の意志をはっきり表示できるようになったと感じることです。
そのことで「あちら側」「こちら側」と区別するのはどうか、といった疑問もあるのですが。
しかしタフな時代になってきていると思います、その中で快適にストレスなく生きるためにはどうすれば良いか?日々の小さな問題から頭を使って考え、抜け道を見つければ良いと思います。
例えば今、僕はJRから阪急電車に乗り換えるまで五分ほど歩いてきました。歩きタバコができるのでありがたいのです。
しかしメインストリートを歩くと、すれ違う人や後ろを歩く人達に煙で迷惑をかけていないか。ということが気になります。
というわけで近頃は裏道を通ります。若干遠回りになりますが、気にせず煙草を吸えるのはありがたい。
バンドのドラマーも個人事業者のような働き方ですので、インボイスでは苦労させられましたがダメージは結構減らせたと言ってました。
もう国やお上に任せていては、何もしてくれない。締め付けられるだけ。
だから個人主義者となり、必要なことは自分で動いて自分で何とかする。このことが大事じゃないかなと思います。
明日の葬儀には出席できることになりました。折よくというのもおかしいですが、今は閑散期なので代走してくれる同僚がいました。
そんなに繋がりがある親戚ではないのですが、奥様である僕の母の姉や息子の従兄弟とは時々顔を合わせます。
そして僕が出席できるようになったのも、その叔父の人徳であるかもしれません。なるべくなら見送る人は多い方が良いでしょうから。
明日は天気が悪いようですが朝から親父と車で名古屋に向かいます、今日は風が冷たいながらも何故か肌に心地よく感じる。
そんな複雑なタイミングの中、完成した曲ですが自信作なので良ければ歌詞を見てやってください。では練習がんばってきます🎵
ごきげんよう
君の目に映る この世界は
どんな感じだろ?ごきげんよう
僕の目に映る この世界は
いつも通りだよ ごきげんよう
どうして?流れるのどうして?
留まってるのは いけないことなのかな?
何も変わらない この社会は
さらに酷くなる もうジ・エンド
どうして?従うのどうして?
怪しいと思う方が間違ってるかな?
オーイエーイ抜け道を探せ
生き残れるのか試されるみたいだね
僕にとっては この時代は
生きやすいけれど